古代の魔王
「まだ、いる・・・」
古びた木の扉の隙間からそっと中を覗いた僕は、改めてその存在を確認して身を震わせた。
母さんは街に行くと言って昨日出て行った。
今日はまだ戻らないだろう。
メディの家のおばさんも今日はもう来られないと言っていた。
誰でもいいから来てほしい。
いっそガルメル叔父さんでもいいから助けてほしいが、こんなところに都合よく誰かが来てくれるとは思えなかった。
涙と同時に鼻水が出てくるが、音を立てて啜ることも出来ない。
どれくらい経っただろうか・・・。
それは周囲を観察するように見回し、体の感覚を確かめるように手足を動かしていたが、不意にぶつぶつと何事かを呟くと、突然黒い生地に赤い刺繍のされた、分厚いマントが現れた。
さらに小声で呟き、ブーツ、指輪、ブレスレット、サークレット、ベルト、短剣を出現させたそれは、そそくさと身につけていった。
あんな骨の身体なのに、何故か指輪もベルトもズレ落ちない。
まるで魔法みたいだ・・・。
全て身につけると、まるで絵本に出てくる王様のような衣装だが、骸骨の体と真っ暗な眼窩、全身から漏れる青白い靄のせいで、悍ましさが薄れる事はなかった。
『ふむ』
骸骨がそう呟き、地上への階段を登ろうと歩き出した時、僕の頭に浮かんだのは村のみんなだった。
(みんなが食べられちゃう!)
「まって!!」
咄嗟に叫んでしまい慌てて隠れるが、遅かった。
骸骨が振り向く。
足が動かない。
真っ暗な眼窩から目が離せない。
口が震え、声にならない声が漏れ、頭が真っ白になり・・・。
プツンと僕の意識は途切れた。
目が覚めて最初に思った事は、「硬い」と「冷たい」だった。
いつもの藁のベットのようにチクチクしないが、決して気持ちのいい目覚めではない。
いつもと違う事を不思議に思いつつ体を起こすと、目の前に目線を合わせるようにしゃがんだ骸骨の顔があった。
「ぎぃぃやぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
思わず自分でも驚くような声量で叫んだが、骸骨は気にせず僕の頭にその硬い手を伸ばすと、ポンポンと、落ち着けるように数回撫でた。
『落ち着いたかな?』
そう問われ、僕はコクコクと首を縦に振る。
殺されるかと思った。
食べられるかもと思った。
だが、予想に反して頭を撫でられた事で、叫べばいいのか逃げればいいのか泣けばいいのか分からなくなり、言葉にならず、頭を動かすだけで精一杯だった。
『驚かせてすまなかった。
私は古の魔法使い、ヌフド。
こうして外に出るのは久しぶりでね、良ければ君の知っている事を色々と教えてほしいのだが、どうだろうか?』
「は、はぃ」
それは小さい声であったが、ヌフドには聞こえたようだ。
『素晴らしい。
私の姿を見て怖がらないとは、君はとても勇気がある。
このような見た目だから、皆怖がって、なかなか私と話してくれないのだ。
君の名前はなんというんだい?』
「ティム・・・ティムノート」
『ありがとう、ティム。
あの宝石を動かしてくれたのは君かい?』
ヌフドの指差した先には、大人の拳ほどの大きさの、緑色の宝石があった。
「綺麗だったから・・・」
コクコクと頷きながら答えると、ヌフドは嬉しそうに笑った。
『カッカッカ!礼を言おう!
君のおかげでこうして外に出て来られたよ。
あの宝石は私を閉じ込めるための《要》だったんだ』
そう言われて思い出したのは、むかし母さんが話してくれた物語。
暴れん坊の悪い龍が閉じ込められた塔の話。
悪い事ばかりしてると、その龍のように閉じ込められて、出られなくなってしまうのだ。
だったら、もしかして、この魔法使いは・・・
「ヌフドは悪い魔法使いなの?」
恐る恐る聞く僕にヌフドは一瞬ピタッと止まると、少しの間を置いて喋り出した。
『魔法使いはね、いつでも悪者さ。
神様が作った世界もルールも捻じ曲げて、自分の思い通りにしようってんだから、人にも神にも嫌われる。
こんな風にね
《アン○ク○○ティナ》』
ヌフドがそう言って石の壁に手を向けると、壁がグネグネと形を変え、人型となって歩き出す。
続けて小声で何かを呟くと、部屋の隅から様々な楽器の音が聞こえてくる。
慌ててそちらを向くと、鼠色の肌で小太りの小人たちが、笛や太鼓を奏でている。
ティムが突然現れた小人に気を取られているうちに石の巨人は部屋の中央にある祭壇に登り、、石の身体にも関わらず流麗な動きで踊り出した。
わけが分からない。
初めて見る現象にティムが驚き固まっていると、ヌフドの困ったような声が聞こえた。
『ふむ、難しいものだな。
魔法使いの間ではよくウケていたものだが・・・』
パチン!とヌフドが指を鳴らすと小人達は溶けるように消えて、石の巨人は踊っていた姿勢のまま動かなくなった。
『さて、ところでティムよ。
君は何故このような森の遺跡に来たのかね?
何も知らずに気軽に来られるような場所ではなかったはずだが?』
・・・森?
・・・遺跡?
「か、母さんが街に仕事に行くから、良い子にしてろって、それで、メディが・・・」
何をどう話していいか分からず、途切れ途切れになんとか説明するが、やはり上手く説明できない。
だが、ヌフドはそんな僕が話し終わるのを待ってくれた。
『ふむ。つまりここは森ではなくガフネスという名の村だと。
さらにこの階段の上は君の家の物置きだというのか』
よほど衝撃的だったのか、そう言ったヌフドな声には力が無かった。
『なるほど。
まぁ何百年も経てばそれだけ進んでもおかしくはないが・・・。
さて、ティムよ。世話になった。
これは私からの礼だ。』
そう言ってヌフドは腰の短剣を差し出した。
『簡易とはいえこの私が《創造》した短剣だ。
大事にするがよい。
《コルヌベクトゥル》』
淡く光る不思議な短剣が目に入ったのを最後に、僕の意識は再び闇に閉ざされた。
その日、窓から差し込む朝日で僕が目を覚ますと、藁のベットの傍に見覚えの無い短剣があった。
鞘には細かい彫刻や宝石が散りばめられ、目が離せなくなる不思議な雰囲気をもった短剣だ。
(昨日はこんなのあったっけ?)
思い出そうとするが、どうにも思い出せない。
昨日の朝、メディの家のおばさんが様子を見に来たとこまでは覚えているのだが・・・。
そこまで考えて思い至る。
(今日はガルメル叔父さんが来るんだった!)
大変だ。こんな短剣見たかったら絶対怒られる!
盗んだと思われたらどうしよう!
僕は短剣を持ち、急いで物置き小屋に向かう。
農具の影、食材の下、積まれた薪の奥。
隠せそうな場所を探していると、瓶の奥に見覚えの無い階段を見つけた。
初めて見たが、躊躇いは無かった。
僕は不思議な光で満たされた地下に短剣を隠し、安堵に胸を撫で下ろす。
スッパリと抜けた昨日の記憶に気づかぬままに。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今作が初投稿ということで、未熟な部分、おかしな部分はあるかと存じますが、素直なご意見ご感想を頂ければ幸いに思います。