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これは『僕』の物語

君が撮りたいもの ⇆ 僕が撮りたいもの

作者: イトウ モリ

甘酸っぱくなっていただけたら嬉しいです。


 僕の地味だけど平穏な部活ライフは、ある日、君の一言で崩壊した。


「私、北村先輩と風景を撮る係になりたいです!」


 君の空気を読まない発言のせいで、部員の目が一斉に僕の方を向いた。


 そしてその目はもれなく『なんでこいつと?』と語っていた。


 さらに続けて『お前みたいな根暗+メガネ+カメラオタクがかわいい女の子と二人で風景写真を撮るなんて100年早い』というテレパシーが伝わってくる。


 やめてくれ。分かってる。そんなことは重々承知の上だ。だから見ないでくれ。

 僕だって困惑している。決してラッキーなんて思ってない。

 僕はできもしないテレパシーの発信を試みる。


 受信されたかは不明だ。




 写真部、新一年生の目下の課題は、夏休みに開催されるオープンキャンパスで展示する写真の撮影だ。


 入学希望者を増やすために、楽しそうなキャンパスライフを送っているキラキラのリア充たちを撮って撮って撮りまくるのが仕事だ。


 もちろんたくさん写真を撮ることで、カメラアングルや構図を学ぶという目的もある。


 無邪気な一年生が公然と生徒を撮影しまくる大義名分を振りかざし、ノリの良い陽キャな学生を撮りまくる。


 そして学校で人気のあるモテキャラ男女の写真を(表向きはきちんと同意を得た上で)被写体とし、裏ではそれを密かに販売して、収益でささやかなパーティーをするのが、写真部の秘密の伝統だったりする。


 僕も去年はちゃんと撮影部隊に参加した。ただし、僕は極度のコミュ障ゆえに散々な結果になってしまったが……。


 まず人に声がかけられない。だから撮影の同意が得られない。

 仮に人の助けを借りて撮影に至っても、要望が言えないので理想の構図で撮れない。だからいい写真が一つも撮れない。


 ……まあ、去年のいろんな失態により、僕は途中で風景写真係に転向となった。人が苦手な僕にはその方が嬉しかったけど。


 僕が撮る風景写真は、教師陣営には、ちょっとだけ好評だったりする。


 実は学校のホームページに使用されている写真は、僕が撮ったものだ。目立ちたくないから、部員には秘密だけど。


 目立たないでいい。誰か一人だけでも、僕の写真を気に入ってくれる人がいればそれでいい。


 僕はそれだけで満足だった。




花音(かのん)ちゃん。風景班は北村一人でも大丈夫だよ。それより巡回班は総力戦だから手伝ってくれないと困るよ」


 部長の一言で、君は少しだけ残念そうな声を出しながら素直に従った。


 その残念そうな理由って……なんなんだろう……。


 僕と同じ疑問を持った一年生が、にやけた声を出しながら君をからかった。


「あっれ〜? 花音、もしかして北村先輩と一緒がよかったの〜?」


 やめろ。僕はそういう冷やかしが一番嫌いなんだ。


 僕はまわりに背を向け、パソコンの現像ソフトに集中するふりをして、その場をやり過ごす。


「いえ! ただ風景写真に興味があって!」


 グサッ! という効果音はきっと僕の気のせいだ。幻聴だ。胸に何か鋭いものが刺さったような痛みを感じたのも錯覚だ。そう、きっと幻覚痛だ。


 こんな根暗メガネが好きだなんて言う女子なんて、いるわけがない。


 僕がメガネを外したら実はイケメンだったなんて、そんな出来損ないのマンガみたいな設定がない限り、絶対に起きない事象だ。夢を見るな。傷つくだけだ。


「あー、まー、たしかに。北村の風景はウケが良いよな。先生とかお年寄りに」


 部長のセリフに失笑が起きる。別に気にしてない。僕の撮る写真には花がない。地味なんだ。自覚はしている。


「とにかく花音ちゃんは、一年生だし、カメラも初心者なので一日50枚のノルマをこなしましょう」


「はーい。わかりましたー!」


 君や部員たちの和気あいあいとする雰囲気に背を向けて、僕はひたすらパソコンの画面とにらめっこを続けた。



・・・・・



 日曜日。

 僕は自転車に乗って、いつも撮影に行く公園に到着した。


 動きのある風景写真に挑戦してみたくて、噴水の写真を何枚か撮っている。水しぶきの写真は、まだ納得できるものが撮れたことはない。


「北村先輩!」


 突然声をかけられて、僕は心臓が止まるかと思った。


 振り返ると君が立っていた。カメラを持って……。


「……ああ、奇遇だね。おはよう」


 人と話すのは緊張するので、僕はすぐに撮影に戻った。早くどこかへ行ってほしい。でも君はずっとそこに立っていた。


「北村先輩。風景の撮り方、教えてください!」


 ……やっぱりか……。


「好きなように撮ればいいんだよ」

 僕はファインダー越しの噴水から目をそらさずに答えた。


「北村先輩みたいな風景が撮りたいんです!」

 

 だめだ。撮影に集中できない……。


 僕はあきらめて、カメラから目を離した。おそるおそる君を振り返る。


「私……っ、オープンキャンパスで、先輩が撮った校舎の写真がすごく好きになって……! それでこの学校受けて写真部に入ったんです! それで……何度か先輩と同じ場所で同じように撮ってみたんですけど、先輩みたいな写真にならないんです! どうすれば先輩みたいな写真が撮れるようになりますか?」


 いつも笑顔を絶やさない君が、真剣で真面目な表情で僕を見ていた。その強い瞳から僕はあわてて目をそらす。


 胸が落ち着かない。でも、たぶん嬉しいのかもしれない。

 僕の写真を好きと言ってもらえたから――。


「……たいしたことないよ。僕のは『raw現像』で加工してるから」

「ローゲンゾー?」


「たぶん一年生はJPEG撮影にしてるよね?」

「じぇいぺぐ?」


 君の頭の上に大きなクエスチョンマークが浮かんでいるように見えるのは、たぶん僕の幻覚だろう。


 僕は簡単に、raw画像が撮影したそのものの生データで、JPEGはデータ容量を軽くするために、圧縮したものだと説明する。


 撮影後に細かい光のバランスを修正したり、加工できるのがraw画像の特徴だ。僕の写真には、いつもほんの少しだけ虚構を入れる。


 実際に目で見たときよりも、少しだけ美しくなるように。

 いつも見る風景は、こんなにきれいだっただろうかと、あらためて自分の見る景色を意識してもらえるように。


 君は分かったような分からないような顔をして、手提げからなにかを出した。


「北村先輩! 朝ごはん、もう食べました? サンドイッチ作ってきたんですけど一緒に食べませんか? 食べながらもっとカメラのこと教えてください!」


 サンドイッチはかなりの量があった。とても一人で食べきれる量ではない。


「これ……君一人で食べるつもりだったの……?」


「ちっ、違いますよ! 私そんなに大食いじゃないです!

 ……北村先輩が毎週ここで朝から写真撮ってたの知ってたんで、ふ……二人分作ってきたんです!」


 ……なんのトラップだろうか。


 僕の目の前にサンドイッチを持ったかわいい女の子がいる。しかもそのサンドイッチは僕に食べさせるために作ったものだという。


 これは俗に言う、彼女が手作りのお弁当を持ってくるシチュエーションなのだろうか……。ありえない。ありえなさすぎる。


 ……分かった。


 きっとこのサンドイッチにはすごい量のマスタードが入っていて、これを食べてツーン! ってなってる僕の情けない顔を写真に撮って、明日部活のみんなで笑っちゃおうぜ! というミッションだな。


 かわいそうに。この前、僕と風景を撮りたいなんて言っちゃったから、部長か誰かにからかわれて、変な指令を与えられてしまったんだろう。


 なら、早くクリアしてもらって帰ってもらうことにしよう。それがいい。


「……ありがとう。食べていいの?」


「はい!」


 君の表情がゆるむ。きっと僕がなにも疑わずに食べると言ったからホッとしたのかもしれない。




 ……しかし、サンドイッチは普通にうまかった。


「……え? なんでこんなにうまいの?」


 思わず声に出してしまった僕に、君はとても嬉しそうに笑った。


 ……この笑顔は、なにかのキャンペーンに応募したら当選するかもしれない。

 僕の指がカメラのシャッターボタンを求めて(うず)いた。


「よかった! おにぎりにしようか迷ったんですけど……」


 あんまりおいしかったので、僕は二つ目のサンドイッチに手を伸ばす。


 びっくりマスタード大作戦じゃないということは、本当に僕に会いに来たってことなのだろうか。信じられない。


「先輩って休みの日はコンタクトなんですね! すっごいいい感じです!」


 君が僕の顔をのぞきこんで来たので、僕は思わず顔をそらした。ガン見しないでほしい。


 根暗オタクが、調子に乗っておしゃれしてると思われたくなかったので、そこはしっかりと理由を説明する。


「一眼レフ使うときは、メガネがあたるから……」


「じゃあずっとコンタクトにしましょう! そうしましょう!」


「目が痛くなる。もって3時間が限界」


「そんな! もったいない! ああでも! 特別感も大事なスパイス! 嗚呼(ああ)っ! 花音(かのん)葛藤(かっとう)!!」


「……何が?」


 頭を抱えて(もだ)える君を、僕は途方に暮れて見つめた。


「北村先輩、メガネ外すとかっこいいですよ! 黒縁眼鏡は絶対にやめた方がいいです!」


「……そういう冗談は好きじゃない」


「冗談じゃないですってば! んもう!」


 ――カシャ!


 君はサンドイッチを置いたと思ったら、凄まじい速さでカメラを構えたと同時にシャッターを切った。


「………………いま撮った?」


「はい撮りました! さあ、北村先輩! よく見てください!

 先輩はこの涼し気な目がチャームポイントなんです! あとは鼻筋がすっとしてて素敵です! 更に言わせてもらえばフェイスラインもシュッとしててポイント高いです。

 だからあんなダサくて汚れたメガネかけてちゃだめです! あ、やっぱりまつ毛長いですよね? ちょっとズームしてみましょうか?」


 君はいま撮ったばかりの画像を再生して、僕に突きつけた。


「ちょ……! マジでやめろって! 人の顔勝手に撮ったあげくに、本人に直視させて細かく分析するな! 何考えてんだよ!

 ……それより、なんでブレてないの? あれだけすごい速さで撮ったのに……! すご! え? 君、もしかして写真撮るの……うまい?」


「だてに一日ノルマ50枚こなしてませんから! 早撃ち花音と呼んでください」


 君は手をピストルの形にしながら得意顔をする。そしてなぜか花音(かのん)の発音が火砲(キャノン)になっている。


「ところで北村先輩は、人は撮らないんですか?」


「緊張するから無理」


「いつか撮ってみたい人って、いたりします?」


 君の言葉を聞いて、僕は少し考えた。

 もし誰かを撮るのだとしたら――。


 話をしていて緊張しない相手がいい。

 僕が失敗しても、逆にこだわりすぎて何十分も撮影に時間がかかっても、怒らないで笑っていてくれる人がいい。


 そんな相手って……もしすごいラッキーが起きて、一生分の幸運を使い切るくらいの奇跡が起きて……もし仮に――――。


「彼女とか……できたら……撮るかも……」


「きゃあぁぁぁぁああ!!!」

 なぜか隣の君がいきなり叫んだ。


「うわ! 声でかい!!」


「ごめんなさい!! なんかすっごいキュンキュンしちゃって! 衝動が抑えられなくなりましたぁぁっ!!」


 今度は顔を両手で(おお)いながら(もだ)えまくっている君を、僕は途方に暮れて見つめる。


「君って……すごく、にぎやかな人だよね……」


「はい! 盛り上げて楽しくなった瞬間をさっきの早撃ちで撮ります!!」


「うん。人物写真撮るの向いてると思うよ」


「でも風景も撮りたいんです!」


「わかったよ。サンドイッチのお礼に、少しだけ撮影に付き合う」


「ホントですか! じゃあ来週も作ってきます!」


「それは勘弁して」


 僕は君の笑顔から逃げるように、もう一つサンドイッチを手に取った。


 おいしかった。でもこれで食べ納めだ。


 毎週のように、女の子が僕に朝ごはんを作ってくれるなんて、そんな幸運が僕に起きるはずがない。


 そんなことを望んだら、僕はきっと今日、帰りに車に轢かれるだろう。



・・・・・




 風景を撮ると言っても、君が使っているのはコンデジ――コンパクトタイプのデジタルカメラだ。もちろんraw画像で保存する機能もついてないし、設定も複雑なことはできない。


 カメラは高い。こだわれば際限なくお金が飛んでいく。

 僕も叔父さんのお下がりでなければ、一眼レフなんて持てなかった。


 道具にこだわるんじゃなくて、あるものを最大限に活かして、いい写真を撮る。学生身分ならそれがせいぜいだ。


 とりあえず僕は基本のキの字程度のアドバイスから、君に伝えてみることにした。


漠然(ばくぜん)と撮るんじゃなくて、まずは縦にするか横にするか構図を考えてみるといい。

 よく言われてるのは、奥行きを出したいなら縦がいいし、広がりを出したいなら横がいいってこと。もし構図で悩んだら、三分割で配置をイメージするといい」


 さっきまでうるさいくらいにぎやかだった君が、今は一言も言葉を発さずに、真剣に被写体と向き合っていた。


 また僕の指が(うず)く。


 君の真剣な横顔を見ているうちに、僕は無意識にカメラを向けていた。


 ――――カシャ。


 シャッターを切る。


「……北村先輩? 先輩も同じの撮ってるんですか?」


 公園の花時計にカメラを向けたまま、君が僕に尋ねてきた。


「うん。きれいだなって思って」


 僕は君をファインダーの中にとらえたまま答えた。


「この水色の花もサルビア……でしたっけ? きれいですよね」


 ほんの少しだけ目線が僕に向く。その瞬間をもう一回撮った。


「……え?」


 君がこっちを向いた。少し驚いた表情――。


 シャッターを切った。すごくいい絵がとれた。目線がばっちりだった。


「いま! 完全に撮りましたよね! 私のこと!」


 君は撮影を中断して、僕の方へ歩いてくる。


 不思議だった。ファインダー越しに、君が僕を見ているのが分かったけれど、僕は緊張していなかった。


 君が僕のことを真正面から見ていても、もう僕は目をそらさなかった。


 怒っている顔も撮ってみたい。できれば……もっと近く……。至近距離で……。よし、もう少し……。


 もう一回シャッターを切ろうとしたら、君が僕のカメラをつかんで無理矢理おろした。


 僕の目の前に、真っ赤な顔をした君がいる。


「もう! カメラ越しじゃなくて! 直接私のこと見てくださいよ! 私が北村先輩の顔、見れないじゃないですか!

 ……あのっ! あのですね! 北村先輩が私のことを撮ったってことは! もう私! 北村先輩の彼女ってことで、いいんですよね!? そういうことなんですよね!?」



 …………え?


 ――あ。そうか……。そんなこと言ってたかも……。


 あれ? でも、喜んでる? 喜んでるってことは……?


 …………え? うそ……。


 君が僕に向けてシャッターを切った。

 あの得意の早撃ちで。



・・・・・



 僕の真っ赤になった顔の写真は、こともあろうにキャンバスプリントまでされてしまった。


 そして、何度もはずしてくれとお願いしているのに、君の部屋にいつも飾られたままになっている。


 ひどい嫌がらせだと、僕はいつも君に抗議しているけれど、君は毎回どこ吹く風だ。


 悔しいから、僕も早撃ちで仕返ししようと思っている。


 次の日曜日が楽しみだ。


お読みいただきありがとうございました。

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