勇者と王女
「さて……これからどうしよう」
「むー!」
勇者として異世界に召喚されたソラは、世界を救ってくれという彼らの要求に応じずその場から逃走。しかも、その場にいた王女を誘拐して、のおまけ付きでだ。
王女誘拐なんて、この世界の法律には全然詳しくないソラにだって、まずいだろうということがわかる。なんせ王族なのだし。
元の世界でだって、誘拐自体犯罪だというのに。
「ま、やっちまったもんは仕方ねえ。それに、そもそもあの連中が俺を誘拐して、この世界に連れてきたようなもんだし」
先にやったのは向こうだし、理論で自分のことを棚に上げる。最低である。
「むーっ、むー!」
「うるせえな、ギャーギャー騒ぐから縛ったのに、意味ねえじゃねぇか」
「んむー!」
先ほどからむーむー唸っているのは、アウドー・ラ・リーラ……誘拐してきた王女、その人だ。
彼女を拐い、城から逃げ出したはいいが、ギャーギャーうるさかったので適当な布で口を縛った。これでギャーギャーは言わなくなったが、代わりにむーむー言っている。
これではうるさいことに変わりはない。
「ちょっと黙ってろ、今いろいろ考えてるんだから」
「むー!」
誘拐され、抵抗もできずに言葉も発せない。そんな状況でおとなしくしろというのも無理な話だが、とりあえず無視しておく。
ソラは現在、城からかなり離れた路地裏に身を隠している。人通りの少ない場所で、おそらく簡単には見つかるないし、むーむー言っても気づかれることはない。無論、いつまでもここにいるわけにはいかないが。
勇者逃亡、王女誘拐……これだけのことをしておいて、まさかこのまま見逃されるはずもない。あの国王は娘を溺愛していたっぽいし、娘捜索は絶対される。
とはいえ、そんなにすぐに捜索隊が派遣されることや、国中に王女誘拐の件が知れ渡ることはないと、ソラは考えていた。
「むー、むーっ!」
「うっさ」
もういっそ気絶させてしまおうか……そう思いつつ、あまり乱暴な手段はとりたくないなとも思う。
この王女誘拐の件は、おそらく最初は内密に行われる。王女誘拐……それだけならばまだしも、その犯人は召喚した勇者なのだ。
国王自らが召喚した勇者が、役目を放棄して王女を連れ去り、逃亡した。こんなこと、人々に言ったら国王の信頼ががた落ちだろう。だから、最初は秘密裏に事を成そうとするはず。
だからこそ、公になっていない今だからこそ、逃げるには今しかないのだ。
「逃げるとなると、当然国の中は無理。なら、外か……この王女うるさいけど、保険と外への案内役には使えそうだし」
「!」
逃げるだけなら、王女を置いて一人で逃げた方が効率的だ……が、それではそもそも本末転倒だ。
身の安全を確実にするために、王女を誘拐したのだ。それに、右も左もわからないこの世界では、案内役がいた方がいい。
「というわけで、しばらく俺に付き合ってもらうから」
「!?」
ソラの言葉に、王女リーラは驚愕の表情を浮かべる。当然だ、ソラの心は読めないし、いきなりというわけで、と言われても意味がわからない。
そしてソラは、口元に指を立てる。
「静かにしろよ? そしたら痛いことはしないから」
「……」
とりあえず、このまま縛っているというのも忍びない。口元の拘束だけは、解いてやろう。
これから国の外まで付き合ってもらうのだ、意志疎通は大事にしたい。
「ん……ぷはっ。あ、あなた、いきなりなにを……!」
「おーっと、静かにって言ったはずだぜ?」
「……っ」
口元の拘束を外され、直前の忠告も無視して声を張り上げようとするリーラを、ソラは強めの口調で黙らせる。
リーラにとって、ソラは異世界からの正しい心を持った勇者……ではなく、父たちの要求を突っぱね、初対面の自分を誘拐した極悪人だ。黙らねば、なにをされるかわからない。
それにあの凶悪な顔。なにを考えているのかわからない。
「よーしよし、いい子だ。まずは、この国を出ようと思うんだが……お前、安全そうな道を案内しろ」
「は、はぁ!?」
誘拐されたかと思ったら、今度は道案内。それも国の外に出たいなどと。
そんなもの、無理に決まっている。だが、従わなければこの男はなにをするかわからない。
最悪、自分の命を捨てる覚悟はある。だがそうなったとき、この男はきっと他の人間を誘拐するだろう。こんな怖い思いを、他の者にさせるくらいなら……
「……警備の少ない門なら、あります」
「おぉ、ならそこへ……」
「ですが、オススメはしません……外には、凶悪な魔物やモンスターが……」
そこまで言って、リーラは気づく。なぜ、ためらう必要があるのだ。この男は見たところなんの装備もない。外に出たら、真っ先に獣たちの餌食になるだろう……それの、なにがいけない?
国の外に逃げてくれたとして、どうせ長くは生きられない。もし死んでくれたなら、新しい勇者の召喚だって可能で……
「……わかりました、案内します」
「お、物分かりがよくて助かる。貧弱な王女さんだと思ってたが、さっきの反撃といい、度胸あるじゃねぇか。なんか凶悪な魔物とか聞こえたが、まあ二人で乗り越えていこうや」
「えぇ、そうです……え?」
今の自分の考えが最低なのはわかっている。だが、このまま新たな被害を広げるよりは、この男一人外へと追いやってしまった方がいい。
我ながら完璧……そう考えていたリーラは、ふと引っ掛かる。はて、今妙な言葉が聞こえたような。
「あの……」
「ん?」
「聞き違いでしょうか? 今、二人で乗り越えようって……」
「あぁ、言ったぞ」
「……あなた一人で外に行くのでは?」
「んなわけないだろ」
「……」
……人生とは、予想外の連続である。
「い、嫌ですぅ!」
「うるせー、あと泣くな! お前は人質なんだ、まさかここでおさらばできると思ったのか!? 残念だったなひゃっひゃっひゃ!」
滝のような涙を流すリーラに、しかしソラは付き合わない。いやいやと駄々をこねる子供のようにもがくリーラを、ソラは無理やり引っ張っていく。