異世界特典万歳!
元の世界に戻るためには、この召喚主……国王の願いである、魔王とやらを倒して世界を平和にしなければならないらしい。
しかし、そんな身勝手な契約、簡単にはいとうなずけるはずもなし。
「それ以外の方法は? 契約破棄とか……」
「で、出来ぬ……」
「ちっ……じゃあ、そうだ。俺意外に勇者を召喚して、そいつに役目を引き継いでもらうってのは? それなら俺はお役御免だろう」
新たに勇者を召喚してもらい、その勇者と新たな契約を結べばいい。だとしたら、ソラとの契約はなかったことになり、ソラは帰ることが出来るのではないだろうか。
我ながらいい案だと思ったのだが……
「……その、だね……新たな勇者を召喚するには、今いる勇者をその、こ、ここ……殺さないと、いけなくて」
「……ふぅん?」
それも無理、のようだ。新たな勇者の召喚が出来ないわけではない、ただしそのためには、今いる勇者……つまりはソラを、殺さなければならない。一度に二人の勇者は、召喚出来ないというわけだ。
先ほどの処刑話は、もしかしたら不敬罪以外に、そういった理由が含まれていたのかもしれない。言うことを聞かないソラを殺して、新たな勇者を召喚するために。
……というか、だ。
「やっぱり俺のこと、殺すつもりなんじゃないかよこの野郎」
先ほど国王は、処刑はなしにすると言ったが……今の話を聞く限り、その約束が守られる可能性は低い。せっかく召喚した勇者はや役立たず、そして現在の勇者を殺さなければ新たな勇者を召喚出来ない。となると、おとなしく投降したとしてもこの後なにが起こるかは明らかだ。
仮に国王が守ったとして、その部下に暗殺される可能性は充分にある。特にあの仮秘書……ソラの存在を疎ましく思っているだろう。なんなら、言葉巧みに国王をソラ殺害の方向に誘導する可能性だってある。
ならば、考えを改めてこいつらに協力するか? いや、ここまで事を荒立ててしまったソラを、信頼してくれるかは難しい。というか無理だろう。ソラだって、今更こんな勝手な連中のために考えも態度も改めるつもりはない。
ならば取る手段は一つ……
「逃げるか……」
「!」
ぽつりと、呟く。その言葉が聞こえたのは王女リーラ・ラ・セイジュのみ。ここに留まっても、尻尾を振り返しても殺される、ともなればここから逃げるしかないだろう。
無論、人質は連れたまま。でないと逃げても、どこから命を狙われるかわからないし。
「もう話すことないから、俺行くわ」
「! ま、待ってくれ! せめて娘は……」
「置いていったらあんたら俺を殺しに追手でも差し向けるだろ? これはその保険さ」
にやぁ、と満面の笑みを浮かべるが、それはやはりどうしようもなく極悪な面であった。
保険のために王女を連れて行く。まあ、一国の王女を人質に逃亡した時点で、追手が差し向けるのは変わらない気もするが。むしろ追手という意味では、単なる逃亡よりも王女誘拐の方が重い気がしないでもない。
とはいえ、他にいい案が浮かばないのも事実だし、落ち着いて考える時間もない。そんなわけで、このまま逃げる。扉は、兵士たちが固めている。逃げ道といえば、背にしたこの窓のみ。チラッと窓の外を確認するが、目視でも四、五階……それくらいはありそうだ。
建物はたくさんある。うまく建物を影に紛れられれば、逃げやすいが……飛び降りたとして、下手を打てば死ぬ高さ。それを見越してか、ソラが窓から逃げるとは考えていないようだ。
……そこに、可能性が生まれる。それに、ソラが先ほど移動した際に感じた感じた違和感。この違和感の正体が思っている通りのものだとすれば……
「……おい王女様、舌噛みたくなきゃ口閉じてろ」
「え、なに……!?」
王女にだけ囁くようにして、直後後ろへと回転、閉じられていた窓を蹴り割る。ガシャァンと激しい音を立て、突然の事態に誰も反応出来ない。
まさか……と、そう感じた時には、もう遅い。ソラは王女を抱えたまま、窓枠に足を引っかけ、窓を飛び越える。その自殺願望とも思える光景に、誰もが驚愕する。
直前の忠告も忘れ、王女は悲鳴を上げる。それに刺激され、国王や兵士が動き出し、窓際へと駆け寄った時には……もう、ソラと王女の姿は消えていた。空でも飛べない限り、この高さから飛んで行く着く先は真下……地面だ。
まさかこのまま落下し、地面に身を叩きつけられたのか。あの不敬勇者はともかく、娘まで……そう思いながら身を乗り出した国王は、驚愕に目を開く。
「まさか……」
地面には、二人の姿はない。しかし、少し視線を上げた先……建物の上を、ソラは走っていた。
「屋根伝いに、走っておるじゃと……?」
ソラは、窓から外へと飛んだ。普通ならば、飛距離の問題で建物の屋根に着地することなども出来ず、地面に落下してしまう。死ぬことは免れたとしても、落下の衝撃で動けないはず。
しかし、そうはならなかった。感じた違和感、『羽根のように軽い』この体ならば、助走がなくとも近くの建物の屋根に飛び移れるのではないか……ソラは自身の違和感から、こう考えた。
考察が外れれば死んでいた。だが、どのみちあの場に残っていれば殺されていたのだ。ならば、生き残る可能性に賭けたまで。人一人抱えて、この軽やかな動き。屋根を、軽々と飛び移りみるみる先ほどまでいた部屋……王宮の王の間から、離れていく。
「あっはははは! この身軽さ、まさに身体能力の向上! これが異世界特典ってやつかあっはははは!」
「きゃああああああ!」
「一度鳥のように飛んでみたいと思っていたんだ! くそったれな異世界召喚だったが、これだけは感謝してやる! 異世界特典万歳! あっっははははははは!」
身軽に飛ぶ飛ぶ……このような身体機能、元々自身に備わってはいなかった。こんな芸当が出来るのは、異世界に来たことで身体能力が向上したことによるものだろう。異世界召喚の賜物というやつだ。
……と、ソラは思っていた。ソラは知らなかった……この世界の重力は、自分が元いた世界より遥かに小さいことを。だから、重力の小さいこの世界では、ソラの体は羽根のように軽い……ただそれだけであることを。
決して、異世界特典とかいうものではないことを。