勇者と魔王
…………魔王に呑み込まれたソラ。意識はあったが、それだけだ。周りにはなにも見えない……真っ黒な、空間。自分の体が存在しているのか、それすらも曖昧な空間。
声を張り上げても、まず言葉が喉の奥から出てこない。口が使えなくなったのか、それとも耳が聞こえなくなったのか。
そんな中……暗闇の空間の中、なにかがぼんやりと浮かび上がる。人型のなにかだ。なにも見えないはずなのに、どうしてかそれだけはわかった。
「誰だ、お前」
声が、出た。
『誰か、だと? さあ、誰だろうなぁ』
ノイズがかかったかのような声で、言葉が返ってくる。とりあえず、意思の疎通は取れるらしい。
しかし、質問に答えてくれないゆえにソラに協力的ではないのは、ぼんやりとわかった。かと言って、敵意があるわけでも、なさそうだ。
「なら、ここはどこなんだ」
『どこ、か……覚えていないのか? 自分が、ここで目覚める前にどうなったのかを』
謎の声は、相変わらず答えをくれない。だが、今度はソラにヒントを与える形だ。
言われてソラは、思い出す。自分は確か……そう、魔王だ。魔王に出会ってしまい、とりあえず逃げて……反撃をしたら、攻撃を受け止められたどころか、引きずり込まれて。
引きずり込まれて、そして……
「まさか……魔王の、中だってのか、ここは……!?」
『それ以外のなにに見えると言うのだね』
「少なくとも魔王の中だとは思えねぇよ!」
まさか、あのまま腹の中に呑み込まれてしまったということか。そんなこと、現実的にあり得るのか。
だが、目の前の光景だけが、現実であることに変わりはない。
「くそっ、どうなってやがる! おい、ここから出る方法は!」
いっそ、ここがどこかなんてどうでもいい。問題は、この空間から出る方法だ。
こんな真っ暗な空間に居続けたら、気が狂ってしまう。ユキに牢屋に入れられたときと似たような状況であるが、あのときとは違う……言いようのない圧迫感が、ある。
『ここから、出る?』
「あぁ。入ってきたなら、出る方法だってあんだろ。その方法を……」
『ないよ』
「……は?」
無慈悲な一言が、ソラの胸を突き刺した。
『ここから出る方法など、ありはしない。あるはずもない』
「な……いや、おい、うそだろ? ……だ、だいたい、ここが魔王の腹の中ってんなら、てめえは誰なんだ! 魔王の仲間か? 適当な言葉で、俺を閉じ込めようとしてるだけじゃないのか!」
再度、同じ質問を投げかける。
目の前の存在がなんなのかはわからない。だが、ソラの質問への答えが、真実である証拠はないのだ。
適当なことを言って、ソラを縛り付けておくつもりではないのか。
『仮にそうだとしても、そうじゃないとしても。お前にそれを確認する術はないだろう』
「ぬぐ……まあ、それはそうなんだが」
しかし、もしも本当にここから出る手段がないというのなら……ソラにとっては、それは最悪の想定だ。
いきなり異世界に召喚された挙句、こんな暗い空間でこれからを過ごせというなどと。
「そんなん認められるか! いいからとっととここから……」
『いいのか、本当にそれで?』
声が、近い。いつの間にか、黒い影は目の前まで、迫っていた。口のあるであろう場所に、口のようなものが浮かび上がり、笑みを描いた。
どうしてか、その存在の言葉を一蹴する気には、なれなかった。
「どういう、ことだ」
『お前は、今まで見てきたはずだ。この世界の人間の身勝手な部分。まんまと踊らされて、それで本当にいいのか?』
「だから、なに言ってやがる。あいつらに利用されるのが嫌だから、こうして飛び出して、魔王を……お前を、倒そうとしたんじゃねえか」
目の前の黒い存在が、なにかはわからない。だが、魔王の腹の中に居るのだ……魔王に関連するなにかだとは、思った。
キッと睨みつけるソラを、しかし黒い存在は表情の読めない顔で見返してくる。
『魔王を倒す……そうすれば、元の世界に帰れる、か?』
「そうだ、だから……」
『帰れないよ』
「……は?」
無慈悲な言葉は、容赦なくソラを突き刺していく。
『魔王を倒せば元の世界へ帰れる……それは、真っ赤な嘘だよ』
「は……いや、そんな、あるもんかよ! だって、あの国王は……」
元の世界へと帰れる、手立て。その根本から否定されてしまい、ソラの顔には焦りが浮かぶ。
だって、そうでなければ、ソラの計画は……
『召喚主の願い、この場合はわしだな。その願いを、召喚された者が叶える……そうしなければ、元の世界には戻れぬという契約じゃ』
「あのおっさんは、そう言ってた。だから俺は……」
『では逆に聞くが、その言葉が真実である理由はどこにある?』
「! しん、じつ……」
リーラを人質に取り、聞き出した帰還方法。証拠と言うならば、そのシチュエーション自体が証拠だ。
だが、改めて確認したわけではない。
『お前は、この世界に自分を召喚した人間のことは信じられないと思っていたはずだ。現に、勇者システムの詳細を、あの国王は隠していた』
勇者システムの詳細……それぞれの口が召喚した勇者が、誰が一番先に魔王を倒すかでその後の国の発言力に影響が出るという、あれだ。
たとえば、アウドー王国に召喚されたソラが魔王を倒せばアウドー王国の。トリュフ王国に召喚されたユキが魔王を倒せばトリュフ王国の。それぞれ、国の発言力が多くなるかどうかが決まる。
『そんな、隠し事の多い人間の言葉をお前は、まともに信じるのか? 魔王と戦わせる理由付けのための言葉だと、思わないのか?』
「それ、は……」
『まあ無理もない。元の世界に帰れる……そのような甘い言葉を出されては。自分に都合のいい言葉は信じたくなるもの。私も、かつてはそうだった』
「かつて……?」
その存在は、なにやら意味深な言葉を告げる。
「そりゃ、いったいどういう……」
『……私も、かつてはお前と同じ立場だった。この世界に召喚された、勇者だった』
「はぁ!?」
告げられた、衝撃の事実。しかし、こいつも妙な言葉で俺を困惑させようとしているのではないか……ソラは、そう思ったのだが。
……なぜだか、その言葉が嘘だとは、思えなかった。
もしかしたら、それは本当に元勇者で。勇者同士だからこそ、その言葉が嘘ではないことが、わかったのかもしれない。
「いや、かつて勇者だったって……じゃあ、お前は今、ここでどうなって……?」
『魔王と呼ばれる存在……それは、実際には私たちが生み出した、怨念のようなものだ』
「怨念? 私たち?」
ソラは、いつの間にかその存在の言葉に聞き入っていた。怪しいはずのこの存在の、言葉を、どうしてか嘘だとは思えない。
そもそもの話、ソラを召喚したアウドー王国のあの国王よりも、よほど信憑性があった。
『ここにいるのは私たち、この世界に召喚された勇者たちの成れの果てだ』
「……!」
『かつて、魔王を倒すためと召喚され……しかし、結果として奴らは、約束を守らなかった。魔王を倒せば元の世界に帰すという、約束を』
「なに……?」
『奴らは、自ら魔王と呼ばれる存在を生み出していた。この世界の技術力を使えば可能なのだろう。わかりやすく言えば、世界を滅びに導く存在……それを、倒すために勇者を召喚する』
「は、ぁ!?」
おそらく嘘ではないだろう、その言葉の内容にソラは衝撃を隠せない。が、その意味するところがわからない。
まとめるなら、この世界の人間は、自ら世界を窮地に追いやる存在を生み出し、自らそれを倒すため勇者を召喚している。
それに、なんの意味があるというのか。
『奴らは、どの国が召喚した勇者が一番優れているかを競うために、そのようなことをしている』
「……それって、国の発言力がどうのってやつか? その部分は本当なのか」
『結局は、自分たちで生み出したものを、自分たちが召喚した勇者に倒させている。奴らにとって、これはゲームなのさ』
ゲーム……その言葉が、ソラの胸の奥に、響いた。
奴らは、ゲーム感覚で俺たちの、人生を弄んでいるのだ。
「じゃあ、あんたらは……奴らに復讐とか、考えなかったのか?」
『無論、考えたさ。そしてその結果が、この姿というわけさ』
「? どういうこった?」
『最初は、誰だったか……魔王を打ち倒し、しかし帰る方法がないと明かされ、しかも国を追い出された男がいた。その男は、己が生み出した怨念により身を黒く染め……幾年もの後、別の勇者を呑み込んでいった』
もういつの話か、最初の勇者がいた。彼あるいは彼女は、己の境遇に絶望し、怨念に呑まれた。
その後、再び召喚された別の勇者を、次々に呑み込んでいき……長い年月をかけて、今の姿となったのだ。
「じゃあ、あんたらが勇者の怨念だって言うのなら……今、この世界の奴らが生み出したっていう魔王はどこにいるんだよ」
『それは、すでに私が殺した』
「マジか……」
『結果として、奴らが生み出したモノを倒しても元の世界には戻れない。……なぁソラよ、理不尽だとは思わないか。奴らに、思い知らせてやりたいと思わないか』
「……そう、だな」
差し伸べられた手……それを、ソラは……ゆっくりと、握り返した。




