その末路は
ゾワゾワと、背筋を……いや全身を走り抜けるほどの寒気。それは、本能的な危機管理能力が発動したのだろうか。
ソラが魔王に蹴り込んだ足……それは確かに魔王の体に直撃したはずだ。
だが、結果として攻撃は通用しなかった。防御されたわけではない。ただ、不可解なことが起こっただけだ。
「どうなって、やがる!」
足が、体内に埋まっている。それだけでなく、まるで底なし沼に足を突っ込んだかのように、みるみる足が沈んでいくではないか。
このままでは、呑み込まれる……直感的に、そう感じた。
「おい! 離せてめぇこの!」
「……」
先ほど、ただ一言「捕まえた」と。それだけを語った魔王の口は、動かない。焦るソラは必死にもがくが、それすらもうまくいかない。
飛び蹴りをした状態で、足が埋まっていったのだ。その体勢のままいられるはずもなく、重力に逆らえずにソラの体は地面へと打ち付けられる。
「ぐっ……!」
受け身を取ることも忘れ、激しく体を打ち付ける。だが、痛みに悶えている暇もない。こうしている間にも、ソラの体は徐々に引っ張られていく。
先ほどは魔王の体を底なし沼と評したが、まるで中から誰かに引っ張られているかのような、感覚だ。
「そ、ソラ様!?」
そこへ、ソラを心配する声が響く。ソラがこの場に来る原因ともなった、リーラがそこにはいた。
先んじてこの場に向かったソラに追いつく形で、今たどり着いたようだ。その後ろには、チョロの姿も見える。
その凄惨な現場に、彼女は言葉を失っているようだ。
「くそっ、おいお前ら! なんとかしてくれ!」
すでに、ソラは抵抗を試みた。魔王の体に埋まっていない、もう片方の足……それで、魔王の体を蹴り上げたのだ。埋まってしまったのなら、引っ張り出せばいい。
しかし、やはりというか……もう片方の足も、魔王の体に埋まってしまった。引っ張り出すどころか、踏ん張るための足が両方とも使用不能になってしまった。
「ぬぉおっ、俺のアホぉ……!」
足が埋まる可能性、足を引っ張り出せる可能性……その二択に一つに賭けた結果が、これだ。目も当てられない。
今ソラにできるのは、せめて呑み込まれないために地面にしがみつくことくらい。だが、そんなの些細な抵抗だ。
「ひっ……ど、どうなってるんですか! これ、ソラ様……ぶ、無事ですか!」
「無事じゃねぇからなんとかしてくれっつってんだよ!」
怯えるチョロの姿に、あいつは本当に兵士なのかと疑いたくなる。しかし、今はこうして言葉のやり取りをする時間さえ惜しい。
すでにソラの体は、腰辺りまで引っ張られてしまっているのだから。
「こな、くそ!」
地面に転がっていた石を手に持ち、それを魔王の体へとぶん投げる。触れてしまえば手まで埋まってしまいかねない。触れない方法で、なんとかできないものか。
しかし、ぶん投げられた石は、魔王の体にはぶつかったが……足と同じように、体の中へと呑み込まれていった。
「まっ……じ、かよ!」
「そ、ソラさんを、離しなさい!」
まさかなにもかもを呑み込む物体ではないか……そんな考えがよぎり、ソラの顔が青ざめる。直後、震える体を奮い立たせ、腰の剣を抜いたチョロが魔王へと斬りかかった。
首となる部分を狙った、容赦ない一太刀。魔王は気づいているはずだが、避ける素振りすらなく……
「せぁ!」
「!」
……鋭い、チョロの一太刀は、魔王の首と胴とを、切断した。
まぎれもない、殺意のこもった一太刀。いくら相手が陣外の生き物とはいえ、初手で相手の命を奪うほどの攻撃へと移るとは。
チョロにこれまで感じていた、ソラの中のイメージがちょっとだけ変わった。
「! なにぃ!?」
しかし、次の瞬間に驚くべきことが起こった。
二つに離れた首と胴……しかし、それらがくっついたのだ。どちらともなく、黒い物が伸び、まるで接着剤でも使ったかのように。
もっとも、接着剤なんかで普通は首と胴は繋がらないだろうが。
「やっぱ化け物……うぉ!?」
そうやって、ソラが驚いている間にも、体は引っ張られる。もう、お腹の半分辺りまで埋まってしまっている。
もがいても、出られない。外部からの抵抗も無意味。できるのは、せいぜいが軽く体を捻らせるだけだが……
「無理か……!」
そんな抵抗で出られるはずもない。そうしているうちに、時間は非常にも過ぎていき……
「はぁあ!」
先ほどの攻撃が効かなかった後も、チョロは何度も魔王の体を斬りつける。
確かに剣は魔王の体を斬りつけ、ダメージを与えている……ように、見える。だが、すぐに傷口は再生してしまう。
せめてチョロの攻撃を鬱陶しいと感じ、意識を少しでもずらせば、ソラが抜け出せる可能性はあるが……今に至っても、魔王はチョロに興味を示さない。
「なんだって俺を……んぶっ……」
こんな得体の知れない相手に、狙われる理由なんてない。そう吐き捨てようとするソラは、しかしその言葉を最後まで言うことは出来なかった。
ついに、口元までが埋まり……ゆっくりと、確実にソラの体は魔王の体内へと、呑み込まれていき……
「そ、ソラ様!」
最期に、悲痛に叫ぶリーラの声が聞こえた気がして……ソラの視界は、意識は、闇に呑み込まれた。




