ド外道の勇者
この国を滅ぼす……それが本気なら。いや本気でなく冗談だとしてもだ。それは、この場にいる人間全員の警戒心を引き上げるには充分な台詞であった。
「き、貴様……!」
ソラの言葉を聞き、周囲の兵士たちが構える。それには先ほどの言葉による警戒も含まれていたが、もう一つの理由がある。
ソラ自身気づいているか定かではないが、その時ソラが浮かべていた笑顔は、ひどく悪人面であった。その表情が、彼らの警戒心をいっそう引き上げていた。
「おいおい、単なるジョークだろ、ジョーク。そんな過敏になるなよ」
「その凶悪面が冗談には見えんのだが」
「悪いな、凶悪面は生まれつきだ」
周囲から向けられる、先ほどまでとは真逆の感情。敵意、それともこういうものを殺意と言うのだろうか。それを受けてもソラは、笑っていた。逆境こそ笑えと、いつだったか誰かに教えられたものだ。それをこんな状況で実践しなくてもいいとは思うが。
というか、なんでこんなことになったんだったか……ただ、向こうの対応が気に入らなかった。そういうことだった気がする。それに対しての対応としては、あれは少々失敗だっただろうか。
だが、今日の計画を崩されてイライラしているのはむしろこっちなのだ。多少の恨み言くらい言ってもバチは当たらないだろう。
「……そうだ、そうだよな」
なぜ、俺がわざわざこいつらの言いなりにならなければならないのか。俺がこの国を滅ぼしてやる、は大袈裟にしても、こんな奴らに協力してやる義理はどこにもない。
とはいえ、ソラは勇者として召喚されたとはいえただの人間だ。この場で荒事は避けたい。今日まで普通の生活を送ってきた青年が、訓練されているであろう兵士に勝てる道理もない。
「お前たち待て、ソラ殿も挑発はやめて……」
「国王様、こやつは勇者の器ではありません。となれば、この場で処刑するのが得策かと存じます」
「おいおい、話飛躍しすぎだろ待てよ。だったら、俺を元の世界に帰してくれ。そうすりゃお互い平和的に解決だろ?」
「……」
勇者としてどころか、この国を滅ぼすとまで言った男に敵意を向けるのは、間違ってはいない。周囲の人間の態度からも明らかだ。あの国王はまだ話が通じそうではあるが……
ただ、これまでの流れを見るに、どうも頼りない。主体性がないというか……周りに流されている、というか……威厳がないのはもちろんとして、あの秘書仮にいいように動かされている感じだ。
だから、ここで元の世界に帰してもらえば、お互い平和的に終われる。それは妙案のはずだ。しかしそれに対し、国王どころか誰も言葉を発しようとしない。
「捕らえよ!」
答えが返ってくることはなく……代わりに、兵士たちが迫ってくる。ああも大口を叩きはしたが、果たして鎧で武装した相手にどう立ち回ればいいのだろう。先ほど考えた通り、勝てる道理はない。戦いは論外。
帰る方法がわからない、だからといって捕まってしまえば殺される可能性がある……ともなれば、ここで選択するのは一つだけだ。
「逃げるしか、ねえだろ!」
向かってくる兵士の数は四人、決して多くはない。しかし室内、逃げられる場所は限られている。出入り口の扉か、それとも窓か……
しかしここが何階であるか分からない以上は飛び降りるのは危険だ。それに、自分一人逃げたところで遠くから狙撃のようなものでもされたら終わりだ。
となると……
「え……」
迫る兵士が捕まえようと手を伸ばす。それをとっさに右に避けるが……体が軽い、ような気がした。
続けて、身を低くして後ろに下がる。たった一歩下がっただけなのに、驚くほど体が軽く、たった一歩が三歩ほど飛び退けた感じ。
この体の軽さ、もしかしたら……
「やって、みるか……!」
今度は、下がった分だけ助走をつけ、飛ぶ。いわゆるハードル跳びの、兵士たちを飛び越えるバージョンだ。
助走も充分とは言えない、それに大人の背丈を飛び越える脚力など、ソラは持っていない……はずなのに、ソラは兵士を飛び越え、包囲を脱出。そのままダッシュ、目的は……
「国王様! 王女様!」
「俺が興味あるのは、こっち、だ!」
「きゃ!?」
ダッシュ、それも先ほどと同じように、体の軽さを実感した。よく比喩で羽根のように軽いと表現することがあるが、まさにそれだ。
兵士は突破し、他の人間の動きではソラの動きを捕らえられない。お偉方ばかりなのだろう、若者がいないのは運が良かった。
難なくソラは、国王のいるところへと駆け……その隣にいる、王女の手首を掴む。
「リーラ!」
「王女様!」
王女の手首を引っ張り、体を引き寄せる。そして、素早くその場から飛び退き、この場にいる全員に見せつけるように王女を盾にする。
……いわゆる、人質である。勇者召喚されたソラは、召喚されてものの数分で国の王女を人質にした。
「動かないでもらおうか、妙な真似をすれば王女の命はない」
……そして、吐いたのはもっぱら悪役の、それもド外道の台詞である。またソラ本人気づいていないが、とんでもない悪党の面であった。
もちろん殺す気はないが、異世界から召喚した人間がたった今狂気の沙汰を見せたばかりだ、見抜ける者などいない。場には、緊迫の空気が張り詰めていた。