一か八かで
「ちくしょう、なんで追ってきやがる!」
「……」
全速力で逃げるソラの後を、魔王は無言で追いかけてくる。その恐怖たるや、そう簡単に表現できるものではない。
この世界で、ソラの……異世界人の身体能力は、上昇しているはずだ。なのに、魔王との距離を、離せない。
強大な圧迫感。それが、背中から追いかけてくる。
「俺はお前に追いかけられる理由はねぇぞ!」
どれだけ叫んでも、魔王の足は止まらない。ソラの言葉を聞いているのかすら、わからない。
もしかして、ソラが勇者であることを知っているのだろうか。勇者だから、魔王が真っ先に消そうとしているのだろうか。
「冗談じゃねぇ、クソ!」
ユキを回収してさっさと逃げてしまうつもりが。まさか、こんなことになるとは。
ソラに動きが集中していれば、当然逃げることなんてできやしない。なんとか距離を引き離して、逃げる時間を稼ぎたいが……
「ちっ……こうなりゃ、このまま反転してあいつをふっとばしてやる」
ソラは考える。そして思いつく。走って追いかけてくるのなら、その勢いを利用してふっとばしてやればいいと。
魔王はソラを追いかけてきている。そこで、ソラが急に方向転換、反転する。車は急には止まれない然り、魔王だって急には止まれないはずだ。
そこで、向かい側からソラが飛び蹴りなりなんなりを仕掛ける。止まれない魔王はもろに攻撃をくらい、しばらくの間動けなくなるというわけだ。
「よし、これでいこう」
考えがまとまり、ソラはその場で反転。
このまま魔王に、飛び蹴りをくらわせて……
「……」
「……いけるか?」
迫ってくる魔王の迫力は、思っていた以上に大きく、強い。果たしてあれに立ち向かっていける勇気があるだろうか。
いや、やらねばやられる。ここで殺されるのは、まっぴらごめんだ。
「こなくそぉおおお!」
少しやけくそ気味に、ソラは魔王へと突進する。追いかけっこが、互いに接近する形に……
もしもこれが恋人同士であれば、どちらからともなく抱きつく展開になるのだろうが、残念ながらそんな甘いものではない。これ以上ないくらいに殺伐としている。
「どらぁあああ!」
魔王は止まらない、ソラも当然止まらない。勇ましい掛け声と共に、ソラは助走をつけて飛び上がり、蹴りを放つ。
もしかしたら、避けられるかもしれない……魔王と呼ばれるくらいだし、こんな素人の攻撃なんて隙をつかれても見切るかもしれない。
……その心配はなく、魔王の腹部に、ソラの蹴りは打ち込まれた。
「よし!」
「……」
このまま倒れてくれればよし、後ずさって悶えてくれてもいい。ソラの身体能力は上がっている、その助走を加えた蹴りならば、わりといい威力になるはずだ。
……その、はずだったが。
「……はぁ!?」
手応え……いやこの場合足応えというべきか。どちらでもいいが、それがまったくない。
効いていない……どころの問題ではない。なぜなら、腹部に触れたはずの足が、まるで沼にでも落ちたかのように、引き込まれていくのだから。
「な、なんだこりゃ!?」
足がハマって抜けない……という状況に、ただただソラは困惑する。腹部を蹴って、その腹部に足が沈み、抜けなくなるとは、どういうことだ。
焦りが、生まれる……そんなソラをあざ笑うように……
「……捕まえたぁ」
真っ黒でよく見えなかった、魔王……その顔と思われる場所に、口のようなものが現れ、言葉を話す。それは、まるでノイズのような声で。
ソラを見ながら、ニィッ……と、白い歯を見せて笑ったのだ。




