囚われ勇者に望むこと
「はぁ……暇だー」
冷たい牢屋の中で、一人ソラは呟いていた。
謎の揺れが起こって、早くも数分。今揺れは収まっているが、揺れの原因を調べに行ったリーラが帰ってこない。
こんな空間にひとりぼっちでは、退屈というもの。せめてなんでもいいから話し相手がほしいところだ。
「なんだってんだ、ったく」
はぁ、とため息を漏らす。一応食事はもらえるし、風呂と牢屋であることを除けば不満はない。と思ってしまえるのが怖いが。
とはいえ、ずっとこんなところにいるなんて願い下げだ。なにより自由がない。
なので、ちょくちょくここに訪れるリーラに、なんとかここから脱出させてもらいたいのだが……
「あの女がそれを許すとは思えねえしな」
リーラだけなら、口八丁でなんとでもなりそうな気はする。だが問題は、やはりユキ…
この国の勇者であるユキは、同じ勇者としてソラを許せないらしい。そして、ここに閉じ込められてしまったわけだ。
リーラだけならまだしも、ユキをも説き伏せて脱出するというのは、さすがに難易度が高い。というか無理だろう。
「はぁーあ、どうしたもんか……」
「ソラ様!」
「ちょ、ちょっとリーラ様!?」
その場に寝転がり、暗い天井を眺めていたソラの耳に、二人の女の子の声が聞こえた。
一人は、聞き間違えるはずもない。もう一人は誰だっただろう。
「ソラ様!」
「やっぱりお前か」
そもそもここに来る時点で、限られているが……声のうちの一人は、やはりリーラであった。
彼女は、なにを急いでいたのか肩で息をしている。
「ま、待ってください……!」
そんなリーラを追うように、もう一人別の女の子が走ってくる。
見覚えのある見た目に聞き覚えのある声。誰だったか……ソラは、必死に頭を回転させる。
「……あぁ、チョロい奴!」
「チョロ・イージャンです!」
「だからチョロいんじゃねぇか」
以前、ソラがユキを誘拐しようと画策した際、罠にハメてこの家から引き離した兵士だ。名は体を表すというのか、驚くほどにチョロかった。
そんな二人が、いったいなんの用であろうか。
「あ、あの、その……」
「なんの用だ、簡潔に言え」
退屈だから話を誰とでもいいからしたいとは思っていたが、だからといってとろくさいのは好きではない。
遠回しなのはいらない。言いたいことは簡潔に述べろと、ソラは鋭く告げた。
「っ……わ、わかりました。ソラ様……ユキ様を、助けてください!」
「リーラ様!?」
リーラは深呼吸をして、言いたいことを告げる……その内容に驚いたのは、後ろにいたチョロだ。
さっき慌ててリーラを追いかけてきたことといい、チョロはリーラの真意を知らないのだろう。なぜここに来たのか、ソラに助けを求めたのか。
「……俺に、あの女を助けろ?」
「はい!」
「そりゃ都合のいい言葉だな。俺をここに閉じ込めた奴を、俺が助けろと?」
「……」
「それに、俺は今外でなにが起こってるのか、わかってねぇんだよ」
ソラはそもそも、今外でなにが起こっているのかを把握していない。先ほどの揺れ、それを受けて飛び出していったのはリーラだ。
彼女の様子から、揺れとリーラの危機とが関係しているのは間違いない。
「……魔物が、大群で攻めてきたようです」
「魔物が?」
起こったことを、リーラはありのままに伝える。魔物が攻めてきて、その影響で地鳴りが起こったこと。国の危機に、ユキは飛び出していったこと。
そして、今ユキはおそらく一人で戦っているであろうということ。
「この国の兵士も、ユキ様と一緒に戦ってくれてはいると思います。でもそれは、あくまで後方支援のようなもののはず」
「……」
「このままじゃ、ユキ様が……」
「関係ないね」
リーラの悲痛の叫びを、しかしソラは一蹴する。
「さっきも言ったが、俺を閉じ込めた奴を助けるために、なぜ俺が危険なことをしなきゃならない」
「でも……同じ異世界からの、召喚者じゃ……」
「それこそ関係ない。あいつは同じ勇者だからって、俺になにかしてくれたか? 俺がもらったのはこの冷たい空間だけだ」
もし、リーラの要請を受けてユキを助けに行くとなれば、牢屋からは出られるだろう。そして、なんならそのまま逃げてしまってもいい。
まあ、リーラが逃してはくれないだろうが。チョロも、協力するかもしれない。そんな中、ユキの手伝いをするためにここを出るなど、考えられない。
「いい加減てめえらの都合に付き合わされるのは飽き飽きしてんだ。勝手に人を召喚して、今度は閉じ込めた奴のために戦えだ? 冗談じゃねぇな」
これ以上、この世界の人間の都合に振り回されるのはたまったものではない。それは、ソラの紛れもない本心だ。
リーラは、ソラを裏切ってユキについたのだ。そんな彼女の願いを聞く道理はない。まあ元々ソラがリーラを誘拐したわけだが……
それに、仮にソラがユキを助けに行ったとしても……ソラになにができるとも思えないし、そもそもユキが助けを望んでいるとは、思えない。
「……」
ソラの嘘偽りない本心を受けて。リーラは、押し黙ってしまった。




