囚われの勇者
「……はぁ、死ぬ。腹減ったぁ」
「……まだ一日しか経っていないぞ」
翌日、ソラの前に現れたユキは、拘束されたまま寝転がったソラの姿を見て、ため息を漏らしていた。
そして、牢の柵の間から、なにかを差し入れた。
「ん、これは……飯か!?」
「あぁ」
「もしかして、手作りか!?」
「あぁ。残飯だがな」
食器の上には、確かに料理が置かれていた。温かな、ご飯だ……しかも、手作りだという。
残飯というとおり確かに形はよくない。だが、肝心なのは味だ。いや、この際味も二の次だ。
「別に、あなたを殺したいわけじゃないから。食事の心配は、ひとまずしなくていいわ」
「食事の、って……なあ、せめてここから出してくれよ。暗いしうす寒いし、人の住む場所じゃねぇよ」
「なら、せめて反省を見せることだ」
「したした! 反省した! 俺はゆとりに暮らしていたいんだ! 三食温かい寝床付きで、ゆるやかに楽して暮らしたいんだ! だから出してくれ!」
「……」
「おい、なぜ無言で去っていく!? おい、おーい!」
ソラの声は届かない。聞こえているはずだが華麗にスルーし、ユキは背中を見せて去っていく。
真っ暗だったこの空間も、一晩居続けたせいかソラの目は、少し慣れていた。それをいいと言うべきか、悪いと言うべきかはともかくとして。
「また、お昼になったら来るから」
「おい、マジかよ! 一人だと寂しいんだよ、せめて話し相手をよこしてくれ! おーい!」
……ソラの声は、虚しく響く。ただ、扉の閉まる音だけが、重々しく響いていた。
「あの野郎……こっから出たら、覚えてやがれ」
しかし、本当にここから出られるかも疑問だ。本当に、事が全て済むまでここに閉じ込めるつもりなら……これから何十、何百という日数を待たなければいけない。
そんなのは耐えられない。ただここで待っているわけにはいかない……行動を、起こさなければ。
脱獄だ。
「……とはいえ、どうしたもんか」
手足は縛られている。それも、かなりキツく。無理やり外そうとしても、縄が食い込むだけで外れる気配はない。
その上、この部屋……空間は地下だ。窓もなければ、脱獄できそうな手がかりすらない。
なんとかトイレの用意だけはあるが、これはなんにも利用できそうにない。
「これなら、刑務所のほうがまだマシなんじゃねぇのかよ」
もちろんソラは、刑務所に入った経験などない。だが、これならばまだ刑務所のほうがマシではないか……そう思えるほどの、環境だった。
ここにいては、時間の感覚がなくなる……最初のうちは、まだユキが訪れるタイミングで、朝だ昼だと推測することができた。だが、それもいつしかやめてしまった。
それに、やることがないので眠ることが多くなり……そうなると、ますます時間の感覚が狂っていく。
「……あの、大丈夫、ですか?」
そんなときだった。ユキとは、明らかに違う声がした。声色も違うし、なによりソラを心配する内容は、違う人間のものだとわかった。
ソラは、ゆっくりと視線を向ける。
「……あぁ、お前か。……お前はなんでまだ、ここにいるんだ。……リーラ」
「……」
そこにいたのは、リーラだった。ソラにとっては、自分を裏切り貶めた、人物だ。
確かに彼女には悪いことをしたかもしれないが、それでもここまでの仕打ちをされることはないはずだ。
「あの、元気……では、ないですよね」
「……」
「ここ、暗いですもんね」
リーラは、なんとかソラに反応してもらおうと、言葉を選んでいるのがわかる。だが、ソラにはどうでもいいことだ。
今はただ、いつになったらここから出られるのか……それだけしか、考えていなかった。
一つ、わかったことがある。リーラがまだこの国にいるということは、ソラが投獄されて、まだそこまで時間は経っていないのだろう。
まだ、時間は遥かにある。おかしくなりそうだ。
「その……まさか、こんなことになるとは。私はただ、ソラ様を捕まえるというから……でも、こんな本格的に……」
「……悪いと思ってんなら、こっから出してくんない?」
「鍵は、ユキ様が持っていますので」
期待はしていなかったが、リーラにここを出してもらうのも無理なようだ。ソラは隠すこともなく、舌打ちをする。
どうやらリーラは、心配している風ではあるものの、だからといってソラを脱獄させる手段は、持っていないらしい。
「じゃあ、なにしにここに来たんだよ。物珍しさからか?」
「そ、それは……」
リーラ自身、ソラの質問に迷った……なぜなら、彼女もまた、なぜここに足を踏み入れたのかわかっていないのだから。
彼は、自分にひどいことをした……だからといって、ここまでの仕打ちを望んでいたわけでもない。
そんな風に思ってしまったリーラは、自分でもなにをしたいのか、わからないままにここに来ていた。無論、ユキには内緒で。
ユキには、お世話になっている。アウドー王国に帰る手段はないことはないが、リーラが誘拐によりこの国にいることを隠すためには、残念ながら大っぴらに動くことはできない。
「……」
「……」
家に住まわせてくれるユキへの感謝はある。だが、ソラを閉じ込めたままにしておくのにも、抵抗がある。
二人の間に言葉はなくなり、ただ沈黙が流れる……
……そんな、時だった。
「! ゆ、揺れてる……?」
リーラが、ふらつく。壁に手を当て、倒れないようにしっかりと踏ん張る。ソラも、異変に気づいたようだ。
揺れが、起こっている……それも、ただの揺れではない。大きな、揺れだ。




