断るったら断る!
「だが断る!」
その宣言を聞き、さらには続けて要求を断るとはっきりと言われ、その場の空気が凍る。
唖然と口を開く国王……いや国王だけではない。周囲の人間も、ざわめいている。それもそうだろう、世界を救うために召喚した勇者が、その役割を放棄しようというのだから。
予想外な台詞……しかし、ソラはその反応こそが論外だと言わんばかりに、深くため息を漏らす。
「き、キミ! わざわざ国王が頼んでおられるのだぞ! その不遜な態度はなんなんだね!」
周囲の一人が、口を開く。白髪に染まった髪、チョビヒゲ、着ている服、その佇まいを見るに、結構偉そうだ。例えば、そう、国王様の秘書的な感じ。
声を荒げるその姿、それは、他の者も口にこそしないが似たような意見を持っている……そう、場の雰囲気は言っていた。
国王……と言うからには、偉いのだろう。それはもう、自分では想像もつかないくらいに偉いのだろう。そんな相手の要求を突っぱねたのだ、いったいそれがどれほどのことなのかは、わからない。
それでも、だ。
「頼んでおられる、か……あんたらの国じゃ、玉座に偉そうにふんぞり返ったままただ下手に出ればいい、のを頼むって言うのか? それがこの国の作法なのか?」
「な、なんだと……?」
「第一、俺はあんたらに無理矢理召喚されたんだ。この国の作法には多少目を瞑っても、俺に対して頭を地面につけるほど懇願してしかるべきだろうが」
ソラが気に入らないのは、いくつかある。今言ったのはその一部だ。国王のその言葉こそ、ソラに協力を仰ぐものだ、頼みを求めるものだ。だがそれも、形だけのもの。
椅子に、玉座に座ったまま、ただ力を貸してくれと言われて、無理矢理召喚されたソラに納得できるはずもない。それに、今の秘書仮の態度……計画が狂ったとたんに狼狽える、そんな人間は信用ならない。
「貴様、国王に対して頭を下げろと……!? ぶ、無礼であるぞ!」
「知るかよ、国王だろうがなんだろうが、異世界育ちの俺にとっちゃ知らないおっさんだ。それに、無礼っつうならあんたらこそ無礼だろうが」
どうやら、ここにいる者は国王に対しての忠誠が高いらしい。ソラの言葉、特におっさん発言を聞いたとたん、室内の空気がピリつき始めた。
しかし、ソラは自分の発言を後悔も取り消しもしない。今のは本心だ。異世界というものに興味を引かれることはあった、それも本心だ。
だが、現実は違う。単なる興味と、実際に無償で頼みを引き受けるのとは話が別だ。物語の主人公はよく、こういった頼みを無償で引き受けるものだ……よく、あんな殊勝なことができたものだと、ソラ自身今思った。
「……すまぬなソラ殿、こちらが無礼であった」
「国王様!?」
「ソラ殿の言い分ももっともだ、いきなり異世界に召還され混乱しているであろう。しかし、我らにそなたの力が必要なのも事実。ここはどうか……」
「あーあー、そうじゃなくてな?」
ソラの言葉を受けてか、国王はその場で小さく頭を下げる。依然座ったままではあるが、それが国王という体裁の手前、譲歩できる限界なのだろう。それくらいはソラにもわかる。
しかし、いくら態度を変えたところで、根本的なところが変わらない。ソラがこの状況を気に入らない、その根本的な理由が……
「異世界から勇者召喚? 勇者に世界を救ってもらう? あーあー、ご立派なことで。要は他力本願で全投げってことだ」
「貴様さっきから、勇者だと思って無礼な物言いの数々を……!」
「勇者だから、じゃねぇよ。言いたいことを言ったまでだ。なら、言いたいついでに言わせてもらうが……」
初めはちょっと、突然の混乱に頭が働いていなかったのも、あるとは思う。それは間違いない。
だが、こうして話しているうちに、だんだんと怒りが胸の奥から沸いてきた。そうだ、いきなりこんな見知らぬ地に召喚され、俺の今日の計画はどうしてくれる。
ソラは、自分に命令する人間が大嫌いだ。その相手が、相応に偉い人物であろうが、頭の中身のない人間になにかを言われるのは耐えられない。
ソラは、自分の計画を崩されるのが嫌いだ。有無も言わせず物事を強制されるのなんか耐えられない。その二つの嫌いが見事に重なりあって、ソラの怒りを増長させていく。
だから、だろうか。
「異世界の他人に頼らなきゃ滅ぶような世界なんざ、俺が滅ぼしてやるよ……!」
増長したソラが、自分でも思いもしないほどにどでかいことを言ってしまったのは。
他力本願な、国王含めた人たちの様子。それこそが、ソラが一番気に入らないのだ。勝手に異世界から勇者となる人間を召喚し、勝手に希望を乗せ……その態度が、気に入らない。
自分たちの国のことくらい、自分たちで解決してみろというのだ。そういった気持ちが、ソラにペラペラと口を滑らせた。
「っ……今、なにを……!」
「聞こえなかったか? 俺がこの国を滅ぼしてやるっつったんだ」
再度、同じ事を言う。もしもここで前言を撤回しておけば、以降あんな目に遇うこともなかっただろうに。
ソラは邪悪に笑い、それを聞いた者たちは一斉に警戒の体勢に入った。