勇者vs勇者
「っくそ!」
ソラは、己の不運を呪った。一番の不運はこの世界に召喚されてしまったことであるが、今ソラが感じている不運は……
「そこまでだ、観念しろアオノ ソラ!」
ソラを行き止まりへと追い詰める、ソラと同じ勇者……ユキの存在であった。
彼女を誘拐し、強制的に魔王討伐に協力させる計画が、すでに台無しになっていた。
「ほっといてくれ! もうお前らには手ぇ出さねえよ!」
「そうもいかない。リーラ姫を誘拐したように、また別の場所で同じことを繰り返すつもりだろう。事が終わるまで、拘束させてもらう!」
原因は百パーセントソラにあるのだが、そんなこと知ったこっちゃない。小さく舌打ちをする。
リーラを誘拐した事実がバレてしまった。この世界への理不尽を嘆くまではよかったが、さすがに王女誘拐はアウトだったらしい。
「拘束だ? 冗談じゃねえ!」
だが、ソラもはいそうですかと素直に捕まるつもりもない。
この世界に召喚され、その理不尽さを呪った。だから、好きに生きてやろうと決めたのに、ここで捕まって自由を縛られるのはごめんだ。
「ったく、なんだってこんなことに……」
「そもそも、お前がリーラ王女を誘拐しなければ済んだ話だろう。逃げたければ一人で逃げればいい」
「そうもいかなかったんだよ」
そもそも、ソラがリーラを誘拐したのは、異世界の住人がいないと右も左もわからないから……の理由以外にも、重要な理由がある。
王女であるリーラを人質にすることで、ソラが理不尽に命を奪われることを防ぐためだ。
いかに勇者を殺さなければ次の勇者を召喚出来ないとはいえ、王女を人質にすればそう簡単に命は奪われないだろう。
だから、リーラを連れていたわけだが……考えてみれば、ここまで来ればもう彼女にこだわる必要もない。このまま雲隠れしてしまえば、追手を差し向けようにも、場所がわからず命を狙われる心配もなくなる。
「……」
とはいえ、このままソラ一人で行動しても、この先の活動に支障をきたす。金はあっても、それだけだ。だから、この世界の案内役は必須なのだ。
そして、そのためにはソラの事情を知る相手が望ましい。ソラが異世界人だと知らない相手に、自身の正体を話してもいいが、勇者だと知られればなにをされるかわかったものじゃない。
勇者だと隠したまま、異世界を快く案内してくれる人間……そう考えると……
「やっぱり、俺にはあの王女が必要なようだ」
「!」
要は、都合のいい相手として選んだ場合、リーラが一番だという話。
しかしそれを聞いた瞬間、ユキは目を見開き……すぐに、目を細めた。
「そう……どうやら、反省するつもりはないようね」
「反省もなにも、俺は悪いことはしていない!」
「王女を誘拐しておいて!」
「先に俺を誘拐したのはあいつらだ! やられたらやり返す、それが俺!」
二人の話は、平行線。それを悟ったユキは、首を振る。もう、話し合いは無意味だという表れだろうか。
そして、ユキは今度こそソラを、『敵』と定める。なにも取って食おうってわけではない、少し動けないくらい痛めつけて、牢屋にでもぶち込むだけだ。
軽く、深呼吸。それだけで、準備は完了だ。
「! ぃっ……!」
次の瞬間には、ユキの足はソラの眼前に迫っていた。
ユキは、驚異的な速度でソラに迫り、顔面に蹴りを放ったのだ。その健康的な美脚が、しかしソラには届かなかった。
寸止めを、したわけではない。
(かわされた……!?)
内心で、ユキは驚いていた。本来であれば、蹴りを顔面に叩き込み、勝負はついていた。気絶するくらいの力を込めて打ったのだ。
だが、結果は空振り。しかもユキが寸止めしたわけではない……ソラが、かわしたのだ。
上体を、少し後ろにそらすことで。大きな動きもいらない、たったそれだけで、ユキの蹴りはリーチ内からリーチ外へと外された。
これはただの偶然か。第六感的な注意力が働き、自然と体を動かさせたのか。それとも……
(私の動きを、見切って……!?)
そうであるなら、ソラへの認識を少しだけ改めなければならないだろう。だが、今のは偶然……その可能性が、ずっと高い。
「あっぶねー……ったく、スカートだったら、パンツ丸見えだったのによ」
「……」
足を引く姿を見て、ソラが不敵に笑う。この余裕、まさかさっきのは狙ってやったのだろうか。
考えてみれば、ソラも勇者。いかに王女を誘拐する人でなしとはいえ、その身体能力はこの世界では飛躍的に上昇している。
それに、理由はどうあれアウドー王国から、このトリュフ王国まで徒歩でたどり着いている。少なからず、体力やら動体視力やら鍛えられたのかもしれない。
そう考える一方で、ソラの内心は冷や汗だらだらだった。
(あぶねー、あぶねー! なんなんだよあの女、俺を殺す気か!?)
さっきの蹴りだって、なんとか避けられた。一歩動きが遅れれば、今頃は顔面の骨が粉々だったかもしれない。
狙いが顔面だとわかったのは、ユキの視線だ。ずっと顔面を見てくる者だから、狙いはここなんだろうなと、わかったが……
(あいつがわりとわかりやすい性格で助かったが……まさか、こんなことになるとは)
ユキはどうやら、見た目通り……と言っていいのかはともかく、真っ直ぐな性格のようだ。良くも悪くも。
彼女の視線を辿れば、どこを狙うつもりなのかはわかる。いかに鍛えた人間とはいえ、狙う場所がわかれば避けるのは不可能ではない。男女の体格差もあるし、ソラだってこの世界の恩恵で身体能力は上がっているのだ。
とはいえ、彼女が本気で仕留めようとしてくれば、どうなるかわからない。今はまだ、捕らえようとはしていても侮っている。
侮られているのは癪だが、同時にチャンスだ。侮ってくれているうちに、なんとかこの場から逃げ出さなければ!




