追いかけっこ
「アオノ ソラ……私は、同じ勇者として。いや同じく異世界から召喚された人間として、恥ずかしい。まさか勇者の使命を破棄するばかりか、その国の王女を誘拐するとは」
「っ、リィラァ……!?」
「ひぃい!」
ソラを睨みつけるユキの目、それは紛れもなく軽蔑の目だ。一部の人間にはご褒美に感じるであろうそれも、そんな趣味のないソラにはただただ不快だ。
護衛であるチョロを離れた所に放置し、戻って来てみればこの様だ。まったく、なにがどうなっているのかわからない。
だが、一つ分かることがある。それは、リーラが全部喋ったということだ。
「てめえ、よくも話しやがったな」
「ご、ごめんなさいごめんなさい!」
「リーラ様、聞く耳を持ってはいけません。あの男に謝ることなど、なに一つないのですから」
どうやら、ユキと話をしているうちに、リーラになんらかの心境の変化があったらしい。
そう、心境の変化……それを、ソラも考えなかったわけではない。誘拐された中で、気安く話せそうな同性の相手に会えば、緩むもの。だが、自らの境遇を話せるはずがない。
王女である自分が、召喚した勇者に誘拐された……それは、国の恥をさらすマネになりかねないからだ。召喚した勇者に協力を断られたどころか、国王の娘を誘拐されるなんていい笑い話だ。
自国を想うからこそ、リーラはその事実を話せないと、ソラは踏んでいた。そして、それは実際に間違ってはいなかった。
「ちっ。いいのか? その女から、てめーの口の恥が伝わっても……」
「いや、私は話さない。そう、誓った」
「あぁん?」
ユキが、リーラ誘拐の話を漏らしてしまえば、アウドー王国は笑いものだ。だが、ユキはこの話は誰にも話さないと告げる。
そんな口約束、信じられるはずもない。だが、事実としてリーラは信じ、話した。
二人きりで話して、そう思わせるだけの人間性を、感じさせたのだろう。
「けっ、聖人ぶりやがって。だいたい、勇者の使命とか言ってたが、それがそもそもおかしいと思わねえのか!」
「そこにどんな理由があろうと、私を選んでくれたのだ。その気持ちに応えたいと思うのは、当然のこと」
ソラは理不尽だと投げた異世界召喚も、ユキは当然のことだと受け入れている。ここまで考え方が違うとは……ソラは、舌打ちする。
この分だと、勇者の魔王退治には国同士の権力争いが含まれてる、と言っても、効果がなさそうだ。
いや、もうその話も聞いての、この言葉かもしれない。
「強気で、なかなか見どころのある女だと思ってたんだがな。ここまで堅物だとは」
「お前に見どころがあるなどと言われたくないな、この誘拐犯め!」
「誘拐犯はこいつだ!」
どうやら、これ以上の話し合いは無駄なようだ。それに、リーラがユキ側についたということは、もうソラが連れまわすことは出来ない。
この世界の案内役として貴重な人材だったが……致し方ない。金はあるし、それなりに話術は得意だ。その気になれば、一人でも生きていけるだろう。
「……ふぅ。もういいさ、その王女さんは帰す。元の国に帰してやるといいさ」
「え……あの、ソラ様、は?」
「あぁ? 一人で旅を続けるさ。このままここにいたら、その女に殴られそうなんでな」
「待て」
潔く、この場所……いやこの国からおさらばする。踵を返そうとしたところで、ユキから待ったがかかる。
まだなにか用があるのかと、ソラは気だる気に振り向いて……
「お前のような人間を放置しておいたら、また同じようなことが起こりかねない。ここで拘束させてもらう」
「……はぁ?」
拘束……その言葉を聞いた瞬間、ソラはユキを睨みつける。なんとも穏やかでない言葉、冗談ならば聞き逃してもよかったが……
この女は、冗談を言うような女ではない。
「拘束、だと?」
「そうだ。なに、おとなしくしていれば痛い目には……」
「断る!」
言葉のすべてを聞くより先に、ソラは部屋を飛び出す。
拘束などと、冗談ではない。こちらは、一刻も早く元の世界に帰りたいから、王女を誘拐したり他の勇者を仲間に引き入れようと画策していたのだ。
それを、拘束なんてされたら、帰れるのはいつになることやら。事が終わるまでのんびり待つなんて、ごめんだ。
異世界人であるソラは、重力の関係でこの世界の人間より身軽だ。隙を突いて逃げ出せば、誰も追いつけない……ただし……
「……ま、そうなるよな」
この世界の人間であれば、だ。
振り向くソラの視線の先には、ソラと同じく異世界から召喚された人間が、追いかけてきていた。
「待て、この最低男!」
「その呼び方やめろ!」
ソラを追いかけるユキ、その速さはやはり身軽なもので……おまけに、徐々にソラとの距離がちび待っていく。
ソラと違い、召喚されてから訓練していたためだろう。体が鍛えられている。もっと言えば、召喚時期がソラと同じとは限らない。
召喚されたのがソラよりも前なら、そのタイムラグだけ体を鍛え上げていることになる。いくら男女の体の違いはあれど、筋力は嘘をつかない。
「えぇい、だからといって、女に負けてたまるか!」
「待てぇえええ!」
勇者同士の、追いかけっこ……何事か、町中を走っていれば国民にも怪訝そうな視線を向けられるが、全力で走る二人の姿は映らない。
逃げる、逃げる、逃げる……なんだかこの世界に来てから、にげてばかりだなとぼんやりソラは思った。まさか、異世界の人間同士、こんな追いかけっこのようなことをするとは、思わなかったが。
もう、このまま国を飛び出してしまおう……そう思ったが、いかんせん国中の道を覚えているわけもない。結果、宛もなく逃げ回るだけで……
「なっ……行き止まり、だと!」
「ようやく、追い詰めた……!」
どれくらい走っていただろう、足を止めたら目の前は……壁だ。左右も逃げ場がなく、袋小路に追い詰められてしまっていた。




