最低男
「どうだ、うまいか?」
「はい! なんですかこれは、食べたことのない味です!」
ソラは現在、チョロを連れてとりあえず近くの茂みの中へやって来ていた。ユキの家から引き離すため、護衛であるチョロを連れてくる必要があった。
護衛というだけにどんな方法で引き離そうかと思っていたが、飴をチラつかせて簡単についてきてしまった。
ちなみに、これはこの世界に召喚された際、ポケットに入ったままだった飴……つまり、この世界には存在しない、異世界の飴ということだ。
「まさかこんなものが食べられるなんて、感激です!」
「そうかい」
ソラにとっては食べ飽きた味でも、チョロにとってはそうではない。珍しい、いや初めて食べる味に、言葉通りに感激している。
大事そうに大事そうに、ペロペロと舐めている。どうやら、世界が違えば味も違う……いや、その世界には存在しない味だ、ということだ。
「……」
その様子を見て、ソラは考える。さて、こいつをどうしたもんか……と。いっそこのまま、この場に放置して、自分だけ戻ってしまおうか。
いや、それだといつ戻ってくるともわからない。となると、この場に拘束でもできれば一番だ。
あの場から引き離したのだ、今度はこの場に引き止め続ける方法……もっと言えば、すぐにあの場に戻れないようにしてしまいたい。
「なぁチョロ、その鎧かっこいいなー。ちょっと脱いで見せてくんね?」
とりあえずチョロを拘束するにしても、着ている鎧は邪魔だ。なんとか脱がせたい。だが、脱がせるために案を考えるのも、もはやソラは面倒になっていた。
飴をちらつかせたくらいでついてくるこのチョロさ具合なら、もうストレートにいってしまってもいいのではないか、と。
「え、だめですよそんなの……でも、か、かっこいい、ですか?」
「あぁかっこいいかっこいい。俺、実は鎧に目がなくてな、ちょっとでいいから見せてくんない?」
「し、仕方ないですねぇ」
もはやお前一人で生きていけるのか、と心配になるほどの疑いのなさで、チョロは鎧を脱いでいく。鎧の下はラフなティシャツに短パンで、ついでに腰に携えていた剣も外す。
渡された鎧は、見た目通りに重い。正直、あっさりしすぎてなにか罠でもあるんじゃないか、と思うくらいだ。
「おー、ありがてぇ。へぇ、こいつが鎧、それに剣か……お、やっぱりお前かわいいじゃねぇか」
「え……そ、そんなことは……」
「いやいや、めっちゃかわいいぞ。鎧なんて物騒なものに身を包んでたからわからなかったが、そうやって普通の格好してれば、世の中の男が放っておかないぜ」
「そ、そうですかねぇ?」
うぇへへへ……と、おだてられ体をくねくねさせているチョロを見て、ソラは服の中に忍ばせておいたものを手に取る。
「そうそう。あ、ちょっと後ろ向いてもらっていいか? 後ろ姿めっちゃかわいいと思うからさ」
「えぇ、しょうがないですねぇ」
言われた通りに後ろを向き、背中を見せるチョロ。その動きを確認して、ソラは服の中から、縄を出す。それは、万が一の時のために持ってきておいたアイテムだ。
縄を使い、チョロの両手首を、後ろ手にきつく縛っていく。
「あ、あれぇ?」
「……お前、ホントチョロすぎだろ」
後ろ手に両手首を縛り、拘束完了。念の為に両足首も縛っておく。これで、暴れても移動することはできまい。
証拠に、モゾモゾと動いているが、解放される気配はない。
「なっ……だ、騙しましたねぇ!」
「騙してはねぇよ。お前が無警戒なだけだ」
実際、ソラがチョロに言ったのは、かわいいくらいだ。そして、それは嘘ではない。異性としての対象かは別として。
それに気を良くしたチョロが、まんまと背中を見せたのが悪い。俺はなにも悪くない、とソラは言いたげだ。
「そういうわけで、しばらくここでおとなしくしといてくれや」
「ちょっとぉ!?」
「後で解放しに……来れねぇかもしれねぇが、まあ遅くても夜が明ければ誰か見つけてくれるさ」
「だ、誰かぁー!」
残念、近くに人気はない。それは確認済みだ。騒いでも、すぐに誰か駆けつけることはないだろう。
明るくなれば、人通りも出てくるだろうし、まあなんとかなるだろう。
「というわけで、じゃあな!」
「こ、この最低男ー!」
チョロの悲痛な叫びを背に、ソラはその場から去る。年頃の少女から鎧と剣を剥ぎ、縄で縛って放置するという鬼畜男である。
さて、これでだいぶ時間は稼げたはずだ。今頃はリーラが、ユキ宅に突撃、ユキを眠らせているに違いない。
ユキを攫って、彼女が目を覚まさないうちにこの国を出よう。その後は、また予想を立てて他の勇者を探していく。勇者が揃えば、なんとかなるだろう。多分。
「っと、ついた」
頭の中で今後の予定を立てていると、先ほどいた場所まで戻ってきた。目の前にはユキの家、周囲に人影はなし。
ソラは、柄にもなくすっかり油断していた。直前に、あんなチョロっ娘と絡んでいただろうか。いつもは多少なりとも警戒心を持つのに、この時ばかりは……
無警戒に扉に手をかけ、開ける。そして……
「戻ってきたな、アオノ ソラ……お前の悪事、すべて聞かせてもらった!」
「……」
待ち構えるようにして、ユキが仁王立ちでソラを睨みつけていた。




