勇者を誘拐しようと企む勇者
「……はぁ」
リーラは一人、ため息を漏らしていた。現在、宿の部屋に戻って、ベッドに腰を下ろしているところだ。
この世界から、早く元の世界に戻りたいというソラの気持ち。それは、わからないでもない。誘拐されている自分の身となっては、早く国に、家族のところに帰りたいと思っているのだ。だから、異世界に召喚されたソラの気持ちは、想像を絶するものがあるだろう。
しかし、しかしだ。気持ちはわかるが、結果としてソラの行動は、少々無茶がすぎるように思う。
「誘拐って……なに、考えてるんですか」
ベッドに寝転がり、リーラは頭を抱えていた。
ソラは、言った。ユキを誘拐してしまおうと。その場限りの冗談かとも、一瞬思ったのだが……あの目は、マジであった。それに、リーラが止めても聞かないだろうことは、わかっていた。
そしてソラは、早速誘拐してくる、と飛び出してしまった。せめて夜になるまで待てばいいものを、と思ったが、リーラがそれを言うことはなかった。
「なんか、疲れた……」
これまで、城での生活は窮屈に感じていた。だから、人目を盗んでこっそりと城の外に出てみたり、試みたことは何度もあるのだ。
もちろん、城の外に出たことは、ある。しかし、それはどれもお付きの人がついていて、自由な時間などなかった。だから、なにも考えずに、外の世界に出ることができたらどれほどいいか、と思っていたが……
振り回され、どっと疲れてしまった。外とは、こんなに大変なものなのか。
「ま、いいか。少し休も……」
「ちくしょう! あの女め!」
疲れてしまったため、ひとまず眠ろう……そうして、目を閉じかけたところに、今一番聞きたくなかった声が耳に届いた。バンッ、と扉を開け、部屋の中に入ってくるのは……
「……」
誰であろう、ソラだ。リーラの住む国が召喚した、勇者。現在、勇者はその役目を放棄し、リーラを誘拐して、別の勇者がいる国に来ている。
先ほど、ニタァ……と、悪人面で笑みを浮かべていたが、今は見る影もない。眉間にシワを寄せ、今にも爆発しそうなのか額が赤くなっている。
いったい、この数十分でなにがあれば、こんなに機嫌が変わるのだろうか。
「……どうかしたんですか?」
「おぉリーラ、聞いてくれ!」
このまま放置していても、面倒なことになりそうだ。なのでリーラは、寝転がっていた状態から起き上がり、座り直す。ソラは、肩で息をしながら冷蔵庫から水を取り出し、それを飲んでいた。
ペットボトルの中身が半分ほど減ったところで、ソラはようやく口を離した。
「っはぁ……! ったく、あのユキって女は、どうにも強情だ」
あなたほどではないと思いますけど……そう思っても、ユキは口には出さない。
「俺はお前と別れた後、ユキと会った場所に戻ったんだ。誘拐するにも、まずは情報を集めなければならないからな」
「ほほう」
それを聞いて、リーラはひとまず安心した。いかに頭がちょっとアレとはいえ、さすがに昼間っから誘拐を実行しようとは考えていなかったらしい。
ソラは続ける。
「俺は、隠れながらユキを観察していた。どこに帰るのか、一人になる時を狙うためにな。だが、その直後だ……ユキが、俺に気づいたんだ。ちゃんと身も隠していたのに、だ。仕方ないから、俺はユキに挨拶をしたさ……そうするとあいつ、なにをしたと思う? 俺の額に、木刀をぶち当てやがったんだ!」
ソラは、己の額を指差し、赤くなった額を見せた。それを見てリーラは、あれは怒っていたんじゃなく木刀をぶつけられたから赤くなっていただけなのか……と、わかった。
しかしソラの怒りは、本物だ。
「しかも、しかもだ! あいつは俺の額に木刀を打ち付けた後、軟弱な男に用はない、なんて言い捨てて戻っていきやがった! とんでもない屈辱だ!」
「そうなんですかー」
ソラの話をまとめると……ユキはソラが嫌いになった、という感想しか出てこない。嫌いでなければ、いきなり木刀で叩いたりはしないだろう。
嫌いになる要素があるとすれば、さっきの話の中でだろう。ソラはユキを仲間に誘ったが、具体的な計画性はなく、断られた。そして、それがユキ的にアウトだったのだろう。あるいは、役目を放棄して逃亡したのが気に入らなかったのかもしれない。
これは、初対面から悪印象を持たれてしまったようだ。もしかしたら、リーラを無理やり攫ったのも勘付かれているのかもしれない。
「じゃあ、ソラ様もユキ様のこと、お嫌いに?」
「んなわけねぇだろ、むしろ強情な女は好みだ。ますます気に入ったぜ。……も、ってなんだ、も、って」
腕を組み、くくく……と悪人面を浮かべるソラ。どうやら、屈辱を受けはしたが同時に気に入りもしたらしい。よくわからないことだ。
ユキはソラよりも年上らしかったし、年上にしか興味がないと豪語するソラにピンとくるものがあったのだろうか。
「ま、この程度じゃ俺は諦めないさ」
「諦めてくださいよ」
「そこでだ。俺一人であいつを誘拐するのは難しい……なので、お前にも協力してもらおう、リーラ」
「えぇ……」
露骨に、リーラは嫌そうな顔をする。まさか自分まで誘拐計画に巻き込まれるとは、思わなかった……が、どこかで予感はしていた。この人なら、そういうことを言い出すだろう、と。
同じ女同士ならば、ユキも警戒を解くだろう……ということで、決行は今度こそ夜になった。勇者の情報は、その辺で集める……勇者の寝床も、情報を得た。そこに、リーラを突撃させる作戦だ。




