次の作戦へいきましょう
「まさか本当に、あれだけだったんですか?」
勇者ユキ。ソラとはまた別の国で召喚された勇者、彼女に運良く会えたが……彼女を仲間に引き込む作戦は、見事に失敗した。いや、リーラからして見れば、あれが作戦であったかどうかも疑問ではあるが。
現在、ソラとリーラは一軒の酒場にいる。なんてことはない、どこにでもあるような酒場だ。とはいえ、リーラにとって町の酒場に入るなど初めて。しかも他の国のだ。緊張と、それ以上のワクワクがあった。
一方ソラは、リーラと対面に座ってはいるが、目の前に突っ伏してしまっている。ユキに協力を断られたことが、あまりにショックだったのだろうか。
だが、リーラは別の意味でショックだ。あれだけ自信ありげに、勇者に会いに行こうと言っておいて……まさかの、いきあたりばったりだったとは。考えなしだとは思っていたが、まさかここまでとは。
「あの、ソラ様……?」
「ええいっ、うるさい!」
話しかけるリーラの声を、ソラは一蹴。起き上がったかと思えば、注文していた酒を一気に飲み干す。
しゅわーっとした感覚が、喉をいたずらに刺激していく。この感覚は、炭酸……そして味はビールに似ている。ソラにとって、異世界に来て初めて素晴らしいと褒められるものであった。
「んっ……ん……っ、ぷはぁ! あぁーっ……ったく、あの勇者、実に真面目すぎるな。俺のように利口的な、冴えた頭の持ち主の勇者だったら、良き友となれただろうに」
「ソラ様のような勇者なら、すでにこの国にはいないと思いますよ」
リーラもグラスを手にし、中身を飲んでいく。その中身は、ジュースだ。さっき少しだけお酒を分けてもらったが、苦くて飲めたものではなかった。
チビチビと、飲んでいく。うん、美味しい。
もしもユキがソラのような勇者だったら。そう考えると、なんとも恐ろしい。召喚され、王族を攫い逃亡するような勇者なんて、一人でも充分すぎるのだ。
「ちっ、ちゃんとした判断力があれば、俺の意見に乗るだろうに」
「ちゃんとした判断力があれば、ユキ様の見解が正しいと思いますけど」
今すぐに魔王を倒しに行こうと言うソラと、今すぐでは準備不足だというユキ。双方のその意見は、リーラがこの世界の人間であることを除いても……ユキが、正しいと思っていた。
いくら異世界から召喚された人間とはいえ、所詮は人間だ。リーラが知っているのは、異世界人は自分達よりも身体能力が高く、そして身体機能の上昇が早いということ。
例えばの話、この世界の人間ならば一流の剣士となるためには、一から剣を振り何年、何十年とかかる。だが、異世界人ならばそれが一年未満だというのだ。極論ではあるが。それにもちろん、真剣にやればの話。
そのため、この世界の人間は異世界人を、頼りにしている。百の兵を育てるよりも、たった一人の異世界人を育てる方が、得なのだから。
「うるせー、俺は早く帰りてぇんだよ!」
「それは……」
申し訳ないとは、思う。しかし、考えれば考えるほど、ソラのやり方は無謀に思えてならない。なんの訓練もせずに、魔王に挑んで勝てるはずがない。そもそも、魔王にたどり着く前に死んでしまうだろう。
そこのところ、なにか考えがあるようで、実はなかったようなのだ。
「焦っても、いい結果には結びつきませんよ。国へ帰って、お父様に謝って、勇者として力を蓄えましょ? ね?」
「なんでガキ扱いなんだ。それに、俺が謝る理由なんざねぇな」
ソラは、すっかりへそを曲げてしまう。どうしようもないと、うなだれたいのはリーラの方だ。ソラが目的を果たせば、リーラも開放されるが……そうでなければ、ずっとこのまま、誘拐されたままなのだから。
国へ無事に帰るためには、魔王を討伐するしかない。しかし、このままではそんなこと夢のまた夢だろう。
そもそも、なにも勇者一人で戦えとは言ってないのだ。勇者には、勇者パーティーを結成してもらう。そのための選りすぐりの超人たちは、こちらで用意しておいたのに……彼らと力を合わせて、歩みを進めてほしかったが。
「でも、やっぱり戻りましょうよ。他の勇者の賛同だって、きっと得られませんし。得られたとして、力不足ですよ」
「そこはお前、魔王だって生き物なんだ。寝込みを襲うとか人質使うとか、やりようはいくらでもあんだろ」
「……」
この人ホントに、魔王として召喚された人物だよね? だんだん不安が増していくリーラである。
そして、しばらく黙っていた後……急に、ソラが手を叩いた。
「よし、次の作戦だ」
「今度はちゃんと作戦なんでしょうね」
次もなにも、リーラにとって初めてのものではあるが……それは、置いておいて。いったいどんな作戦を思いついたのか……
「あぁ。ユキを、攫おう」
「あぁそうです……か……っ!?」
次の作戦、ということで、出されたもの。それは、思わず耳を疑いたくなるものであった。夢なら覚めてくれ、そんなことさえ思った。今、勇者として力を蓄えて改めて誘うとか、そういうことを考えていたのではないのだろうか。
自分は、ちゃんとこの人と会話ができているのであろうか。そう思わずには、いられないリーラであった。




