ちょ待てよ!
ソラとユキ。二人の勇者の出会いに、リーラははらはらであった。ここで、自分は誘拐されましたと言うこともできない。そうなれば、自国の名前に傷をつけるからだ。
それも、同じく勇者を召喚した国でなお言えない。片や勇者は真剣に魔王討伐の準備に取り組んでいるのに、片や勇者は国の王女を拐って逃亡だ。そんな話、知られてはいい笑いものだ。
せめて、勇者に協力し自発的に動いている……と認識してもらわねば。もしかしたら、そういった報告がアウドー王国まで届き、お父様たちに見つけてもらえるかもしれない。リーラはそう考えた。
なので……
「はじめまして、勇者ユキ様。私はアウドー王国王女、アウドー・ラ・リーラと申します」
一歩前に出て、軽くお辞儀。王族ならではのなんとも美しい所作で、改めて礼をした。今の彼女はドレスではなく、一町娘の格好だ。
だが、その優雅な動きは、服装程度で隠しきれるはずもなく。間違いなく、王族ないしはそれに近しい、なにかしらの礼儀を習っている気品ある家柄の者だとわかるだろう。
それを見て、リーラとソラ……というかソラを疑わしい目で見ていたユキが、慌てたように頭を下げる。
「こ、これは王女様を前に失礼を。私はこのトリュフ王国に召喚された勇者、タチバナ ユキ。以後、お見知りおきを」
リーラほどとはいかないが、ユキもそれなりに礼儀の通った所作で応対する。凛とした佇まい……短い赤毛を後ろで一つに纏めているその姿は、まるでどこかの女騎士のようであった。
二人が互いに自己紹介が済んだところで、ソラは手を叩く。その音が、二人の注目を引いた。
「いやぁ、晴天の下、美少女二人が仲睦まじくしているのは実に美しい! 仲良きことは素晴らしきかな!」
やけに芝居がかった言葉に、リーラだけでなくユキも微妙な目線を向ける。今まで会ってきた中で、このようなタイプの男はまずいなかった。
まだ少ししか話していないが……ソラがどういう男か、ユキにはだんだんわかりつつあった。一言で言えば、胡散臭い。
胡散臭いが……それゆえに、自分の利になるようなことを、さもみんなのためになるという風に相手を誘導する。そんな、巧みな話術が得意なのだと、わかりやすくもある。
「で、お前の目的はなんだ」
「さっきも言ったろ。このまま魔王倒しに行っちまおうぜ」
まるで、コンビニ行こうぜ感覚のソラに、ユキはため息を漏らす。その言葉の意味を、この男はちゃんと理解しているのだろうか。
「お前の言い分はわかった。早く帰りたいというのも、わからんでもない。だが……魔王とは、強大な相手だ。そんな相手に、ろくに修行もしていない身で挑んでどうする」
それは、当然の答えであった。異世界から召喚されたとはいえ、自分たちはただの人間だ。魔王を倒す素質はあるらしいが、召喚されていきなりとんでもパワーを手に入れられるわけではない。
だから、こうして鍛え、魔王に勝つ確率を少しでも上げるのだ。このまま魔王に戦いに行っても、死ぬだけだ。
それも、道中魔物に会って、それだけでおしまいだ。
「いやいや、俺たちは異世界から召喚されただぞ? なら、持っているべきだろう、異世界召喚のお約束チートってやつを!」
「……チート、ねぇ」
ソラの言葉に、ユキはやはり胡散臭そうな視線を向けていた。
「そうとも! 俺はどうやら、素晴らしい身体能力を手に入れたようでなぁ……体が軽いのなんのって。屋根なんかひょいひょい飛び越えられたぜ」
「……? それは、普通だろう?」
アウドー王国で、そして外に出てからの移動で感じていた、体の軽さ。元の世界では決して感じなかった、この体の軽さ。これこそが、異世界特典に違いない。
そう思っていたソラの考えは、ユキのきょとんとした返答によって、崩された。
「……な、に?」
「体が軽い? それはそうだろう。聞いた話だと、この世界の重力は、私たちが元いた世界よりもだいぶ小さいらしいからな」
「……なん、だと」
知らされた、驚愕の事実、ソラたちの元いた世界と、この異世界。二つの世界の重力には差があり、向こうよりもこちらの方が重力が小さい。
さすがに無重力とはいかないが、異世界人にとっては体が軽くなったような現象を感じることができるという。
つまり……
「つまり、これは、異世界特典でも、なんでもなく……」
「ただ体が軽い、それだけだな。異世界人ならみんな同じだ」
膝をつくソラ。その胸に渦巻く悲しみは、計り知れない。せっかく異世界で、なんかすごそうな能力を得たかなと思ったというのに、ただ重力の問題だったとは。
これが悲しまずにいられようか。
「だいたい、身体能力がちょっと高いからって、魔王を倒せると思っていたのか」
「っ、そりゃおま……!」
ユキの指摘に、顔を上げるソラだが、その先の言葉が出てこない。なんでもかんでも口八丁が武器の男だと思っていただけに、その姿はリーラには意外だった。
「はぁ。悪いが、そのように勝算もないのに、わざわざ命を捨てるような真似はできん」
「! 待ておい!」
ソラの姿にため息を漏らしたユキは、背を向ける。これで話は終わりだ、と言わんばかり。そして実際に、これ以上なにを言うでもなく、足を進める。
ソラは立ち上がり、手を伸ばす。が、二人の間は鉄の柵により阻まれている。ソラは、鉄柵に掴まり、声をかけることしかできない。
「ちょっ、待てよ! いや、もちろん他にも方法はあるぞ! たとえば……ほら、あれだあれ!」
「……」
「聞けよおい! あ、いや聞いてください! 足を止めるだけでもいいから! お願いだから! ねぇ!」
必死に叫ぶソラの言葉は、ユキに届いても足を止めさせるには至らない。もはや、聞く価値なしということだろう。
鉄柵の向こう側に去っていくユキに、必死に叫ぶソラ……その構図は、捕まって牢屋に入れられてしまったソラが、必死に無実を訴えるが聞き入れてもらえないような、そんな風にリーラには見えた。




