二人の勇者
こちらに気付いた彼女は、ゆっくりと近づいてくる。それを受けても、ソラは堂々としたものだ。リーラは、見ていたことを怒られるかもと身構えていたが。
そしてお互い声が届く距離にまで行くと、彼女は口を開く。
「見学の者か?」
別に怒っているわけではないだろうが、きりっとした雰囲気はなんとも男らしさを与える。
こう聞いてくるということは、これまでにも見学していた者は少なくないのだろう。そして、本人はそれを気にしていない。
「あぁ。あんたがこの国の勇者か?」
見学していたことは否定せず、ソラは聞きたいことを聞く。直球に。遠回しに聞いても、時間の無駄だからだ。
それを受け、彼女は若干驚いたような表情を浮かべた。
「そう聞くということは、この国の人間ではないのだな」
「……どうしてそう思う?」
「この国の者ならば、私の顔を知らぬはずはないからな」
今のやり取りのみで、彼女はソラがこの国の人間ではないことを見破った。その理由は、なるほどわかりやすいものだ。
召喚された勇者として、国民全員に発表したのだろう。知らない国民もいるとは思うが、こうもきっぱりと言うということはそれなりに大々的に発表したのだろう。
もしかしたら、ソラも国民に大々的に紹介される予定だったのかもしれない。
「あぁ、そうだ。俺は……」
バレているのなら、隠す必要もない。この国の人間でないことを、認める。
しかし、どう話したものか。他国の勇者だ……と正直に話せば、当然他国の勇者がなぜここにいるという話になる。
また、複数の勇者を召喚した理由。それを知らされていないだろうことは、ソラも予想した通りだ。ここで、政治的な利用のために呼ばれたと聞き、それを信じるだろうか。
下手をすれば、ソラはこの国でも指名手配されかねない。それに、もしもこの女がこの世界での生活に満足感を覚えていたら、早急な魔王討伐へ出かけるのは難しいかもしれない。
「……俺は、他国で召喚された勇者だ」
だが、いろいろと考えた結果ソラは、正直に素性を話すことにした。ここからどうなるかは、賭け……いや、ソラの口八丁にかかっている。
「他国の……勇者? どういうことだ?」
「その前に。俺はアオノ ソラだ」
「……タチバナ ユキよ」
「そうか、ユキ。俺たちが同じ世界から召喚されたかってのは一旦置いておいて……あんた、この世界での生活をどう思う?」
彼女改めてユキに、対話を持ち掛ける。どうやら、いきなり人を呼ばれる心配はなさそうだ。
この質問の意図は、ユキがこの世界の生活に満足しているかを問うものだ。魔王討伐のために訓練していたっぽいが、魔王を倒しさっさと帰りたいと、どこまで本気で考えているのか。
「どうって……みんな良くしてくれるし、食事も美味しいし、お風呂も広いし。満足よ……と言いたいけど、やっぱり家族や友達と離れるのはつらいわね」
答えるユキの表情は、あまり変わらない。それでも、この世界の生活に満足しているわけではないというのは、今聞き出した通りだ。というか、もしかしてユキはソラよりずっと早く、この世界に召喚されたのかもしれない。まあそれはいい。
とりあえず、突破口はある。まずは、ユキをこちら側に引き込むのだ。
「なら、ユキ。このままさっさと魔王を倒しに行かないか?」
「……なに?」
彼女も、故郷が恋しいのだ。そこに訴えかければ、チャンスはある。
「さっさとって……確かに、出発するなら早い方がいいって言われたけど。どうして? そりゃあ、早く国民を安心させてあげたいっていうのはわかるし、それが勇者として召喚された私の役目ならそうするけど」
ビンゴだ。どうやら、国としても早期の魔王討伐を望んでいるらしい。それはそうだ、魔王討伐は勇者の早い者勝ちのようなものなのだから。
一番先に魔王を倒した勇者……その勇者を召喚した国が、他の国よりも一歩先に出る。
国同士の争いのために、利用されてなるものか。
「実はな……」
ソラは、知った情報を開示することを選んだ。今いくつか会話を交えただけだが、それでもわかったことがある。ユキは、曲がったことが嫌いなタイプだ。理不尽に召喚されたのに、反抗するどころか勇者としての役目を全うしようと意気込んでいる。
そんな彼女に真実を伝えたらどうなるか。この世界のいくつの国が勇者を召喚したこと、勇者の競争により国の実権が変わること、つまり自分たちは国同士の争いの駒として召喚されたこと。
「あいつらは魔王を倒してハッピー。おまけに競争に勝てば実権を握れる。俺たちになんのメリットがある? ないだろう。褒章を貰ったとして、帰ればそんなものは意味がないしな」
「……」
「第一、自分たちの世界の危機に他の世界の人間を召喚して、命を賭けろってのが気にくわん。そう思わないか?」
この世界の理不尽さ、それを説明していると、ソラ自身も腸が煮えくり返ってくる。なんとも、こちらに利のない話ではないか。
「……つまり、ソラ、あなたは召喚された国に嫌気がさして逃げてきたと?」
「逃げたってのは癪だが、そうなるな。奴ら、俺に対してなにをしたと思う? 言うことを聞かないと分かった途端、殺しに来やがった。新しい勇者を召喚するには、今の勇者は邪魔だってんで、自分たちの利益のために俺を殺そうとしたのさ。ここまで来るのに、いや国を出るのにも苦労したぜ。奴ら、殺す気で来やがる……危うく、腕を斬られるところだったんだぜ?」
(それは嘘だ)
ペラペラと話すソラの言葉に、嘘があることをソラは知っていた。腕が斬られそう? わりと余裕で自分を誘拐したではないか、と。
だが、その他のことは真実だ。勇者を使って競っているのも、新しい勇者を召喚するには今の勇者が居ては無理なので殺そうとしたことも。
ソラの怒りも、妥当と言える。それを聞いたユキは今、なにを思っているのか。
やがて、静かに話を聞いていたユキが口を開く。その視線の先には、リーラがいる。
「彼女は?」
「リーラ……俺を召喚した国の、王女様だ」
「そんな人物が、なぜここに?」
「……俺に協力してくれてるんだよ」
「さっきの話を聞く限り、国を裏切ったキミに協力するとは思えないのだが」
……会話の流れがまずい雰囲気なのは、ソラは感じ取っていた。そうだ、曲がったことが大嫌いということは、だ。つまり……
ソラがリーラを誘拐したことを知れば、話を打ち切られる。どころか、通報されかねないということだ。




