異世界召還されちゃって
……時は数刻、巻き戻る。
「おぉ、そなたが召喚された勇者か」
「……」
聞こえた声に、男は閉じていた目をゆっくりと開いていく。今日は新作のゲームが発売される日だ。予約していたそれを早く手にするために、スキップ気分でゲーム店に向かっていた。その最中だったはずだ。
なのに突然、道が……というか自分の周りの地面だけが光った。言ってしまえば、光のマンホールが急に現れたみたいな……そして、その中に吸い込まれるように落ちていった。
思わず目を閉じてしまうほどに、周囲は眩しかった。
全身を包み込んだのではないか、と思えるほどの光、それが収まりを見せた頃、声は聞こえた。そして目を開けて、目に入った光景は、先ほど見ていたものとは激変していた。
「……どこだここは」
前提として、自分は外を歩いていたはずだ。だがここはどう見ても室内……それも自分の部屋などではなく、よく物語の中で見る高級な、まさに城の中といった広く輝かしい部屋だ。
それに、聞き間違えでなければ今、声の主は召喚だの勇者だのと言った。そういう書物は読んだことがあるどころか大好物だが、これはつまりそういうことでいいのだろうか?
周囲を見渡す。目の前……といっても結構距離はあるが、いかにも豪華そうな椅子に腰かけているあごひげを蓄えたおっさんが一人。その隣に銀髪ロングの若い女性が一人。とてもスタイルがいいし、笑顔もかわいい。
さらには、部屋の左右には何人かの大人の姿。スーツのようなものを着ている者もいれば、鎧のようなものを着ている者もいる。
「そなた、大丈夫か?」
「無理もありませんわ、お父様。異世界へ召喚されたばかりですもの」
部屋の一番奥にいて、あんな偉そうな椅子に座っているということは少なくともこの場で一番偉いのだろう。そう思っていたところ、おっさんと女性が話を始める。
その声は、男にも聞こえる。ふむ、異世界、召喚……聞き間違えではないようだ。
つまりここは異世界ということなのか。ならばなぜ言葉を理解できるのか、疑問には思ったが、今は無視。周囲の言葉に耳を傾ける。
あのおっさんは、どうやら国王らしい。スーツや鎧がそのように話している。ということは、あごひげをお父様と呼んだあの女性は王女ということか。確かに高級そうな、桃色のドレスを着ている。
「そろそろ、落ち着いたかの。そなたの名を教えてほしいのだが」
「……ソラ。アオノ ソラだ」
名前を聞かれ、答える。こっちの言葉は通じる。よかった、名前はちゃんと覚えている。自分が何者かも、ちゃんと覚えているぞ。
アオノ ソラ……黒い髪と、珍しい空色の瞳が特徴的だ。ひねりのない名前だと思っていたが、この瞳のおかげでこれまでの人生、名前をバカにされるようなことはなかった。
現役の大学二年生、一人暮らし。両親は存命だが 、奨学金とバイトでなんとか一人で切り盛りしている。ちょっとお茶目な二十歳になったばかりの、大人の仲間入りを果たした。
今日は休日、新作のゲームを買って、それをやりこもうと思っていた。それが、どうしてこんなことになっているのか……
「ソラ殿か、よい名じゃ。わしはこのアウドー王国国王のアウドー・ラ・セイジュじゃ。こっちは娘のリーラ」
「初めまして、勇者様」
人のよさそうな二人……だが、この展開は知っている。異世界召喚ものを読み込んでいるソラにとって、この展開はよぉく知っている。まさかそれが現実の身に起こるなんて思わなかったが。
異世界、召喚、勇者、王族……これだけの要素がそろえば、もう充分だろう。
「実はそなたを召喚したのは、訳があるのじゃ」
そりゃそうだろう、訳もなく召喚されたらぶん殴っているところだ。
それから国王は、国ひいては世界が滅ぶだとか魔物や魔王が云々とか長々話していたが、ソラは半分以上聞き逃していた。
聞いても聞かなくても、最終的に言われる言葉はわかっている。
「……というわけで! どうかこの国……いや世界を救うためにソラ殿の力をお貸しいただきたい!」
……予想通りだ。要は世界を救うために力を貸せと。偉そうに座る王様は、そう言うのだ。
ソラだって、それなりに物語世界に憧れたりするものだ。こんなことが起きたら、と妄想したこともある。だから、この展開はある意味その展開通りだ。
力強く要求を口にする王様、頭を下げつつ期待した目を向けてくる王女、静かに様子を見守る部下の皆さん。
「そうか、そりゃ大変だ。俺で力になれるなら……」
「おぉ!」
その光景を見て、ソラの答えは決まっている。それは……
「だが断る!」
「……へ?」
断る、その一言であった。
「き、聞き違いだろうか? 今、断ると……」
「あぁ、言ったぜ。あんたの要求、世界を救うために力を貸せ? 断る、ノー、まっぴらごめんだね」
今の流れは国王の頼みを聞いてくれる流れだったではないか。言葉にせずとも、そう言いたそうな顔にみんなが変化したのがわかった。
そうでなくても、まさか断られるとは思っていなかったのだろう。威厳ある感じで座っている国王の間抜けな顔が、それぞれの開いた口が塞がらない様子が、どこか滑稽だった。