勇者探して三千里(ではない)
購入した馬に乗り、外に。二人は余裕で乗れる大きさであったため、前にソラ、後ろにリーラが抱きつくという形だ。
リーラが後ろからソラの背中に抱きつくと当然、ソラの背中にはふくよかなものが押し当てられる。それは男にとっては夢のような感触であったが、ソラはたいして反応を見せることはない。
あくまでも、年下であるリーラに異性としての魅力は感じていないようだ。自分に女性としての魅力がないというのはリーラに多少なりとも思うところはあったが、どうあれ誘拐犯に襲われるようなことにならないのはよかった。
「おぉ、確かに早いな」
手綱を握り、ソラが馬を走らせる。先ほどまでソラと睨み合いをしていたとは思えないほど、軽快な足で走っている。
国の外へ出ても、馬はソラを落とす様子はない。それは、ソラを振り落とせばソラに抱きついているリーラも落としてしまうことになるからか、はたまた馬としての責任感が、それをさせないのか。
どちらにせよ、馬と仲違いする時間があるなら、少しでも早く進んだほうがいい……そう考えていたソラにとっては、まさに都合のいい展開だった。
「ブルちゃん、頑張ってくださいね」
「ブゥホホホ!」
片手でソラに抱きつきつつ、片手で馬……ブルちゃんの背中を撫でるのはリーラだ。彼女は、ひと目見たときからこの馬のことを気に入っていた。
こんなすぐに、名前まで付けてしまうくらいには。
「なぁ、なんでブルちゃんなんだ」
「鳴き声がブルル言ってたので」
「……あぁ、そう」
返ってきた答えに、どうやらリーラにネーミングセンスがないことをソラは悟る。この馬は、ブゥルルルだのブィルルルだのと鳴いていたので、そこから取ったらしい。
正直、名前があろうとなかろうと、ソラにとってはどちらでもいいことだ。
とはいえ、ネーミングセンスはないが『ブル』というのは元の世界でのブルドッグを思い出すし、似ていないこともないためなかなか的を得た名前だなとは思ったが。
「ともあれ、頼んだぞブル」
「ブフン!」
ソラをちゃんと乗せてくれてはいるが、話しかけても顔を背けられるだけだ。まあ馴れ合うつもりはないのだから、いいのだが。
こうして走っていると、遠目にモンスターを見かける。だが、ブルは速く、見つかって追いかけられても追いつかれる前に引き離してしまう。人二人を乗せているのに、だ。
これはなかなかいい買い物をしたかもしれない。長距離の移動はもちろんのことだが、モンスターに見つかりそれに追いかけられ目的地から離れてしまう……というデメリットを考えれば、多少値が張ってもおつりが来る。
ソラは手綱を握ってはいるが、基本的にはブルに走るのを任せるだけだ。出発する前、地図を見せ目的地を教えたところ、そこへ走っているのだ。賢い。リーラも時折地図を確認しているが、ちゃんと目的地へと向かっているようだ。賢い。
「……と、暗くなってからの移動は危険だと言ってたな」
もう何時間走り続けただろう、ブルの体力の限界が来るより先に、空が暗くなってきたのが早かった。外を移動するのは、暗くなってからは危険だと教えてもらった。
夜になってはまず視界が効かないし、夜だからこそ活性化するモンスターもいる。そんな中を移動するのは危険だということで、暗くなってきたら早めに野営の準備をするべきなのだ。
人生初の野営にリーラは渋い顔をしていたが、実は憧れもあったのかソワソワしていた。町で買ってきた、折りたたみ式のテントを広げ、火を起こす。
こうした野営はヤマトも初めてだ。現代っ子の彼は、まず屋根のない外で寝泊まりしたことはない。それでも、平静でいられたのは異世界に召喚されたことによりある程度の覚悟が出来ていたのと、最近見たキャンプアニメの影響だろう。
「くかーっ」
軽めに食事をとってから、眠る。一応それなりに買い込んではきたため、今のところ食料の心配はいらない。
曰く、モンスターも食べられるらしい。ソラの元いた世界でも、動物は食用として買われているものもあり、それが野生だろうと食べられるということに驚きはなかったが……あれらを捕まえて、食べようなんて意欲は湧いてこない。
「勇者召喚は、ほとんど同時期に行われるはずです。今でしたら、出発のための準備中といったところでしょう」
翌朝、移動しながらのリーラの言葉だ。これから向かう場所は、勇者召喚された可能性が一番高い場所だ……だが、そこにたどり着いたからといって、勇者がいなければ話にならない。召喚云々もそうだが、すでに国を出発した後、という意味だ。
ソラよりも先に召喚された勇者がいれば、すでに国を出発している可能性がある。だが、リーラが言うにはどこの国だろうと、勇者召喚を行うのはほぼ同時期だという。国同士の取り決めだろうか。
ソラは、召喚されてからすぐ国を出た。そして今、目的の場所に、この足の速い馬に乗って移動している。このペースならば、少なくとも今向かっている場所に召喚された勇者は、出発してはいない。
出発するにも、いろいろ準備があるのだ。装備の調達、旅を共にする仲間との交流を深める、訓練等々。そのため、召喚されても少なくとも一ヶ月は国に滞在しているはずだ。
「問題は、うまく話に乗ってくれるか、か」
勇者を見つければ、次はソラの番だ。巧みな話術で、勇者陣営に取り入る必要がある。魔王を倒し、さっさとこの国とおさらばするために、だ。
他国の勇者の仲間になり、旅についていく。ソラ自身危険を犯す必要はなく、ついていく必要もないのだが……魔王討伐の道中、道草でもくわれたりしたらそれだけ帰還するのが遅くなる。
いかに魔王をさっさと討伐させるか、そう誘導するか……それが、ソラのやるべきことだ。
「……お、見えてきたな」
それから、何度か夜を超えて……見えてきたのは、一つの国。
あれが、トリュフ王国だ。




