馬だけに
馬を買う。こういう町でも、馬を売っているお店というのはあるのものだ。
馬を手に入れる手段として、購入とレンタルがある。購入は買った後客の好きに出来るが、レンタルは最後には返さなければいけない上、行ける範囲が決められている。もちろんレンタルの方が安い。
どうせこの町に戻ってくることはないのだから、レンタルのまま逃げてしまおう。そう思っていたソラだが、ソラでなくてもそういうことを考える人間は多いため、ちゃんと対策しているらしい。
馬には特殊な首輪が付けられており、決められた範囲外へ行こうとするとその先へ行けなくなるというのだ。それを聞いてソラは、結界という言葉がぼんやりと浮かんだ。範囲外へは決して出ることが出来ないという、あれだ。
それは魔道具というものによるらしく、購入した馬のみが首輪を外される。どういったものか軽く説明はされたが、ただの移動手段としか見ておらず、且つ安いものに出来なかったことを悔しがっているソラには、どうでもよかった。
「ちっ」
安く済ませられなかったことに舌打ちするソラだが、こればかりは仕方ないようだ。なので、馬を一頭購入する。
わざわざ二頭買わなかったのは、もちろん値段の問題もある。が、それ以上に一人一頭乗ったとして、リーラは馬など乗ったことがない。正確には、自分で馬を操作したことがない。
無論、それはソラも同じだ。だが、ソラは元いた世界で、ゲームの中で乗馬した経験がある。まあなんとかなるだろうという気持ちがあった。
「念のため、コツとか教えてくれ」
とはいえ、いきなり馬に乗ってもうまく操作できる可能性は低い。なので、馬を買った際に乗り方のレクチャーを頼んだ。どうやら馬を買いに来る人はレクチャーを頼む人が多いらしい。レンタルで済ませる人は、目的はなくただ乗って観光したいという旅人が多いようだ。そういう人には、馬を操作してくれる人が付く。
馬に慣れた人もレンタルしてくれるので、初めて馬に乗る人でも安心ということだ。出来ればソラたちにもそういった人がいればよかったが、あいにくと急ぐ旅だし、いくらなんでも連れまわすわけにもいかない。
「よし、だいたいわかった。サンキュー」
乗馬のレクチャーを受けて、だいたい一時間。ゲームの知識とは当然ながらずいぶんと違ったが、レクチャーを受けたおかげでなんとかなりそうであった。
元の世界で馬を直接見たことはないが、この世界の馬は元の世界とほとんど変わらないように見える。エサは干し草なんかを与えればいいらしいし、外を旅するなら道に生えている草でも食わせておこうと思った。
そして、購入したこの馬おそらくオスだ。なぜなら……
「ヒヒィン」
「わ、ふふ、くすぐったいですよ」
さっきからめちゃくちゃリーラに懐いている。というか顔をなめている。リーラとは初めて会ったはずだが、まるで長年連れ添った主を前にしたかのようだ。知らんけど。
ちなみに、ソラに対する反応はというと……
「ブィルルル……!」
「……」
鼻先に触れようとしただけで、この反応である。ソラの手が触れる前にソラをキッとにらみ、鼻息荒く興奮しながらめちゃくちゃ威嚇してくる。
動物に好かれる性分だとは思っていないが、まさかここまで嫌われるとは。
「ブゥウウ……!」
「あぁん? やんのかこら」
「あっはははは!」
威嚇してくる馬にメンチを切るソラ。それを見て口を開けて大笑いする馬店の店主。おそらく、馬とここまで馬が合わない男もいないのだろう。馬だけに。
そんな様子を見て、リーラはこの先が心配でならない。
「おらクソ馬、俺はお前を買ったご主人様だぞ。言うことを聞かねえか、敬わねえか」
「私の持ち物を撃って作ったお金ですけどね」
「ブゥルル!」
こんな調子で、大丈夫なのだろうか。一応、レクチャー中はソラが振り落とされることはなかったが……それは、店主の前だったからかもしれない。
いざ外へ出れば、ソラだけほっぽり出して自分はリーラと駆け出してしまうかもしれない。そのままアウドー王国まで帰られたら、ソラにはもうどうしようもない。
他の馬を選ぼうにも、他はすでに買い手がついていたりレンタルされていたり、この馬しか残っていなかった。急ぐ旅ではあるが、他の馬が戻って来るまで待っていようとも思ったが……
「よーしよしよし」
「ゥヒヒヒィン!」
まるでおっさんのような声を上げながら、リーラに撫でられている馬。馬がリーラを気に入ったのと同様、リーラも馬を気に入ってしまったらしい。
わざわざリーラの好みを考慮する必要もなかったが、この馬は他の馬よりも速いと店主におすすめされもしたため、他の馬に踏ん切りがつかなくなってしまった。
たた移動のためだけに買った生き物ではあるため、仲良くするつもりもないが……もし振り落とさせそうになっても、頑なとして掴まっておこう。そう決めたソラであった。
さて、これで旅路の準備はオーケーだ。他には馬を買いに来る前に買っておいた。
「ねぇねぇ、この子の名前はなににしましょう?」
「あぁ、名前? なんでもいいよ、スケベでいいんじゃねえの」
「ふざけてないで!」
妙に嬉しそうなリーラ。ペットを飼ったことがないからだろうか、それにしたってここ一番で目を輝かせている。
この先が、少し不安になるソラである。




