勇者システムと帰還の手立て
部屋は一部屋。そこに、ソラとリーラはいる。ベッドが二つ備え付けてあり、二人はそれぞれ腰を下ろし、向き合う状態だ。
年頃の男女二人が、一つの部屋で二人きり。なにもないわけがなく……
そう、なにもないわけがなく……
「で、リーラよ。二、三聞きたいことがあるんだが、答えてもらうぞ」
「は、はい……」
前屈みに座り、膝に肘を立て、手を組みその手の甲に顎を乗せたソラが、リーラを見ていた。それはもう、じっと見ていた。
ぱっと見れば、それは目の前にいるなかなかに成長した女の身体を見据える、変態的な男の目に見えただろう。しかし、ソラの目には下心などない。そこにあるのは、ただイライラだけだ。
それがわかっているから、リーラも緊張した様子で背筋を伸ばしている。
「あの、その、先にシャワー、浴びてきたいんですが。ほら、長旅で汚れちゃってるし……」
「俺の質問に答えてからな。そしてお前が風呂に入るのは、俺が入った後だ」
ギロリ、と睨むソラの視線に、リーラは逃げられないと感じた。
思えば、国の外へと連れ去られた直後……聞きたいことがある、ということを言っていた気がする。その後にシシイノに追いかけられたりして、そんな余裕はなかったが。
それも、ここにきて余裕ができたということだろう。お風呂の件は、なにがなんでも先に入らせてもらいたいが。
「じゃあ、聞きたいことというのは……」
「勇者……いや、勇者の役割を課せられた人間たち、についてだ」
静かに、ソラが口を開く。その言葉の内容に、リーラは心臓が高鳴るのを感じた。
まさか……いや、まさかだ。知っているはずがない、この男が。しかし、ならばなぜこんな妙な言い回しをしたのか。
勇者の役割を課せられた人間"たち"などと……
「い、いったいなんの話を……」
「疑問だったんだよ。勇者ってのは世界を救うために魔王を倒す存在……そう、言ってたな」
「は、はい……」
「だが、あのおっさんはこう続けた。この国……いや世界を救ってくれ、とな。なんで言い直したんだろうなぁ」
ソラの疑問、それは召喚されたときに感じていたものだ。
最初、あの国王は国を救ってくれと言おうとして、それから言い直した。別に意味のない訂正といえばそうなのだが、ソラは妙にそれが気になった。
それに、だ。勇者についての説明も受けていたが、その半分がこの国の民が危機に瀕しているとか急いで魔王を退治してくれとか、まるでソラを急かすような説明だった。
確かに魔王とやらに暴れられれば、いろいろと困ることもあるのだろう。だが、それにしたってソラを早く魔王退治に出発させたいような意思を感じた。
「それに、俺がちょっと煽っただけでせっかく召喚した勇者を殺しにきやがった」
「ちょっと……?」
「そこもまた疑問だ。自分たちの言いなりにならない勇者は即処分、そして次の勇者を召喚する……果たして、なにをそんなに急ぐ必要がある?」
最初は、気に入らないから勇者を、ソラを殺そうとしたのだと思った。実際それもあるのだろうが、それが全てではない。
言いなりにならない勇者を始末し、次に召喚した勇者に役目を託す……おそらく、次の勇者も言うことを聞かなければ、同じように始末して次の次の勇者を召喚するのだろう。
「なぜって……それは、魔王軍の進行を食い止めるために……」
「どうにも、それが目的じゃないように見えたんだよなぁ。あれは、そう……自分たちの保身しか考えてない、権力者の目だ。俺がもっとも嫌いな奴ら」
ソラを殺そうとした連中は……特に兵士に指示を出していた男は、やたらとソラを殺したがっていた。国王に無礼だとか言っていたが、あれが国王に真に忠誠を誓っているようには見えなかった。
あの怒り、いや焦りは、もっと別のなにかだ。そしてそのなにかこそが、ソラが一番気にかかっていた部分でもある。
自分たちに言いなりの勇者を召喚し、即座に魔王討伐に向かわせる……その理由は、魔王軍の侵略に苦しんでいる人たちのためではない、国のため。
そう考えれば、一つの仮説にたどり着いた。それは……
「いるんじゃねぇのか? 他の国にも、勇者が」
「!」
ソラの他に、召喚された勇者がいるのではないか、ということだ。
「あんたを攫ってさ、町中を走ってたとき……確かにそこそこ大きな国ではあるが、完全な大国ってわけじゃないことに気づいた。小国ではないから、せいぜい中国って感じだ。そんな、せいぜい中国が、世界の命運を預ける勇者を召喚する権利があるのか……って考えて。で、出た結論だ」
「……他の国の、勇者……」
「あぁ。そう考えりゃ、あの保身丸出しの必死さにも説明がつく。自国の召喚した勇者が魔王を倒したと、世界中の自慢になるからな」
ソラの考えた、勇者という者の役割。それを聞いて、リーラは押し黙る。まさか、ここまでの時間と情報だけで、そんな仮説を立てるとは。
……いや、仮説、などではない。きっと、ごまかそうとしても無駄だろう。リーラは小さくため息をつく。
「私が聞いた話だと……ソラ様の考えで、概ね合っています」
「やっぱりな」
「いくつかの国で、勇者召喚が行われ……魔王を倒した勇者を有している国が、世界の実権を得る。ぼんやりとだったので詳しくは覚えていませんが、そういった話だと、聞いています」
リーラも、王女とはいえまだ若い。勇者というシステムの全てを、教えてもらうことはできていないのだろう。
だが、リーラの話はソラの仮説を裏付けるものだった。いくつかの国……それがどういった基準で選ばれるのか。人口、とかではないだろう、大国ばかりが選ばれているわけじゃないみたいだし。
支持率か、単に異世界から人間を召喚する力がある国か、他のなにかか……ともあれ、その選ばれた国が勇者を召喚し、他にも勇者を召喚した国と競う形になる。
例えば五つの国があれば、五人の勇者が召喚される。その五人のうち、一番早く魔王を討ち取った勇者を召喚した国が、なんらかの恩恵を得る。そういうことだ。
「……はっ、世界を救うだなんだと大層なこと言っときながら、実態は勇者を使った権力争いってわけかよ。しかも国の内部なんてチンケなもんじゃねぇ、国同士の権力争い……ふざんけんなよ! お前ら勇者の命をますますなんだと思ってるんだ!」
「ごえんなふぁーい!」
リーラの両頬を引っ張り、ソラは叫ぶ。まあリーラが悪いわけではないのはわかっている、召喚主ですらないし。
しかし、おそらく勇者はその理由までは知るまい。国同士の争いの賭け金に使われているとなれば、協力する者などいない。
「で、召喚された勇者ってのは何人なんだ」
「わかりあふぇん」
「ちっ」
使えない王女だ。ソラは、手を離した。柔らかなリーラの頬は、赤くなってしまっている。
それにしても、他にも勇者がいる……これは、もしかしたら使えるかもしれない。
「なぁ、帰るには魔王を倒す……それしかないって話だったよな」
「え、えぇ」
「勇者が魔王を倒す……それは、倒した勇者しか帰れない、なんてことはないよな?」
「そ、それはまぁ……勇者様は、魔王を倒すために召喚されたのだから、どの勇者が倒しても全員帰還されるはずです。それが、なにか?」
「決まってるだろ」
ニヤリ、とソラは笑みを浮かべる。純粋……とは言いがたい、邪悪な笑みを。
「他の勇者に協力し、魔王を倒させる。いや、勇者一丸となってもいい……とにかく、他の勇者に魔王を倒させ、そのおこぼれに預かり、俺も帰還する!」




