金と文字
「はぐっ、んぐ……っぷはーっ、うめぇ!」
「……」
目の前にある肉、肉、肉……漫画でしか見たことのない骨付き肉に、一気にかぶりつく。うん、うまい。
並ぶ料理、料理、料理。ここはレストランのような場所だ、ゆえに豊富な品揃えがある。その中でも、肉料理を中心に頼んでいる。
金のなかったソラたちがこうして食事を、しかも多量の食事をできている理由……それは、リーラのブローチ、そしてドレスを売った代わりに金が手に入ったからだ。
「しっかし、金だの銀だの銅だの、まるでオリンピックだな」
この国の通貨は、主に金貨、銀貨、銅貨となっている。この三種さえ覚えておけば、問題はない。さてその、価格についてだが……
あくまでソラの独断と市場調査による推論ではあるが、ソラの元いた国の基準に合わせると、この国の金の価値は、こうだ。
銅貨一枚=十円
銀貨一枚=千円
金貨一枚=十万円
そして今手元にあるのは、金貨二枚に銀貨五枚、銅貨少々。元金0円から、よくもまあここまで増えたものだ。
「しめて二十万とちょっとか。これならすぐになくなる心配はないな」
質屋にて、リーラのブローチは金貨二枚で売れ、ついでにドレスも売った。そっちが銀貨五枚と銅貨少々。王女のドレスにしては、金貨一枚の価値もなかったのは残念だが……それには、理由がある。それは後述するとして。
物を売る前に、一応この国の金は他の国で使えるか、質屋で聞いた。使えなくても、大抵のところには換金所があるから心配はないらしい。それを聞いて、安心した。
全国共通の金ではないかとも考えたが、思い返せばソラの元いたニホンでも、海外へ出ればニホンエンは使えない。国が違えば金も使えないのだ、それでも換金所などはある。
これで当面の金の心配はない。とはいえ、ここに長居をするつもりはない。ここは隣町とのことだし、あんまりのんびりしている場合ではない。とはいえ、食事は大事。
ちなみにリーラは、どこからどう見ても街娘の格好をしている。素材がいいので目立つには目立つが、ドレスよりは全然マシだ。ソラも、新たに買った服に一応着替えた。異世界人の服も、目立つかもしれないし。
売ってはいない。どうしてかと聞かれると……
「バカモノ! 俺は元の世界に帰るんだぞ? その時に元の服がなくなったら不便だろうが!」
と答えておいた。理不尽だと言われたが、関係ない。ソラにとって、大事なのは自分だ。
何事も、行動するには金がいる。なので、物を売って資金を得るにしても、きちんと物価を知っておかなければならない。
「しっかし、危うくぼられるどころだったぜ」
「ぼら……?」
「安値で買い上げようとされたってことだ。見てたろ、あの店主、ブローチを最初金貨一枚ってほざきやがった」
ブローチを売る際に、初め店主は金貨一枚と言った。だが、それはソラには納得できないものだった。
「俺には宝石の価値はわからん。だが、人の嘘は見抜ける。目線の動き、唇の動き、ちょっとした仕草、汗のかき方……最悪、喋ってなくても嘘をついてるかはわかる。人間は、情報の塊だからな」
「そうなんですか……」
嘘をついて安値で買い取ろうなど、言語道断だ。死活問題なのだこっちは。
だが、逆に安値で買い取ってもらうからこそ助かることもある。それが、前述したドレスのことだ。
「あのドレスについては、どうやら市販品と勘違いされたみたいだ」
「?」
「気づかなかったか? カリスマ性ってやつだろうな、あの国やこの町、お前が着てたのと同じドレスを着てる奴が結構いた。正確には、ドレスに似せたものだがな」
そう、ソラはこれまで人々を見てきたが、リーラが着ていたドレスに似たドレスを着た女性が結構いた。リーラが人気だからだろう、人の着ている服を似せて、作っているのだ。
それを、ソラは利用した。
「服に本物も偽物もねぇだろうが、王女のドレスのまねっこを偽物とするなら……こいつも、偽物と思われたんだろ。だからこその銀貨だ、本物なら金貨一枚はくだらねぇだろ」
「え、じゃあ……本物なら、もっと……」
「だが、それでいい。本物だなんだと騒ぎになるより、勘違いされても偽物だと思われた方がな。少なくとも、本物だと判明した時、俺たちはもうこの国にいない」
市販品として出回っている服に……そう勘違いされたこそ、安く売れた。本物だと証明すればもっと高く売れただろうが、本物だと証明するには本物の王女だと証明するということだ。
それでは、服装も変えこの場にいる意味がない。偽物と思われるからこそ、王女が本物だとは思わない。
「……それなら、ドレスまで売らなくても。たくさん似たような服着てる人がいるんですよね?」
「人を隠すなら人の中、か。だが、ドレスだと動きにくいだろ」
さっき、シシイノから逃げている時に思った。あんな風に走りづらそうなもの、いざという時に動きが遅れる。確かに他にもドレス姿の女性がいるなら、そこにドレスリーラが混ざっても不審には思われないだろう。
しかし、あれでは動きが疎かになる。それよりは、今着ているようにティシャツに短パンと、地味だが動きやすい服のほうがいい。
「そう怖い顔をするな。物価然りメニュー然り……お前がいてくれないと、俺は困る」
眉を寄せるリーラに、ソラは本心を告げる。
この世界の文字を、ソラは読むことは出来ない。言葉は通じるが、文字は読めない。不思議なことだ。
また、ソラが書いた文字もこの世界の人間は読めない。世界が違い、ニホンゴであるその文字を読めなくても当然だが……どうせ言葉が通じるなら、文字も読めるようにしてほしかったものだ。
なので、ソラは基本リーラを通じてでしか、この世界の文字を理解することができない。調べた物価も、店名も、メニューの品書きも全てだ。リーラが嘘を言ってもソラにはわからないが、これしか方法がないのだから仕方ない。
一応、この店で頼んだもの、肉はちゃんと出てきたようだが。そういう意味で、リーラはやはり手放せない。別の人間を誘拐するにしても、説明が面倒だし。
「お前は必要だ、これからもよろしく頼むぜ」
「うぅ……」
なんだかいいように使われている。そう思うリーラであった。とりあえず、お肉は頂いておく。おいしい。




