逃げた先になにがある
「あぁっ、くそ! ……いて!」
地面の石ころを、思い切り蹴る。あの変なモンスターから逃げてきて、ただでさえわからない道が余計にわからなくなってしまった。イライラする。
そして、蹴った石ころがなにかにぶつかったのか、跳ね返ってきてソラの額にぶつかる。それがまた、イライラを増長させていく。
「んがぁー! なんなんだよもう!」
「静かにしてくださいよ、もー」
騒ぐソラを、落ち着いた……というか呆れた声で注意するのはリーラだ。岩に寄りかかり、綺麗なドレスが汚れるのも構わずに腰を下ろしている。
なんとも危機感のないことか……いや、この場合焦っても仕方がない。まずは落ち着くことが大切だと、ソラは自分に言い聞かせる。
そう、冷静になるのだ。冷静になって現状をどうにかしよう。騒いでも状況は好転しない。
……たとえここが、砂漠のような一面砂だらけの場所でもだ。
「って落ち着けるか! さっきまで草原みたいなとこにいたはずだろ! それがどうしてこうなった! あれから逃げてるうちにステージ移動しちまったのか!?」
先ほどの草原から一点、視界に映るのは砂、砂、砂、スナ、すな……
実際に砂漠に行ったことなどないが、それでもここがどういった場所か……それを表現する単語は、これしか思い浮かばない。
「外は危険がいっぱいですからねー、そういうこともありますよ」
「あってたまるか!」
これが異世界……と言われてしまえばそうなのかもしれないが。だとしたら、ソラの中の常識は一旦、全部捨てた方がいいのかもしれない。
それとしても、だ。
「なんでお前はそんな落ち着き払ってるんだ」
「疲れちゃいまして、いろいろ」
どこか遠い目をして答えるリーラ。考えてみれば……召喚した勇者に誘拐され、出たことのない国の外に出て、初めての全力疾走。疲れないはずがない。
疲労が溜まっているのだろう、心身ともに。とはいえ……
「ちっ、これだからお嬢様は」
ソラには関係のない話だ。リーラのケアよりも、この先をどうするかのほうがソラには優先事項だ。
見知らぬ世界、どこかもわからぬ道、またいつ遭遇するかもわからないモンスター……とにかく、人のいるところに行かねばなるまい。
「おら、行くぞ立て」
「もう動きたくないですー」
「このアマ……!」
リーラは立ち上がろうとしない。ソラは舌打ちをするが、それにもリーラは取り合わない。散々振り回されたため、せめてもの抵抗ということか。
しかし、そんな子供じみた抵抗に付き合ってやるほど、ソラはお人好しではない。
「ちっ、ならずっとここにいろ。じゃーな」
「え……え?」
リーラに背を向け、ソラはひらひらと手を振り歩き出す。あれだけ人質念押しをされた手前、まさか置いていかれるとは思わなかったのだろう。目を、パチパチさせている。
じっとしていても、ソラは歩みを止めない。
「な、なんでですかー!」
「どぅは!?」
それが耐えられなくて、リーラは背中からソラに抱きつく……つもりが、勢いが乗ってしまったためだろう。腰に、思い切りタックルする形になってしまった。
「てめっ、この……なにしやがる!」
「あなたこそなんなんですか! 私のこと置いていくんですか!」
「そう言ってんだろ!」
「人質だからって離してくれなかったくせに!」
「てめえが動かねえからだろ! それに、こんな状況になっててめえを連れていくメリットと連れていかねえデメリット、どっちが上か考えた結果だ!」
ギャーギャーギャーギャーと騒ぐ二人。その姿こそまさに子供のようだが、こんな状況にあっては仕方ないとも言えるだろう。
リーラもリーラだが、ソラもソラで切羽詰まっている。いきなり異世界に召喚され、逃げ出し、訳もわからぬ土地に投げ出されて……
「っはぁ……やめだ。無駄に体力を消費するだけだ、こんなんは」
先に打ち切ったのは、ソラだ。先ほどの草原なら、もしかしたら食べられるものが生えていたかもしれない。だがこんな砂漠では、食料を手に入れられるのか、心許ない。
喧嘩は、体力の消費だ。しかもどっちが悪いだのと、答えのない喧嘩ほど虚しいものはない。くだらないことだ、そんなことのために体力を消費するべきではない。
見える範囲に食料はない。体力は奪われる。唯一、本物の砂漠のイメージのように、太陽が照っていないのが救いだろうか。
「……そうですね。すみません、ちょっとどうしたらいいかわからなくて」
「ま、そうだろうな。お前みたいなガキにゃ酷な状況だったかもしれん」
しょぼんとするリーラに、ソラは軽くため息。彼女を誘拐したことを今さら後悔しているわけではない、が、彼女の年代ならばこのような状況では混乱するのも当然だ。
ここは、自分が大人としての対応を見せて……
「子供、って……私、子供じゃないです!」
しかしそこへ、リーラから訂正が入る。子供ではない、それは譲れないとばかりに。
「あん? 確かにいい身体してるが……」
「ど、どこを見ているんですか!」
「どうにもガキくせぇっていうか……」
リーラのプロポーションはドレスを着ていてもわかるほどに素晴らしい。出ているところは出て、締まっているところは締まっている、実に男好みなスタイルだろう。
ソラの一人の男として、なかなかに目を引かれるものがある。だが、どうしてかソラの男としての部分が反応しない。
「心臓にグッと来ねぇんだよな……俺ぁ年上好きだしな」
「ソラ様の好みは知りませんが……私は、今年で十五です! 私の国では、十五で成人と呼ばれるんですよ!」
むふん、と豊かな胸を張り、自分は大人だと告げるリーラ。なるほど、リーラの国では十五から成人となる……今年で十五のリーラは、ならばもう大人だと言ってもおかしくはないが……
「知るか! 俺の国じゃ十五はまだまだガキなんだよ! 第一、俺より五つも下なら立派にガキだろ!」
「が、こ、子供じゃないです!」
子供じゃないとムキになる時点で、子供なんだが……その言葉は、しまっておいた。またも脱線した話で時間を無駄にするのも、もったいない。
言い合いも早々に、「行くぞ」と声をかけ、ソラは進む。リーラは不服そうであるが、その後ろをついていく。このような砂漠に、終わりはあるのだろうか。
……そう考えたのも、少しの間のこと。視界の先に、見えてきたのだ……ぼんやりとではあるが、人が住んでいると思われるほど、大きな地帯が。




