前編
覚えて下さっている方、お久しぶりです。
ようやく少し戻って参りました。リハビリもかねての久々のモブ王子、お楽しみ頂ければ幸いです。
「ベアトリス、そっちに行ったわよ!」
「分かっているわ、キャロライン! 今度こそ確実に仕留める!」
目の前のモンスターを仕留めながら叫ぶ聖女キャロラインの声に、公爵令嬢であるベアトリスは優雅に舞うように剣を振るう。
「ジョニー、危ないからこちらへおいで」
「お任せください! ジョニー兄上にはかすり傷一つ負わせません!」
「ジョニー兄さま、危ないから僕の後ろにいてねー」
にこやかに自分を引き寄せる長兄、アレクシス。自分の目の前に立つ二人の弟、レイナルドとラファエル。
ズシン、とオレ達に襲い掛かって来た最後のモンスターの体が地面へ沈んだ。
最後の一体を仕留めたベアトリスが、剣から血を振り払いながら、隣を歩くキャロラインと軽く拳をぶつけ合う。
「さっきのフォロー助かりましたわ」
「こっちも助かったわ。ありがとう」
そう言って軽く笑い合った二人は、次いでこちらを冷たい眼差しで見つめた。
「王子共、使えねぇ…」
ご、ごめんなさい。使えない王子で。
★ ★ ★ ★ ★
オレの名前はジョニー。とある王国の第二王子だ。
そんなオレには秘密があった。
実は―――オレには前世の記憶がある。
どうやらオレは転生者という奴らしい。
残念ながら、これは良くある話みたいだ。
身近な例で言えば、聖女キャロライン。彼女も又、転生者―――しかも前世のオレの姪っ子だった『明音』だったりする。血の繋がりはなかったけれど、オレにとっては大切な家族だった。
オレの前世はごく平凡な四十間近のおっさんだった。名前は正一。
強面なせいか結婚もせず彼女もいない寂しい独り身だったけど、家族や友人には恵まれた。
そんなオレが生まれ変わったのが『異世界』。しかも、似合わない事に王子様だったりする。
生まれ変わっても家族に恵まれたオレは、平凡だけど幸せに暮らしていた。
――――魔族による侵略が始まるまでは。
明音が教えてくれたんだ。この世界が『乙女ゲーム』を基に作られている事を。
そして、本来ならば名もなき第二王子であるオレの死が全ての始まりである『筈だった』事。―――その運命を大切な人達が変えてくれた事。
平凡なオレを愛し、慈しんでくれた家族達のお陰で、オレは今もこうして生きている。
この世界に生まれ育って十七年。
オレが生き残った事で様々な変化はあったようだが、ようやくゲームはスタートし、オレ達は魔族の進行を止める為に魔王討伐へと旅立つ事になった。
討伐メンバーは、聖女であるキャロライン(転生したオレの元姪っ子の明音)。
国一番の剣士であるレイナルド(第三王子。今のオレの一つ下の弟)。
国一番の魔法使いであるラファエル(第四王子。今のオレの一番下の弟)。
剣も魔法もオールマイティーにこなすアレクシス(第一王子。オレの兄)。
同じく魔法剣士としての素養が高いベアトリス(オレの従姉妹姫で、婚約者の公爵令嬢)。
最後がオレ。特に秀でた所がない、飯当番担当のジョニー(一応第二王子)。
…うん。言いたい事は分かるよ。
何で戦力外のオレがここにいるのかって事だよな。更に言えば、王国の跡取りが全員来ちゃってる事だよな。オレもおかしいとは思ってるんだよ。
元々は聖女である明音とレイナルドとラファエルだけの筈だった。
だけど、明音がどうしても戦力外のオレを連れて行くって言いだして、そうしたら心配したアレクシスとベアトリスまでついてきてしまったんだよな。
結局、六人で旅立ったのはいいんだけど、ここで問題が起きている。
「うん、皆がジョニー王子を守りたい気持ちは凄く分かるよ? でもさぁ、だからってメインの戦闘が女二人、ジョニー王子の護衛が男三人って配分おかしいでしょ?」
「そ、そうだよな。ゴメン、オレが足手纏いだから…」
呆れたようにそう言う明音に項垂れた。
明音のいう事は全く持ってその通りだ。何故なら、現在、魔王軍の下っ端であるモンスター達が出てくる度に戦ってくれているのは明音(聖女キャロライン)とベアトリス(公爵令嬢)なのだ。他の戦闘要員であるオレの兄弟たちは、何故かオレを守る為に戦闘中はオレの傍を離れない。
明らかにおかしいとはオレも気付いていた。そもそも戦えないオレは戦闘時には隠れている予定だったんだから。
「ジョニー様は悪くありませんわ! 悪いのは他の方々です! 何故、私がメインで戦闘しなくてはいけませんの? 私はジョニー様の護衛で来ましたのに!」
プンプン怒るベアトリスに、アレクシスはニコニコと笑いながら言う。
「私はジョニーを守るために来たのだから、ジョニー以外は対象外だよ」
「あ、アレク兄さん…」
そんな笑顔で言い切らなくても。
オレが顔を引き攣らせると、さっさとアレクシスの説得を諦めたベアトリスは矛先をレイナルドとラファエルに変更した。
「アレクシス様は、まぁいいですわ。どうせ言っても聞きませんもの。けれど、レイナルドとラファエルは元々魔王討伐の為に来ている筈。貴方達が先頭に立つべきではなくて?」
「確かに僕たちはその為に来た。だが、ベアトリス。よく考えてみて欲しい」
「何をですの?」
ベアトリスが軽く睨めば、レイナルドは真顔で言う。
「―――ジョニー兄上以上に守るべきものはあるのか?」
「う…っ、せ、正論は卑怯ですわ!」
「いやいや、正論じゃないからね!?」
ベアトリスが丸め込まれそうなので、慌てて飛び出した。
「レイナルドもラファエルもオレの事を思ってくれているのは嬉しい。けど、出来ればお前たちも戦ってくれないか? 戦えないオレがお願いするのは心苦しいけれど…頼む」
「そんな! ジョニー兄上、顔を上げて下さい!」
「ジョニー兄様がそう言うならやるけどー。でも僕、ジョニー兄様の傍にいたいなー」
「くっ、ラファエル! 我が儘を言うな! その気持ちは僕も同じだ!」
「私もですわ!」
「私はジョニー以外守らないよ」
あっという間にカオスへと変わる。
薄々気づいていたけれど、兄弟と婚約者の愛が重い。
元々過保護な所はあったが、旅に出てから何故かそれが一気に加速している。
ご飯を作れば、座る場所で争い(オレの横がいいらしい)、夜休む時も寝る場所争いが勃発しているのだ(オレの横がいいらしい)。結局、籤で順番を決めて交互にすることで、何とか喧嘩を回避した(何故か明音も参加していた)。
皆の気持ちは嬉しいが、これではオレは文字通りお荷物だ。只でさえ、戦闘ではほとんど役に立たないというのに。
オレがガックリと肩を落としていると明音が苦笑を浮かべた。
「正兄ちゃん、愛されてるねぇ。でも正直、このままじゃちょっと面倒なんだよね。戦闘にも時間が掛かって、旅も進まないし」
「うう…明音、すまん」
「いやいや。私も皆と気持ちは同じだから。仕方ないから、戦闘要員増やそうか」
「え」
あっけらかんと明音はそういう。
オレはよく分からずに首を傾げた。
戦闘要員を増やす。それが出来れば一番いいと思う。実際にこれから戦いは厳しくなるばかりだろうし、助けがあるなら有難い。
戦闘要員を増やす一般的な方法としては、国から援軍を頼んだり、傭兵を雇ったり、護衛を冒険者に依頼する方法などがある。
しかし、魔王と戦うとなるとそこらの戦士では歯が立たない。
「…えっと、どうやって増やすんだ?」
オレが困惑しながら尋ねれば、明音はニヤリと笑った。
「隠しキャラを使うんだよ」
★ ★ ★ ★ ★
明音の案内でオレ達は街道を離れ、木々が生い茂る森の中を進む。
道なき道をある程度進んだところで、小休憩を取った。
「どこを目指しているんだ?」
オレが夜食に作ったおにぎりを奪い合う兄弟達と婚約者を横目にオレが聞けば、明音はおにぎりを頬張りながら森の更に奥を指さした。
「もう少し奥だよ。そこに行くと隠しキャラに会える場所があるの」
「その隠しキャラってなんだ?」
「裏の攻略対象兼、サポートキャラだよ。『剣士』か『魔導士』のどっちかがいるの。レイナルドと一緒に旅立った時は、魔法の補助員として『魔導士』、ラファエルと旅立った時は接近戦補助員として『剣士』、アレクシスの場合はランダムになるんだ」
「…全員いる時は?」
「いや、普通はそんなパターンないから。分からないけど、多分ランダムになるんじゃないかな?」
「………死んでる筈の第二王子もいる時は?」
「完全に想定外だけど、まぁ、何かいるでしょ。誰もいなくても経験値がおいしい中ボスがいるから無駄じゃないしね」
「ちょっと待って。中ボス?」
「うん」
「まだ、旅立って三日しか経ってないけど?」
「でも、レベル的には余裕でしょ。聖女が捕まって皆で助けるって内容のイベントだけど、簡単に捕まる気はないし、寧ろ逆に捻るし。そうそう、相手は触手を持ってる植物系モンスターだよ。物理攻撃も有効だけど、触手を切ると毒が飛び散るから気を付けないとね。やっぱり炎で一撃の方が確実だよねぇ」
モグモグ食べながら、過激な事を言う聖女。
「中ボス…って、割と強い奴じゃないか…?」
オレは、明音たちがサクサク倒しているモンスターですら太刀打ちできないのに、その何倍も強いボスの所へ行くの?
オレは顔を引き攣らせながら、嫌な予感に目を閉じた。
★ ★ ★ ★ ★
「予感的中ぅぅぅぅ―――――っっ!!?」
「ジョニー!」
「ジョニー様!」
「正兄ちゃん!」
「ジョニー兄上、今、お助けします!」
「駄目だよ、レイナルド兄様! 触手を切ったら毒が出てジョニー兄様に掛かるよ!」
嫌な予感が的中して、まんまと触手モンスターに捕まったのはオレだった。
聖女が捕まるって話だったから、明音の方ばかり警戒していたら、あっという間に捕まっていたのだ。ああ、足手纏い…!
「炎で焼きますわ…!」
「やめろ、ベアトリス! ジョニーが火傷したらどうする!?」
ベアトリスが焦った顔で詠唱しようとするのを、アレクシスが止める。
「構わない! 皆、全力で戦ってくれ! オレに構わなくていいから…!」
「何言ってんの正兄ちゃん! 構うに決まってるでしょ!」
「ジョニー兄様ごと攻撃とか! 僕には無理だよ!」
「くそっ! ジョニー兄上に何かあったらと思うと攻撃できない! 捕まったのがアレクシス兄上なら出来るのに…!」
「レイナルド、今はジョニーの救出が最優先だから目を瞑るけど、後で裏に来なさい!」
ああ、愛が重すぎる事がこんな弊害を生み出してしまったのか。
オープニングでは回避できたけど、遂にゲーム通りになってしまうのかもしれない。『次回、ジョニー死す』になってしまうのか。
足を掴まれ、宙づりで逆さに吊り下げられて頭に血が上っているのも、その状態でブラブラ振り回されているのも地味に辛い。気持ち悪い、頭が痛い。後、掴まれてる足も千切れそう。明音、これ絶対余裕じゃないだろ。
「ああ、もう駄、目……」
「ジョニィィィィィ…っ…!!」
誰かの悲痛な叫び声を聞きながら、意識を手放そうとした瞬間、掴まれていた足の拘束が緩み、体が力強い腕で支えられる。
「え」
驚いて目を開けば、見知らぬ男がオレを腕に抱えたまま、魔法を打ち出した所だった。
一部に赤いメッシュが入っている逆立った短い黒髪に、藍と翠の色の違う目。
あっという間にモンスターを撃破したその男は、軽やかに地面に着地して、オレを見た。
整った容姿で優し気に微笑みを浮かべた顔が、オレを見た瞬間、怪訝そうなものへと変わる。
「………誰?」
「嘘でしょ…」
お互いの言葉が被つと同時に、明音の驚いた声が落ちた。
「超激レア出現確率百万分の一の隠しキャラ――――『黒髪の勇者』が出るなんて」
とりあえず、隠しキャライベントは起きたらしい。
【続く】
後編も頑張ります。