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ということで翌日午後に瀧上神社を再訪したのだが……違和感が拭えない状況に巻き込まれてしまった。
昨日の討滅の名残なのか忌々しい雰囲気を流水が一生懸命浄化している最中なのに4人の子供達が集まっていた。
夜中の墓場並みに不気味な雰囲気が漂っているのだが、彼らは平然としていた。
話しかけた結果、昨日の禰宜は不在で受け答えをしてくれたのは田村家縁の少女らしかった。
境内に仙台藩主の歌碑もあったので伊達家と縁の神社というのは間違いないらしい。
しかしどうみても昨日、魔が出没してあたり一帯が危険になった場所とは感じられないと、いうか
滝壺の水底にとんでもないものでも潜んでいるような、やばい予感がする。
とりあえず尻舐め恵比寿の情報があれば提供してほしい旨を書いた名刺を置くと、三嶋神社に向かってウラカンを走らせた。
高速道に入ってすぐにメールが届いた。
昭光からだ。
三嶋神社の沸くポイントの地図が添付されていた。
代わりに子供らのことは内密にと書いてあった。
これで確信できた。彼らは式童子として育てられている子供らだ。
言うなればマトリのエリート、最高の教育と装備を与えられ、通常では歯も立たない強力な魔を討滅することを期待して育てられている存在である。
正直羨ましいかどうかは微妙なところではある。私もマトリになったのは師匠に拾われたからに過ぎない。
マトリを使命として考えてはいないし、今やっているのも運と流れによるものだ。
ただ、魔に殺される時に後悔しないように、可能な限りいい装備と知識を揃えておきたい。
ただそれだけだ。
今の相棒は「朝霧寂光」と名付けられた木刀だ。
法隆寺の心柱改修のときに特別に切り出された8本の木刀の一つ、594年に伐採された木材から作られた木刀は、並みの魔なら剃刀のように切り裂く存在力を秘めている。
これより上の法具となると御物か天下五剣に匹敵するものになるだろうが、ほぼ入手は不可能だ。
「朝霧寂光」ですら信じられない幸運で手に入れたものだ。
だが昨日の出現のときの衝撃は「朝霧寂光」に慈救呪を載せても切り裂けるかどうか疑問がのこる程の濃さを感じた。
今まで感じたほどのない恐怖、それを実戦訓練の一言で済ませる状況。
たぶん一瞬で相手を消滅させないと自分の勝機が消える緊張感に耐えられる子供ら……異常だ。
どんな育ち方を強いられたのだろう?
そんなことを考えるうちに三嶋神社に着いていた。
すぐ横に太平洋に面した小山の頂上にある神社だ。
麓の鳥居から山頂に向かって急な階段が伸びている。
いっそすがすがしいほど真っ直ぐに本殿に向かって階段が伸びていて、参道としてこれ以上ないほど簡素な造りになっている。
これでいて南北朝から続く神社なので参道の両側に聳える御神木のトンネルは厳かな雰囲気を醸しだしている。
ウラカンAVIOを鳥居に沿うように停めスマホを起動する。
ガルウイングドアを跳ね上げながら左手で木刀ケースから「朝霧寂光」を引き抜くと参道の階段を上り始める。
ウラカンの車載カメラがスマホの位置を自動追尾で撮影を始めた。
対象は参殿横の夫婦神宮と呼ばれるVの字に根元でつながった御神木付近に発生するらしい。
そもそも魔というものがどんな姿なのか見た人間は殆どいない。
見た場合には殆ど殺される、そして姿も行動能力も時間と共に変化するので、退治目的のとき以外は見ても意味はない。
魔そのものが異空間が動いているようなものだから、透過した風景が歪む程度の見え方しかしない程度には見辛い。
普段はそのおかげで一般人が余計な被害にあわずに済んでいるのだが退治の時には視覚的にはっきりさせた方が有利なので外観を浮き出させる方法を使うことになる。
右手に「朝霧寂光」左手に香炉をもって一直線の階段を上っていく。
幸いにして風はほとんど無い。
たまに緩やかに煙が斜めに揺らぐ程度で、最高の条件だ。
40m以上の高さの高さがある階段も一段だと15cm程度。
300段程ある階段を上っていくと、昭光から情報を受けた顕現地点、夫婦明神の御神木が夜空に陰を延ばしてした。
周りに注意しながら300段を上るのに10分程かかっている。
階段を上りきると直ぐに左手に御神木が立っていた。
左手の持った香炉の煙が夜空に立ち上っていく途中で何かがぶつかった。
煙は揺らぎながら、その何かに纏いつく。
それを見た瞬間に香炉を地面に置くなり、不動明王中呪、慈救呪を唱えながら「朝霧寂光」で切り裂く。
「ノウマク サマンダバザラダン センダマカロシャダ ソワタヤウン タラタ カン マン」
(遍満する金剛部諸尊に礼したてまつる。暴悪なる大忿怒尊よ。砕破したまえ。忿怒したまえ。 害障を破摧したまえ。ハーン・マーン)
しかし、なにも無いはずの場所なのに進んでつれ重くなる抵抗に、それ以上木刀が進むのを止められてしまった。
「サラバタタギャテイビャク サラバボッケイビャク サラバタタラタ センダマカロシャダ ケン ギャキギャキ サラバビキンナンウン タラタ カンマン(全方位の一切如来に礼したてまつる。一切時一切処に残害破障したまえ。 最悪大忿怒尊よ。カン。一切障難を滅尽に滅尽したまえ。フーン。残害破障したまえ。ハーン。マーン。)」
不動明王 大呪 火界呪を唱えながら木刀にまとわり付いてくるコールタールを焼き切るイメージをぶつけることで徐々にだが再び木刀が動き始める。
そして一点で抵抗が消えて木刀が軽やかに振り切られる。
その瞬間に夜の闇を打ち消すように、米俵に乗った恵比寿様の像が一瞬だけ空中に浮かび上がった。
その後も木刀に何かが巻き付いたように何となく違和感がある。
なんとなく違和感、そうとしか言えないのが今回の戦いの跡だった。
今までの中で一番変でそうしか呼べない状態になっていた。
視覚に変化はないし、木を叩けばコーンという音が響いている。
それなのに触ると見えない丸太が木刀に巻き付いたような?不思議な感触になっている。
たぶんこれがさっき切った魔の残り滓。
しばらく法隆寺に預け、忌みを浄化してもらわないと使いものに戻らない。
またお布施が……
とりあえずウラカンのNAVIを操作してカメラの映像をネット経由で送る。
すぐに任務終了の返答が帰ってきて、郵貯に7000万円振り込まれたメッセージが届いた。
いつも通りにテキストだけでの最小限の報告事項だ。
ひとまず今回の任務は終わり、まっすぐ法隆寺にむかったあとはスィーツでも食べにいこうか。
とりあえず、ここまで