クール義妹は私が寝てる時だけデレる
五作目
脊髄に身を任せ二時間くらいで書き上げました。定期的にこういうの書かないと死ぬので許してください。
「姉さん、部屋汚い」
「あはは、ごめんごめん」
私の部屋に入るなり閉口一番、義妹である小鳥遊 雫は冷たい声音と共にベッドに転がって漫画を読んでいた私へと突き刺さるような視線を向けた。
私はいきなりの厳しい物言いに苦笑するが、部屋が汚いのは事実なので素直に謝る。漫画を置いて、雫へと向くといつも通りに不機嫌そうな表情を作っていた。
大きな瞳に高い鼻筋とぷっくりとした薄紅の唇を付与された小顔は間違いなく端正で、セミロングの黒髪を視線に合わせて揺らすと良い匂いがするような錯覚を覚える。
着ているのは制服だが、それでも凹凸をしっかり感じさせつつ、太いと思わせない素晴らしいボディライン。
しかしながら、無表情と冷淡を性格のベースにしている雫はまさにクール美少女といった具合。学校でも【氷姫】なんて呼ばれていて、知らない人間は数少ない。
「なんでこんなに散らかるの。馬鹿なの」
「ごめんって。でも手伝ってくれるんだね、ありがとう」
「少女漫画目当て。自分の利のためだから、勘違いしないで」
「はいはい」
なら少女漫画だけ自室に持っていけば良いのでは?という突っ込みは置いておいて、私は雫と共に部屋を片す。
雫のテキパキとしたお片付けスキルによって、あっというまに部屋は小綺麗になる。これには、流石私の義妹と唸るしか無い。
「はい、終わり。次は無いから」
「ありがとう雫!神様、仏様、氷姫様!」
「変な手を煩わせないでよ。ちゃんと次から自分でやって」
「雫は冷たいなぁ…昔はお姉ちゃーん!なんて言って抱き着いてきてたのに」
「いつの話。あんなの黒歴史」
昔、家族が増えるなんていう一大事に、義妹を心配させまいと全力でお姉ちゃんをした結果、めちゃくちゃ懐かれた時期があった。思春期に突入するにつれてなりを潜めたが。
その話を持ち出すと雫は露骨に表情を歪ませる。彼女としても持ち出して欲しくない話のようだ。思春期ってのはままならない。
「ほれほれ、昔のように抱き着いてらっしゃいよ。お姉ちゃんが受け止めてあげよう」
「馬鹿なの?」
「もー、つれないなぁ。雫はもう少し素直さってのを獲得すべきだよ」
「……私には無縁」
雫は無愛想な返事だけを返して棚から漫画を手に取ると、壁にもたれながら座りこむ。読んでいるのは少女漫画なのだが、クールな雫が読書する様は絵になっていて姉ながら関心するものがある。
それを見て同時にーーー私は【欲】を抑えきれなくなってきた。
先までの会話でも散々、無表情、無愛想を貫いていた雫。それを見ていると、どうしてもその【欲】が沸き起こってしまう。
最近は少しばかりやり過ぎている気もするが、この欲望を抑えきれそうにない。私は雫に気付かれないように悪戯に口角を釣り上げると、なんとなしにベッドへと寝転がる。
「ちょっと昨日夜更かししすぎたから寝るね。三十分後くらいに起こしてよ」
「……ん」
私は雫にそう言い残して目を瞑る。雫は相変わらずの無愛想な返事だけを返して、少女漫画のページを目で追い続けている。
その後も変化はない。私が眠り、雫は読書で、部屋には静寂が流れる。
しかし、私がベッドに入ってから五分、静けさを打ち破るのは雫の冷たさの残る一言だった。
「起きてる?」
私は眠っているため、返事をしない。まあ、狸寝入りな訳だが、ここで返事をしてしまうと折角の好機が台無しになってしまうので、すやすやと寝息を立てるフリだけして黙っておく。
すると、吊り下げた釣り針に獲物がかかった。狸寝入りがバレないように薄らと目を開くと、雫はきょろきょろと挙動不審に視線を彷徨わせてから、忍び足で眠る私へと近付いてくる。
そして、私の前に立つとスマホを取り出して何度か操作。その後に、ゆっくりと私へと顔を近づけてくる。
冷たくてスベスベな雫の頬が当たると同時に、流石に距離が近過ぎて薄目がバレそうなので目を瞑ると、そのあとにかしゃりと写真を撮った音がした。
柔らかな頬の感触が消えたため、私は薄く目を見開いた。
「……えへへ、ツーショット」
すると、だらし無く顔を綻ばせている雫の姿が目に映る。ほんのりと顔を赤らめて、スマホを操作する。大事に保存したのか、小さく胸でガッツポーズを取った。
その後、ご機嫌そうに鼻歌を歌ってから、もう一度スマホを確かめて「えへへ」と子供のように表情をたわませる。
それを見た私は雫のギャップに完全にノックアウトされる。しかし、オリハルコンの精神で悶絶を防いだ。もし雫に狸寝入りがバレれば、今後もデレデレ雫ちゃんを楽しむ事が出来なくなってしまうのだ。
そう、私が抱える【欲】であり、雫の秘密はこのデレデレモード雫ちゃんのことである。
実は雫は未だに超の付くほどのお姉ちゃんっ子だ。
思春期に突入して甘えてばかりいるのが恥ずかしくなったのか、蓋をするように雫は冷淡な仮面を被った。しかし、本質ではまだまだ甘えたがりで、今か今かとバレないように甘えられるタイミングを見計らっている。
発動条件は私が気付かないタイミングであり、かつ二人きりの時という貴重な場面のみ。しかし、その場面においては雫は普段のクールはどこへやらのデレデレモードと化すのである。
ある時これを知った私は狸寝入りを行使。今や雫のデレデレを堪能するために常習犯となっていた。可愛い義妹を騙しているのには心が痛むが、やめられない止まらない。某えびせんもびっくりの中毒性である。
(さあ、今日も存分に堪能させてもらうよ!げへへ…)
私は内に秘めたる親父を心の中で全開にしながら、薄めで雫の動向を見守る。
「お、起きてる?」
勿論、返事はしない。すると、雫は大好きなお姉ちゃんが起きてないという事実にやんわりと口角を釣り上げた後に、私の手へと触れた。
そして、私を起こさないようにかゆっくりゆっくりと手を持ち上げて、ぽすん、と自分の頭の上に置く。
「お姉ちゃんの手すっごい好き。こうやって動かして……なでなで……えへへ。昔みたいに一杯してもらいたいけど…むり、恥ずかしい。うぅ…素直になりたいよ」
(……………)
雫プロ、二手で私の心臓へ王手。
私は心の中でヴォエ…なんていう許容限界を超えた尊さによる汚い咳をつきながら、なんとか耐える。耐えなければこのじれじれとした奇跡の距離感を失ってしまうのだ。それだけは避けたかった。
雫はしばらく私の手を使ったセルフ撫で撫でを堪能した後に、そっと同じ場所へと手を戻した。
「起きてる?」
そして、恒例の確認。私は当然スルーだ。まだまだいける。
雫はまだ行けることにご満悦の表情を作り出す。そして、頬を薔薇色に染めながら小さく小さく呟くようにその言葉を放った。
「おねーちゃん、だいすき!えへへ、好きって言っちゃった。いっつも抑えてる分、開放感が凄い。もっと言っちゃおうかな…」
突然の告白。その後にも何度も「好き」「大好き」「いっぱい好き」なんて言葉を誰にも聞こえないような小さな声で言い続ける。その度に頬を緩ませて、ご機嫌そうだった。
しかし、そんな幸せそうな雫とは裏腹に私は既に限界値寸前である。今すぐ起き上がって「お前の事が好きだったんだよ!」と叫び出したい。
しかし、我慢しているだけでは体に悪いのも確かだ。
なので、私はここで一つ切り札を使う事にした。
「んん……わた、しも……」
「………………!」
雫はサッと顔を青ざめさせてから、飛び退くように私から離れる。しかし、私が変わらず目を瞑った演技をしつつ、寝息を立てるフリを続けていると、雫は胸を撫で下ろしていた。
そして同時に、私が言った言葉を頭の中で反芻したのか両頬に手を当てた。
「私もって……両想い……えへへ」
自分で言って照れ臭かったのか、耳まで真っ赤にする雫。しっかりカウンターまでかまされて私のライフはもうゼロに近いが、もう少しだけ踏ん張ってみることにする。
「……そういえば」
雫は先までと打って変わって、冷え込んだ声を出す。私まで思わず背筋が凍る冷たい声で何事かと思うと、雫は徐に私の通学鞄へと近寄っていくと中を開いた。
「……お姉ちゃん、モテるから。ちゃんと見ておかないと。私のお姉ちゃんを取るような輩は許さない」
無表情の中から、さらに感情が抜けたような虚ろな瞳で通学鞄を探る雫。私のお姉ちゃん、なんて嬉しいなぁ。因みに、この行動に出る事は予測済みなのでラブレターの類は全て捨ててきた。すまねぇ、男子達よ。義妹観察の糧となってくれ。
「……よし、無い」
いかがわしいものが無く、満足そうに頷いた後に、雫は再び私の方へと舞い戻ってくる。と、同時に視線を彷徨わせて時計を確認。私が目を瞑ってから、二十分ほどが経過していた。
「あと、二つくらい…」
雫は名残惜しそうに瞳に影を落とす。しかし、悩んでいる暇すら惜しいと考えたのかすぐさま行動に移した。
「起きてる?」
確認には勿論、無反応。すると雫は、少しばかり躊躇うように体を固めるも、意を決したのか私の眠るベッドへと入ってくる。
そして、そーっと私の隣へと横たわる。動き過ぎると起こしてしまうと懸念しているのか動きが硬いが、無事私の横に着地すると緊張を解いてにへらと表情を緩ませた。
「えへへ、添い寝…お姉ちゃんの匂いがする…」
すんすん、と鼻を動かして私の香りを堪能する雫。
しばらくそうしていたが、遂に我慢が効かなくなったらしい。雫は私の方へと体を向けると、紅潮してとろんとした瞳のままにそっと体を寄せてきた。そして、恐る恐るといった具合に私の体へと手を回した。
「お姉ちゃん、ぎゅー…!」
そして、柔らかな体を私に思いっきり押し付けてから包み込む手に力を入れた。普通なら起きているほどに圧迫感がある。雫も興奮でタガが外れているのか、いつもより激しく体を押し付けてくる。
私はまだ起きない。いや、やっぱり起き上がって襲いかかりたい。
しかし、我慢だ。こんなデレデレ雫を見られるのはこの関係の時だけだ。もし今起き上がれば、雫はこれから先ずっと警戒を解かずに私に甘えてくることはなくなるだろう。
だから、絶対に屈しない。この距離を保つ為に私はーーー
「お、お姉ちゃん……ちゅー!」
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
しかし、混乱する脳に変わって唇は恐ろしく柔らかな感触を捉える。その瞬間、私を縛っていた理性の鎖が全てパキンと音を立てて崩れ散った。
あっ、これ、無理だわ。
いよいよ堪えきれなくなって私は、ぱちっと目を見開いた。
「………へ?」
何が起こったか分からないーーーそんな事を言いたさげに雫は唇を離すと目を丸くした。
私はゆらり、と幽鬼のように雫の肩を掴む。これをすればデレデレ雫ちゃんを堪能出来なくなってしまうが、もう、限界だった。
「今まで、全部見てたよ?」
「……………………」
氷姫は私の言葉に本当に氷のように固まった。しかし、みるみるうちに熟れた果実のように顔を真っ赤にしていって、無事氷解。
「ば、ばかぁ……」
やっとこさで飛び出した言葉は、か細い最後の抵抗のようなもののみ。私はもう堪えきれなくなって、雫へと思いっきり抱き着いた。
***
「あはは、ごめんって」
「許さない。絶対に許さない。末代まで祟る」
「同じ系譜じゃん」
未だにほんのりと顔を赤く染めながら、雫は私に後ろから抱かれたまま頭を撫でられていた。台詞自体は物騒だが、声音はとろけていてなされるがままにされてしまっている。
「ま、これで雫も私に思いっきり甘えられて良いじゃん。私も思いっきり雫を甘やかせるし」
「うるさい、馬鹿」
魅力的な提案をしてみるが一蹴される。ぐむむ、多少は改善されたが台詞が無愛想ガールなのは変わっていない。どこまでも素直になれない雫に悪戯がしたくなってみて、私はにたりと笑んだ。
「でもさぁ、ハグとかキスとか。いくら興奮しちゃったからって流石に不用意すぎじゃない?どんだけ私のこと好きなの?」
「……気付かれたかったから」
「………はい?」
「うるさい!馬鹿!死ね!」
衝撃の告白をした後に、雫は遂にキャパオーバーしたのか私の懐から逃げ出して、部屋から飛び出していく。そして、となりの雫の部屋が勢いよく締められる音を聞き届けた。
……とりあえず私は、スマホの検索画面に「同性」「結婚」「義妹」と打ち込むのだった。
お読み頂きありがとうございました!
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