第二章 逃がすつもりはないと言った。たとえ君を閉じ込めることになったとしても離すつもりは毛頭ない 02
「殿下、殿下……。もう離してください。もう逃げないから、それにここにいる理由もきちんと話すから」
そうして、ようやく腕の中から解放されたが、スイーティオは体を寄せて、密着した状態でニコニコしながら言った。
「わかった。レンの話を聞く。でも、レンの事が大好きだからくっつくのはやめない」
恥ずかしいことを恥ずかしげもなく宣言するスイーティオに顔を赤らめてコクリと頷いてからレインは自分の考えをポツポツと話し始めた。
「もしかすると、セレン兄様の日記に書いてあるかも知れないけど……。この呪いは、魔力量の多い人で容姿の美しい人を呪うものなの。だから、魔力を無くせば効果は薄くなると思って、ここに来る前に魔力が空になるまで魔術を使い続けようとしたの。結果を言うと、魔力が無くなるくらいの魔法を使うことが出来なかったの。大きな術式を発動すれば、魔物が影響を受けてしまう可能性もあったから、怖くて大きな術を使えなかったの。かと言って、通常の魔術だけでは、私の魔力は全く減らなかったの……。そこで、自分に呪いをかけることを思いついたの」
そこまで大人しく聞いていたスイーティオは、レインの両腕を掴んで自分に向き直させて言った。
「馬鹿なことをするな。自分を呪うなんて。俺がそんな事許さない!」
強く掴まれた腕が痛みを訴えたが、それはスイーティオがレインを真剣に心配する気持ちなのだと分かっていたので、されるがままにしていた。しかし、向かいに座るイクストバルは違った。
「おい、殿下。お嬢さんの腕が潰れるぞ」
そう言って、スイーティオを諌めた。言われたスイーティオは慌てて手の力を緩めたが、自分を呪うなどというショックなことを言われたため、完全に手を離すことが出来なかった。
手を離してしまうことが怖かったのだ。
それに気が付いたレインは、優しくスイーティオの手を握って言った。
「私がしようとしていたのは、呪い返し。私達家族が転移した先の日本というところに伝わる、魔術とは違った系統の術。でも、術式は大分似ていたから応用ができると考えて私は母様にも内緒で術の勉強をしていたの。でも、もしかすると母様は気が付いていたかも知れない……。それで、こっちに来て最初は迷ったけど、殿下の気持ちを聞いて、恥ずかしさから逃げてしまったけど、私も……、その、で、で、ででで、ん……、その、つまり、呪いをなんとかしようと決めたの。だから、逃げ出した後に、魔力をどうにか出来ないとわかった時点で、呪い返しをしようと考えたの。それで術の構築をするため、人里離れたこの森に拠点を作って研究をしようと、数日前に森に入ったという訳です……」
そこまで聞いたスイーティオは、肝心なところを濁して言われたことに、ご機嫌を斜めにしていた。
何故か機嫌が悪くなってしまったスイーティオに慌てたレインは、泣きそうな気持ちでスイーティオの服の袖を掴んで心細そうな弱々しい声音で問いかけた。
「殿下?もしかして、私のこの気持は迷惑でしたか?殿下の優しさに甘えてばかりの私に呆れてしまいましたか?」
小さな手が自分の服の袖を弱々しく握りしめて、震えながらも一生懸命になるレインを見たスイーティオは震えた。
(何だこの可愛い生き物は!!可愛い可愛い!!俺の嫁は世界一かわいい!!)
デレデレし始めたスイーティオに気が付いたイクストバルは冷静な声でレインに言った。
「お嬢さん、大丈夫ですよ。こいつは、お嬢さんにはっきり口に出して好意を伝えてほしくて膨れていただけです。今は、お嬢さんの可愛さに回復しているので問題ないです。それで、術式は完成したんですか?」
ちっ、余計なことをといった表情をしたスイーティオだったが、レインに関する大事な話のため気を取り直してレインの答えを待った。
「はい。でも、これは賭けです。母様と私が調べた結果から、魔女の嫉妬は効果値が決まっているみたいで……。例えば、この世界に呪いの対象が、複数いればその分呪いの力は分散されます。今回の呪い返しは最大値の呪いを返さないと意味がないんです」
レインの話を聞いたスイーティオは厳しい表情になって眉間に皺を寄せながら言った。
「つまり、他に呪いを受けているものがいた場合、呪い返しは失敗するということだな……。レンが魔女の嫉妬を100%受けている状態でないといけないと……」
「はい。以前よりも強く呪われていることは分かるのですが、この状態が100%なのかどうか……」
そう言って、悩みだしたレインを見てスイーティオとイクストバルは顔を見合わせてから同時に言った。
「レンの母君がいない以上今現在、この世界で一番美しくて莫大な魔力を持っているのはレンだけだ」
「グレイス様がいない以上、この世界で最も美しく、強大な魔力を持っているのはお嬢さんだけだと思うぞ」
二人に同時に言われて、仮面の下の瞳をパチクリと瞬いたレインは確かにそうだと考えた。
「そうですね。確かに、母様並みの魔力となるとそうはいないかも……。よし、覚悟は決めたよ。術式を起動することに決めたよ」
そう言って、覚悟を決めたレインは善は急げとばかりに、リビングの横にある扉に消えていった。
リビングに残された二人は顔を見合わせた。先に口を開いたのはイクストバルだった。
「いいのか?お嬢さんを止めなくて?大丈夫だとは思うけど術が失敗した場合はどうするんだ?」
「レンのあの感じは、言っても聞かないよ。もし失敗するようなことがあったら、俺もその失敗を受け持つ。二人だったら、死なない程度に緩和されるだろう?」
「おまっ!!そんな事陛下達は許さないぞ」
「俺は、自分の運命の人ともう離れないと誓ったんだ。お前には悪いと思うが、万が一の場合は頼んだぞ」
真剣な親友のその表情に、「こいつも言ったら聞かないやつだった」と言って、苦笑いを浮かべてからその頼みを受け入れる覚悟を決めた。
二人の覚悟が決まった頃に、レインは隣の部屋から出てきた。
その姿を見たスイーティオは、目の前に座る親友に目潰しをした。
イクストバルは「目がーー!!」と言って、ソファーを転げ回った。
それを気にもとめずに、薄情な親友は愛するレインに一瞬で距離を詰めて自分の羽織っていたマントを羽織らせた。
動揺しながら初めて見る、レインの生足にゴクリと唾を飲んだ。今まで幾人もの女性の裸も見てきているスイーティオだったが、大好きで仕方ない、愛するレインの肌は別だった。
レインは、シーツを体に巻き付けただけの無防備な姿だった。
シーツの下には下着も着けていないのではないかと考えたスイーティオは、自然と薄いシーツの下の裸体を想像して危うく鼻血を吹くところだったが、レインの恐恐とした声音にそれをぐっと堪えることに成功した。
「殿下……。その、術は生まれたままの姿で行う必要があって……。なので、術式を発動している間は、絶対に私を見ないでください!!絶対ですよ!!本当は、一人になってからの方がいいとは思ったんですが、殿下が近くにいてくれると思うと勇気が湧いてくるんです……。だから、私の近くにいてほしいんです!でも、こっちは絶対に見ないでくださいね!!」
初めて、愛しいレインから側にいてほしいと言われてスイーティオは舞い上がった。目潰しをした親友のことも忘れて、天にも昇る気持ちになった。
そして、本心もポロっと出た。
「無理だ!!直ぐ側で、可愛いレンが生まれたままの姿でいるというのに、見ないでいられるものか!!」
その発言を聞いたイクストバルは、地面に突っ伏しながら弱々しい声で言った。
「おっ、お前のその清々しいまでの欲望に溢れた言葉……、男として尊敬する……」
そう言ってから、自分のマントに包まって扉の方を向いて回復した目をまた潰されないようにと、目を固く瞑った。
スイーティオは、親友の心遣いに感謝をしながらレインに向き直り真剣な表情で言った。
「俺は見届ける。もし、術が失敗するようなことがあれば、俺も術の失敗を一緒に被る。だから、側でお前の全てを見届けさせてくれ」
そう言って、レインとしっかりと視線を合わせた。
レインは、「仕方ない人。私も殿下には甘々なのも悪いのかな……」と小声で呟いた後に、スイーティオの胸を押して距離を取った後に、仮面を外して8年前に一度きり見せた素顔を晒した。
周囲の者はその時、オークのようだと騒いでいたがスイーティオは、レインの神秘的な紫色の瞳に心を奪われていたのだ。
今も、不安そうなその瞳に浮かぶ涙を吸い取り口づけをしたいと考えていた。
しかし、それを実行することは出来なかった。
仮面を外したレインは、纏っていたシーツも取り去り生まれたままの姿になった。その瞬間、部屋全体が強い光に包まれたのだ。
強すぎる光に目を開けていられずに、キツく瞼を閉じた。
瞼越しでも感じる光の洪水に、レインのことが心配になり必死に手を伸ばした。
伸ばした手は空を切り、何も掴むことは出来なかった。
どのくらいの時間が経ったのだろうか。次第に、光は薄まりスイーティオは瞼を震わせながら瞳を開いた。
そこには、燐光を纏う美しい少女が涙に濡れた瞳でスイーティオを見つめている姿があった。
涙に濡れた美しい紫色の瞳に吸い寄せられるようにスイーティオは美しい少女に近づいた。
小さな、珊瑚のような色の可愛らしい唇は笑みをたたえていた。
先程は空を切ったその両手は、今度こそ愛しい人を抱きしめることが出来たのだ。
腕の中で、微笑むレインの額に自分の額をくっつけてスイーティオは極上の蕩けるような微笑みを浮かべていた。
「ティオ様……。呪い返しは成功しました。これで、この世界に撒かれた、魔女の嫉妬は完全になくなりました……。なんだか、術が成功してホッとしたのか、一気に疲れました……、少し眠っても……、いいですか?」
そう言って、愛しい少女はスイーティオの腕の中で静かに眠りについた。
安らかな寝息を立てる、レインに堪らず口づける。
頬に、額に、鼻先にと、丁寧にガラス細工にでも触れるかのような繊細さで、次に唇にと思ったところで、後ろからチョップが飛んできた。
「痴漢め、お嬢さんが寝ていることをいいことに好き放題して……。疲れているようだし、ベッドで寝かせてやれ」
顔を背けたままのイクストバルはそう言って、寝室と思われる部屋の扉を指さした。
それを見たスイーティオは、苦笑いを浮かべてから素直に従った。
次にレインが目を覚ましたときには一緒に、国に帰り自分の嫁だと国中のものに自慢ができると、可愛い寝顔を見ながらニヤつくスイーティオだった。
次話で完結です。お付き合いいただきありがとうございました。




