第二章 逃がすつもりはないと言った。たとえ君を閉じ込めることになったとしても離すつもりは毛頭ない 01
レインが煙のように姿を消してから二週間が経った。
折角この手で捕まえたと思った途端にまたしても、この手をするりと離れていった愛しい人のことを考えながらも、苛ついた様子を隠そうともせずにスイーティオは魔物討伐に出かけていた。
最近は、魔物が凶暴化して普通の兵士では討伐は困難になっていた。
しかし、剣の腕はこの国で一二を争うほどの腕前を持つスイーティオには造作も無いことだった。
討伐に同行しているのは、腕の立つ騎士のみ。下手に騎士を連れて足手まといになるのはゴメンだと、少数精鋭での討伐だった。
今回同行を許しているのは、水龍騎士団の副団長で悪友のイクストバル・ハートライン。伯爵家の当主ではあるが、領地を姉夫婦に任せて騎士として王家に仕えている。
イクストバルは今回の討伐に乗り気ではなかった。その理由はスイーティオの荒れ方にあった。
「殿下……。好きな女性にまたしても逃げられたからって、また魔物討伐で発散するのか?今度こそドラゴンは絶滅するな……。逃げられたなら、殿下のその恐ろしい執念で追いかければいいだろうが?」
ため息を吐きながら、逃げられたと連発するイクストバルに青筋を浮かべた表情で馬上からドスの利いた声で言い放った。
「俺は別に逃げられたわけではない……。レンは散歩に出かけただけだ……。逃げられてないからな!!」
「そうか、そうか。行方を眩ませるのが散歩とは……」
「うざい!!憐れむな!!お前こそ、そろそろ婚約者でも作って落ち着け!!お前がいつまでも婚約者を作らないから、俺とデキてるとか噂されて、迷惑なんだよ!!」
「俺も、お前との仲を噂されるのは迷惑なんだよ!!お前こそ、早く結婚しろ!!俺は、運命の人と結ばれるんだから、焦らずに探すんだよ!!」
そう言って、言い合いながらも二人は馬を走らせた。
アメジシスト王国には、初めて会った時にこの人だと分かる【運命の人】という迷信じみたものがあった。
建国時に、人と精霊が交わったことが始まりのこの国では、王族はもちろんのこと、貴族や一般市民に至るまで、少しでも精霊の血が混じった者は、運命の出会いに逆らえないという言い伝えがあった。
実際に、出会った瞬間に恋に落ち一生を添い遂げる夫婦も確かにいた。これが、運命の人なのかは当人同士しかわからないが、その二人を引き離そうとしても、運命のなせる業なのか、その二人は導かれるように互いに惹かれ合い恋に落ちるのだ。
そして、【運命の人】の迷信を信じ、自分の相手を探す者もいた。それが、スイーティオの悪友のイクストバルだった。
イクストバルは、スイーティオがレインと出会いレインが運命の人なのだと自慢した時、「俺も運命の人と出会って、その人と一生を添い遂げるんだ!!」と言って、周囲が勧める婚約者を断りづづけていたのだ。
イクストバルがその運命の人と出会うのはまた別の話であった。
こうして、何時もながらの言い合いをしているうちに、最近魔物が活発化し始めたという森までたどり着いた。
近隣の村に一旦寄ってから、情報収集をしたところ、最近怪しげな魔法使いが森に入ってなにかしているという話も出てきた。
それを聞いたスイーティオとイクストバルは、魔物退治の他に怪しげな魔法使いの調査も請け負ってから、森に入っていった。
森に入ってしばらくしたところで、村で聞いた魔法使いについてイクストバルが意見を求めてきた。
「怪しげな魔法使いねぇ?どう思う?」
「ふむ。もしかすると、魔物の死体を使って何かの儀式でもしていたりしてな」
二人は、そんな事を言いつつ森を進んでいった。
しかし、不思議なことに魔物に一切遭遇しなかったのだ。
二人はますます、魔法使いがなにかしているのではと疑いを深めた。
森に入ってから、どれ程経ったのだろうか、そろそろ一旦引き返そうと踵を返した時、視界に違和感を感じた。
スイーティオは、イクストバルを振り返ると、彼も異変を感じたようで周囲を警戒していたのがわかった。
「おい、殿下。なんか可怪しくないか?何が可怪しいのかはわからないが……」
「ああ、俺も違和感を感じた。イクスもそう思うなら、間違いないだろう。周辺を探るぞ」
そう言って、周囲を探るも違和感の正体を見つけることが出来なかった。
諦めて一旦戻ろうとした時、前方から気配を感じた二人は草むらに潜り、気配を消して様子をうかがった。
草の間から、前方の気配に集中しているとローブ姿の何者かが現れた。随分と小柄な人影を見て、スイーティオは、隣で慌てるイクストバルの制止を振り切り駆け出した。
そして、驚く小さな人影に飛びつきキツく抱擁した。
「会いたかった!!好きだ!好きだ好きだ!!」
驚き、唖然とするイクストバルは頭をかきながらも草むらから這い出て、好き好きと暴走を始める悪友にチョップした。
「おい、お嬢さんが困っている。いい加減にしなさい」
「おい……。俺は、第二王子なんだぞ?気安くチョップするな……」
そう言いながらも、腕の中で藻掻く小柄なローブの人物を離すことはなかった。
小柄なローブの人物は、小さな声で訴えた。
「もう……、離してください……!!」
「やだね。また逃げられたら堪らない」
そう言って、一層強く抱きしめた。
「逃げませんから……。だから、せめてセーフハウスに入らせてください……!!」
そう言ってから、小柄なローブの人物は何らかの魔術を発動させたのか、突然目の前に一軒の家が現れて、その家に入るように促してきた。
スイーティオとイクストバルは促されるまま目の前の家に入った。
そこは、外から見たよりも広い作りの家だった。
玄関の先に、リビングと竃のついたキッチンが見えた。
珍しそうに、家の中を見回していたイクストバルだったが、隣のスイーティオが小柄なローブの人物にまた飛びつかないように抑えることはやめなかった。
家の中に入った二人に、リビングにあるソファーに座るように勧めた後に、キッチンでお茶とお菓子を用意して二人の座るソファーとは反対側に座ってから深く被っていたローブのフードを取った。
そこには、昔スイーティオが贈った仮面を着けた愛しい少女がいた。
レインは、自分の家だと言うのに居心地が悪そうな様子で二人の様子を窺ってきた。
スイーティオは、途端に機嫌を良くしてレインの座るソファーに移動した。
レインは、諦めたように座る位置をずらして、スイーティオが座れるようにスペースを作った。
それを見ていたイクストバルはため息を吐きながら思った。
(この二人はどうしてこんなにも想い合っているのに、くっつかないんだ?それが不思議でならない?)
イクストバルは、レインが消える前、スイーティオが足繁く公爵家に通っていた時に、護衛として付き従っていたのだ。
その時から、イクストバルから見ても、二人は両思いなはずなのに、お互いの気持ちが全然伝わっていないことにモヤモヤとしていたのだ。
しかし、今の二人は以前と違って少しお互いの心の距離が近くなっているように感じて、静かに見守ることに決めたのだ。
決めたのは良かったが、5年越しの再会と二週間ほどの別れから、スイーティオは馬鹿になっていた。
いつもは、仏頂面で近付く者皆切り伏せると言わんばかりの雰囲気を纏っているスイーティオだったが、今は5年前にも見たことのないような、デレッデレのひどい顔だった。
親友としての欲目抜きにしても、酷いデレ顔だった。
イクストバルは思った。
(人間は、本当に好きな人を前にすると、酷いデレ顔になるんだな。鼻の下が伸びている今の顔を他の人間に言ってもきっと信じてくれないだろう……。いや、陛下なら信じてくれるかも……。しかし、イケメンが台無しだな……)
そんなことを思っていると、レインが口を開いた。
「殿下……。ごめんなさい。でも、信じられなかったの。殿下が私のことを好きって言ってくれたことが……。だって、私はこんな醜い容姿だし、怖くて確認していないけど5年前よりも酷くなっているのが分かるの……。そんな、醜い私が殿下の側にいたら、殿下が周りの人に悪く言われるかも知れないと思うと怖いの。私は、私が悪く言われるより、殿下が悪く言われることの方が嫌なの!!」
5年前とは打って変わって、自分の気持を素直に話してくれるレインにスイーティオは感動して話の途中にも関わらず抱きしめた。
腕の中にある、確かな温もりに体中が歓喜した。もう絶対に離してやるものかと。
そして、5年前よりも柔らかい膨らみに、鼻の下を伸ばしてデレッとした表情になる。
抱きしめられていたレインはその、だらしないデレ顔に気が付かなかったが、向かい側のソファーに座るイクストバルはバッチリ見てしまったのだ。
そして、「嫌なものを見てしまった……」と小声で言ってから、顔を背けた。武士の情けならぬ、騎士の情けだった。
いつまでも抱きしめられることに焦ったレインは、スイーティオの背を叩いて離してくれるように訴えた。
「殿下、殿下……。もう離してください。もう逃げないから、それにここにいる理由もきちんと話すから」