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人形使いは再び極める  作者: 二一京日
幼少編
9/33

9 大賢者、決意する

 鬼はキッと人形ではなく、その後ろのアッシュを睨みつけると、今度はアッシュに向かって飛び込んできた。ただ、その速度は先ほどよりも遅い。大怪我を回復させたため、その分体力が落ちているのだろう。鬼の速度に目が慣れてきたアッシュは、慌てることなく人形を割り込ませた。


 鬼の姿が人形で見えづらくなるが、そこは鬼の持つ魔素の動きと気配で何とかする。


(左か!)


 鬼が人形の左側を抜けようとしていることを察知し、アッシュは人形で回し蹴りをし、ちょうど抜けようとしていた鬼に直撃し、胴体を真っ二つにした。鬼の二つの体が宙を舞っていく。その様子を、アッシュは驚きの表情で見ていた。


 確かにアダマンタイトは強力だし、速度も鬼と比べてそん色ないものだった。だが、ここまでの威力が出るとは思っていなかった。自分たちが苦戦した相手が、人形一体にここまで一方的にやられているという事実に、作った本人であるアッシュですらも呆気に取られた。


「嘘でしょ……ここまでとは、さすがに……」


 アダマンタイトであることに拘っておいて、アダマンタイトであることを無意識に忘れていた。

 アッシュはすぐにハッとすると、人形を動かして、鬼へと接近した。反撃されるかもしれないという警戒もあり、ゆっくりとだった。しかし、鬼は何もすることはなく、天を見上げて地面に転がっていた。


 そして、人形で貫手を放っても、鬼は動くことなく甘んじてそれを受けていた。人形の力が強すぎて、鬼だけでなく地面までも貫いていたが、やりすぎな分には問題ない。


「これで」

「…………イタ……タ」

「え?」


 ここまで一度も声を発していなかった鬼から声が聞こえた。

 アッシュは身構え、いつでも人形を動かせるようにする。しかし、人形の手はすでに鬼の心臓を貫いている。他に気になることは鬼の下半身だが、アッシュが横眼で見る限り、動く気配も再生する様子もない。


「モット……」


 アッシュは慎重に近づいて、鬼の声に耳を傾ける。


「モット、クイタイ」

「なっ!?」


 鬼の言葉を聞いてアッシュは息を呑んだ。最初で最後に聞く言葉にしては不穏すぎる。


「モットモットモットモットモットモットモットモットモット」


 少しも声に抑揚がないまま何度も繰り返すことに、気味悪さしか感じない。

 しかし、そんなことを言っても鬼はもうどうすることもできず、次第にその体が塵へと変わっていき、不穏な言葉を発し続けたまま消えていった。


「ふうっ、何とかなったか。最後が不気味だけど……まぁ、今はいいか。リーシャ、終わった、よ……」


 鬼を倒した安堵があって、そのままリーシャの方へと振り向くと、先ほどと何一つ変わらず、苦しそうなリーシャの姿が見えた。

 その瞬間、アッシュは人形の操作を手放して、リーシャの元へと走っていた。


「リーシャ!」


 見てみると、先ほどリーシャが灯していた緑色の光は完全に消えている。だが、傷が治っていないのは一目瞭然で、変わらず胸に穴が開いたままだ。


「《エクスヒーリング》!」


 アッシュは何とか右腕をリーシャの方へと向け、魔法を放つ。辺り一帯を白い光が包み込み、傷を癒していく。その魔法にアッシュはありったけの魔素を込めている。リーシャの傷が塞がることを願いながら、ただでさえ減っていた魔素を急激に消費していく。

 すると、アッシュの全身に激痛が走り、魔法が強制的に止まってしまった。アッシュの体が、これ以上魔素を消費するのを恐れ、無意識に魔法をキャンセルしてしまったのだ。


「《エクスヒーリング》!《エクスヒーリング》!」


 魔法を発動しようと何度も叫ぶが、体内の魔素が圧倒的に不足しているので発動しない。

 自分の中の魔素が足りないなら、大気中の魔素を使おうと考えるが、今までできていなかったことがここでできることもなく、大気中の魔素は虚しく反応しない。


「ア……シュ、君……」

「リーシャ!どうしたの、これ!何で直せてないの!どうして!」


 アッシュは責めるような言い方になってしまっていることに気付いていたが、どうしても止められなかった。そんなアッシュに、リーシャはぎこちなく笑みを浮かべる。


「これは……無理……。せい、ぜい……死ぬまでの……時間が……伸びる、だけ……」


 苦しそうに言葉を紡いでいくリーシャを見て、アッシュは顔を歪める。必死に堪えなければ、涙が流れてしまいそうになる。


「ご……めん、ね……」

「何で謝るの!そんな必要はないのに!」

「不甲斐ない……私で……ごめんね。君の……目の前で死ぬ……ことになっちゃって、ごめん、ね」

「そんなの……そんなの……」


 そんなことはない、謝る必要はない、と繰り返すことはできなかった。死ぬなんて言わないで、死なせない、と言葉で言うだけならできる。だが、その言葉には責任を取れない。死んでいくのは事実で、そんなリーシャを死なさないようにはできない。そのことが、アッシュにはできない。今できるのは、精々リーシャの言葉を聞いてやることだけ。そうして、リーシャのしたいようにしてやることだけだ。


 たとえ前世が大賢者でも、今はただの無力な子供でしかない。魔法を極めたと言って自惚れて、次の時代では何をやろうかと考えていた。その出だしで、自分の無力さを実感してしまった。こんな無力さを実感し、悔やむために転生したわけではない。こんな絶望は味わいたくなかった。


「ごめん、ね。あの時、にげ、て。ひ、とりに、して……ごめん……」

「……別に、いいよ。結局戻って来てくれた。僕はそれだけで、良い」

「……これまでも、たくさん、ごめんが……あった……。全部、ごめんね」

「いいよ。いいんだよ。そんなことは」

「たった、一カ月、だ、けど……たのし、か、たよ」


 アッシュの脳裏にこれまでの一カ月が浮かんできた。リーシャに出会わなければ、隠れ家にずっと籠って人形と向き合うだけのさびしい日々だっただろう。それがアッシュ自身も驚くほどに、この一カ月の記憶は明るく鮮やかだった。


「僕も、楽しかった……」


 そうはっきりと言い切ることができた。何も嘘はなく、真実の言葉だ。しかし、その楽しいという言葉が、これほど悲しく感じてしまうとは、アッシュは想像していなかった。


「アッシュ君……これまでの、たくさんのごめん、たくさんの、たのし、かった……たくさんの……たくさんの色々……全部、ありがとね」


 リーシャは精一杯の笑顔をアッシュに向ける。苦しい顔よりも、悲しい顔よりも、笑顔の方が死ぬときは良い。確かにそうだ。しかし、その顔が最もアッシュの心に深く突き刺さる。悲しみも、感謝も、自分がよく分からなくなるくらい感情が荒れていた。


「ありがとう……アッシュ君。大好きだよ……」

「僕もだ!僕も、リーシャのことが大好きだ!」


 アッシュの言葉にリーシャは答えるだけの力は残っておらず、ただ微笑んだだけだった。そして、リーシャの全身から力が抜けた。

 この時、アッシュはリーシャが死んでしまったことを理解した。生きていた時のリーシャと比べて、今地面で寝ているリーシャは何かが足りないと思った。それだけで、アッシュは現状が理解できた。


「……………………あああああああああ!」


 いきなり叫んだアッシュだが、自分の内側をさらけ出さなくてはどうにかなってしまいそうだった。今日何度も叫んだが、これほど自分自身が込められた叫びはなかった。


「死ぬ気でやっても、本当に死んだら駄目じゃないか!」


 叫んだことで、アッシュの中で溢れるものがあり、堪えていた涙が一気にあふれ出してきた。


「帰ったらやりたいことはたくさんあったんだ!あったんだよ!それなのに!こんなことで、こんなところで!ふざけんなぁ!!」


 罵倒したのは、運命と自分自身。なぜこんなところで鬼に出会ってしまったのか。なぜ自分には力が足りなかったのか。そして、なぜ間に合わなかったのか。


 全て自分が悪いと思うのは、酷く傲慢なことだとアッシュは分かっている。だが、そうでもしなければ一体どうやって嘆けばいいのか分からない。そして、実際にアッシュにもっと力があればリーシャは死ななかった。どうしようもない仮定だが、一つの真実なのは間違いない。


「くそっ!くそっ!僕が……。僕が……。そもそも、この人形が間に合わないから!間に合っていたこんなことにはなってないんだよ!!このクソ人形が!!」


 人形に当たっても仕方がない。それを頭の片隅で理解しても、責めずにはいられない。人形を作ったのも、操ったのも、全てアッシュなのだから、その責任の全てはアッシュにある。だが、何か別の物に責任をなすりつけないとダメになりそうだった。


「ああああああ!!!!!」


 そうして、アッシュはずっと叫び続けた。

 その後、リーシャの死体は動物たちに食われないように、土の深くに埋めて埋葬した。しばらく休めば魔素も戻って来たため、作業はすべて魔法でできた。


 そして、折れた右腕は魔法で治し、左腕の傷口も塞ぎ、さらに作りためておいたアダマンタイトを義手にし、見た目を人のそれと全く同じにした。服も魔法で直し、見た目は完璧に屋敷を出た時まったく同じし、この日のことは誰にもバレることはなかった。


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