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人形使いは再び極める  作者: 二一京日
幼少編
6/33

6 大賢者、鬼と交戦する

 鬼は魔物と定義されるが、厳密には少し違う。確かに人間を食うが、人間に対してのみ敵対しているわけではない。鬼にとって人間も魔物も同じ食糧でしかなく、鬼は人間にも魔物にも嫌われている。

 だが、人間からしたら、鬼も他の魔物と変わらない。鬼と魔物の争いは、人間にとっては魔物同士の同士討ちにしか見えない。


 鬼がなぜ人も魔物もくらう理由は、鬼が根本的に生物としての格が違うからだ。前世の頃よりもはるか昔、人と神の間に生まれた子供、それが最初の鬼と言われている。他の鬼も同じような生まれ方かはアッシュも知り得ないが、それでも神に連なるものと考えても仕方ない。


(ていうか、神云々以前に、これだけの存在感を持つ奴がまともな生まれ方をしているとは思えないしな)


 アッシュは目の前の鬼に注意を向けつつも、頭の中でどうやって切り抜けられるかを考え続ける。アッシュ自身もそうだが、リーシャも鬼のことを恐れてしまっている。


「この森は魔物が少ない安全な森のはずなのに、どうしてこんな……。鬼、だっけ?」


 リーシャがそう尋ねると、アッシュは苦笑いしつつ答えた。


「そうそう、鬼だよ。僕の出会いたくない存在でも上位に食い込むヤバい奴」

「そんなのがどうしてこんなところに……」

「それは僕も聞きたいけど……話が聞けそうにないな」


 アッシュたちに向けて鬼は相変わらず殺気を放ち続けているが、その一方で存在が少し希薄なようにアッシュは感じた。


(これ、もしかして……。やっぱり、体内の魔素量が極端に少ない。大分消耗しているのか)


 アッシュが感じ取れる鬼の魔素は想定よりもはるかに少ない。それなのに放たれる殺気はどんどんでかくなっていく。


「どこか消耗しているみたいだけど……明らかにまずいよ。たぶん僕たちのことを捕食対象としてしか見てない」

「それは……まぁ、あの目を見ればそうだろうね」


 鬼は恐ろしい形相でアッシュたちを見ていた。

 そして、一度立ち止まると、次の瞬間一気にアッシュたちの方へ突進してきた。


「《ウィンドブロウ》!」

「え?キャッ!」


 アッシュは咄嗟にリーシャを魔法で飛ばし、自分はその反対側に飛んで鬼の突進を躱した。鬼は再び森の茂みへと潜ってしまったが、それで諦めていないのは分かった。


(見るより先に反応してたけど、いくら何でも速すぎるでしょ)


 リーシャは後ろに下がって再び距離を取ったが、アッシュはそこまで下がることなくリーシャの前に出ていた。


「ちょっ、アッシュ君!?」

「リーシャはそのまま鬼を仕留めることに集中して。僕は前であいつを止める」

「そんな!?危険だよ!」

「いや、二人ともが距離を取ったままの方が危ないでしょ。大丈夫、死ぬ気でやるけど死ぬつもりはない」

「……分かった。気を付けて」


 アッシュはリーシャに頷くと、鬼の方へと視線を戻した。

 気配はいまだに途切れていないが、茂みからは姿を見せない。


(おそらく、次も突進してくる。衰弱してるから、単純な行動をするくらいしかできないのか。なら、まだやりようはあるか)


 アッシュは元々かけていた身体強化を重ね掛けする。


「《パワーアップ》、《エクスチャージ》、《トランスゼロ》」


 前二つの魔法でパワーを上げ、最後の一つは集中力を上げて、視覚や聴覚、身体能力を上げ、痛覚を軽減させる。全部重ね掛けするとさすがに体がきしむような感覚にアッシュは顔をしかめた。


 だが、死ぬ気でやると言った以上これくらいは我慢しなくてはならないし、今更この程度でどうにかなるほど柔な人生を送ってはいない


「さてさて、一体どの程度動けるかな」


 アッシュが構えると、そこに向かって茂みから鬼が飛び出してきた。しかも、真正面。横に回る可能性も考えていたアッシュだったが、そこまでできる思考力が残っていないと理解した。

 だが、どれだけ消耗していても鬼は鬼。その身体能力は尋常ではない。


 鬼がアッシュの心臓に向けて貫手を放つ。鬼の鋭い爪がきらりと光るのが見え、アッシュは何とかその攻撃を逸らす。

 しかし、速すぎる貫手はアッシュの肩をかすめ、服は破け、皮膚には切り傷ができてしまった。


 《トランスゼロ》のおかげで痛みはほとんど感じないため、何も支障はない。だが、その速さに慣れなければすぐにやられる、とアッシュは理解した。


 鬼の攻撃はそれにとどまらず、両手で無数の貫手を放つ。

 その全てをアッシュは何とか逸らすが、逸らすだけで精一杯。しかも、それは完全に防ぎきることはできず、ほんの一瞬で全身に切り傷ができてしまう。


(速いな、これは。転生してからこれほどの敵と相対することはなかったから、だいぶ感覚が鈍ってるのもあるが……にしても、さすがは鬼と言ったところか)


 鬼が攻撃を続ける中、アッシュは段々と感覚を掴みつつあった。攻撃を鋭いが、やはり単調であるため、目も次第に慣れてくる。


 それに、時々いいタイミングでリーシャの援護が入る。精霊魔法によって強化した矢は、アッシュのギリギリを通るが、アッシュにはそこに恐怖は感じない。

 リーシャの腕はよく知っているし、この局面で外すかもしれないなどと思っていては目の前の鬼に対処できない。


(それに何より、リーシャにミスされるよりも、目の前の鬼の方が怖かったりする)


 アッシュは一瞬笑みを浮かべるが、すぐに気を引き締め直して鬼の攻撃を捌く。アッシュはまだ反撃できないし、リーシャの矢も鬼には当たっていないが、アッシュは出ごたえを感じ始めていた。


(よし、これなら……)


 アッシュは次に来た貫田を逸らし、そして掴む。鬼はそれに驚いた表情をし、動きを一瞬止めた。その瞬間、アッシュは鬼の右腕を折ると、続けて顎を蹴り上げて宙に浮かせる。

 そのタイミングに合わせるように、アッシュの後ろから矢が一度に何本も放たれ、鬼の体に命中する。


「やった!」


 リーシャが喜びの声を上げ、アッシュは少し微笑むが、事がそう単純なことではないと分かっているアッシュは鬼を注視する。

 矢を受けた鬼が地面に落ちると、すぐにそれは起きた。


 アッシュが折った右腕は一瞬で元に戻り、体に刺さった矢は再生する肉に押し返されて抜けていった。


「う、そ……」

「やっぱり再生能力があったか……これはもう、心臓を狙うくらいしか方法はないかな」


 再び起き上がってきた鬼はまたしてもアッシュに突進する。アッシュは意識を集中させて鬼の攻撃に備えようと鬼の動きを見た。


 しかし、攻撃してくると思っていた鬼が突然飛び上がり、アッシュの頭上を越えてきた。その行動にはっとしたアッシュは全力でリーシャの元へと跳ぶ。


 だが、鬼の方がリーシャに近い。リーシャも突然のことに驚いているが、矢をつがえて狙い、鬼に向かって放った。それで止まればいいのだが、そうはいかず、鬼は長い爪で矢を弾くと、リーシャが次の矢をつがえる隙に懐に入り込み、爪で切り裂いた。


「あぁぁぁっ!」

「リーシャ!」


 アッシュが鬼の後ろから殴りかかると、鬼は再び跳んで躱し、アッシュに貫手の連続を放つ。


「くそっ!」


 先ほど見え始めていた鬼の攻撃が、またしても対処できなくなってきていた。

 そんな自分に、アッシュは苦笑した。


(リーシャが傷ついたから、かな……)


 アッシュは後ろで魔素の動きを感じ取り、リーシャが傷を治しているのだろうことを察した。だが、パッと見た限りでもかなり傷は深く、短時間で塞がるようなものでもない。


「リーシャ、どのくらいで行ける?」

「あと五分、くらい」

「……そう」


 あと五分、という言葉をアッシュは自分の中で繰り返し、目の前の鬼を見る。その表情には、先ほどまでの苦しさとは別に、愉悦が混じっているのが見えた。


(まずいな、これは。五分持てばいいんだけど……)


 そう考えながら鬼の攻撃を捌いていると、突如横方向から強烈な一撃をもらい、アッシュの体は軽く飛び、地面を転がってしまう。


「いっ……つ……」


 アッシュは右腕に手を当てるが、ただ痛みがあるだけで、動かせそうにない。貫手の攻撃に集中しすぎて、鬼の蹴りに対応できなかった。


 アッシュは体を起こすと、嫌な予感がしてすぐに横に転がった。

 先ほどまでアッシュがいた場所を一筋の風が吹き抜け、地面や草木を切り裂いていった。


 転がった拍子に着いた右腕に痛みが走るが、アッシュは別のことに驚いていた。今の攻撃には一切魔素の動きはなかった。先頭に集中している今、敵の魔素の動きを捉えそこなうことはない。

 ということは、今の斬撃は魔法を使ったものではなく、ただ爪で切り裂いた風が飛んできただけなのだ。


(これ、さっきより強くなってないか?いや、力を取り戻してきてるのか?)


 アッシュは自分たちの状況を見て、鬼に目線を向ける。先ほどまでの苦しさなど感じさせないほどの気配。このまま五分経ってリーシャが回復しても、乗り切れる気がアッシュはしなかった。


「ヤバいな……。今の僕じゃ無理か……」


 立ち上がって鬼と向かい合うアッシュだが、今世最初の危機に焦っていた。


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