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人形使いは再び極める  作者: 二一京日
黒い霧編
32/33

22 人形使い、覆す

 アッシュが警戒していると、その予想通りに相手の体から黒い霧が滲みだしてきた。

 操られていた人形たちやナシュマンから溢れていたものよりも、より一層濃密な気配を発している。ただ目の前にいるだけでアッシュの頭の中では警鐘が鳴り響いている。


「リーシャ、気を付けて。簡単にどうにかできる相手じゃないよ」

「分かってる。今のは私も迂闊だった」


 アッシュはリーシャを覆う魔素の量を増やし、黒い霧に対する防御をする。それだけで足りるのかという不安はあるが、現状ではそれくらいしかできない。


「どうやらそちらはやる気のようですが、本当によろしいんですか?そちらの人形使いさんは大分お疲れのご様子。そんな状況で人形を扱えますかね」

「問題ないさ。リーシャは優秀だからね。全て僕がやらなくても、自分で何とかできるさ」


 アッシュはそう言うが、実際に大丈夫かとなると不安は残る。黒い霧自体が得体の知れないものであるから、どれだけ備えようが安心はできない。

 しかし、今ここで逃げることもできない以上、自分に言い聞かせる意味でも、大丈夫と言わなくてはならなかった。


「リーシャ、《アイソレーション》!」

「《アイソレーション》!」


 アッシュは先手を取るべく、リーシャに指示をする。《アイソレーション》なら、アッシュとリーシャ以外が魔素を使うことができなくなる。それは人形が相手なら、確実に動きを止めることができるものだ。

 だが、そう簡単にはいかなかった。


「嘘でしょ……」

「何で……」


 リーシャが《アイソレーション》を発動させても、相手は動きが止まることはなく、不敵な笑みを浮かべていた。

 《アイソレーション》は間違いなく発動している。そのため、アッシュとリーシャ以外の魔素は使用できない状態になっている。それでも、相手が動きを止めないということは、何かからくりがないとおかしい。


「魔素を防御しているのか、それとも魔素じゃなく別のエネルギーで動いているか」


 アッシュには黒い霧が人形を動かしているのではないか、という考えが浮かんでいた。ある意味、人形を動かすのは魔素というのが常識だが、常識が必ずしも正しいというわけではない。意思を持つというのが常識外れであるのと同じように、目の前の人形もまた常識外れなのだろう。


「まったく、勘弁してほしいな」

「同感ね」


 二人にとって、《アイソレーション》は切り札だ。それを最初から切ったわけだが、それが全く通じないとなると、これまでのようにはいかない。どう考えても、これまでの中で最悪と言ってもいい相手だ。

 しかし、だとしてもここで引くという選択肢はアッシュにもリーシャにもなかった。


「リーシャ、僕は援護するから」

「私が攻撃、だね。分かってる」

「そりゃ良かった」


 アッシュはアダマンタイトの結晶を取り出すと、武器をイメージして唱える。


「《ファーラ・イス》」


 試験の時にも使った砲撃用の武器を作り、リーシャへと渡すと、相手はそれを見て驚きの表情を浮かべていた。


「ほう、その場で武器を作るとは、素晴らしい技術ですね」

「そりゃどうも。褒められても全然嬉しくないけど」

「つれないですね」

「当たり前だろ」


 アッシュにとっては、相手はただ倒すだけの相手でしかない。どういった思惑があるかだとか、黒い霧の正体だとか。そんなことを気にしている場合ではない。得体が知れない以上、全力で倒しに行くしかない。


 ただ、アッシュに残っている魔素は心もとない。最初からリーシャに全力を出させてしまうと、すぐにアッシュ自身が倒れ、リーシャが万全に戦えなくなってしまう。アッシュからの魔素の供給がなくてもすぐに止まることはないが、動きは大分制限されてしまうだろう。


 だからこそ、魔素を使うタイミングは慎重に見定めなければならない。使うなら、勝負を決める時。


「リーシャ、速攻で終わらせる」

「元よりそのつもりっ!」


 そう言うと同時に、リーシャは相手へと一気に駆け出した。リーシャが主体とする戦い方は遠距離砲撃だが、如何せん威力が高く、周囲の建物に被害が出る可能性がある。高出力の砲撃はそう簡単には使えない。ただ、近接戦闘に向いている動きができるわけではなくとも、その体は最高の素材でできている。たとえどんな相手でも、対処は可能だ。


 リーシャが苛烈に攻撃を仕掛け、武器を振り回していくが、それらをことごとく躱して余裕の笑みを浮かべている。それに焦れたリーシャは、威力を絞って砲撃を放った。


「おっとと、危ない危ない」


 しかし、大規模な砲撃ではないため、容易に避けられてしまう。威力を絞ってコントロールを重視した攻撃ではあったが、そんな攻撃をこれまでリーシャはしたことはない。そういう細かいことはアッシュが担当してきた。そのため、制限された中での戦いは、リーシャはあまり得意ではない。


 だが、そのアッシュも簡単には動けない。今はリーシャを動かすのにも魔素を使っているため、魔素を使いながら魔素を回復させていかなくてはならない。そのため、碌にリーシャを援護することができない。


(リーシャに任せきりになるのが申し訳ないけど、こっちはこっちで魔素の回復に集中させてもらおうかな)


 もう一度鬼の力を使えばまた大量の魔素を得ることができるだろうが、アッシュはそれを最後の手段としておきたかった。どうしても、そのやり方が良いものだとは思えなかったのだ。魔素を得る代わりに、一体何を対価に払っているのか、気が気でなかった。


 もしかしたら、もう終わりかもしれない、などと思いたくないことも頭によぎる。そのたびに、どうにか鬼の力を使わずに済んでくれとアッシュはどこかに願いたくなる。しかし、そんなことは無意味だと自分自身で分かっていた。願ったところでどうにかなるのなら、誰だって不幸にはならないし、危機的状況には陥らない。結局、自分自身でどうにかする以外に方法はないのだから、願うことはアッシュが今すべきことではない。


(倒すか撃退する必要があるけど、その方法が限られてる。リーシャの砲撃か、僕の分解か。その二択なんだけど……どっちもギリギリだな。まだ手札が足りないんだ)


 アッシュが悩んでいる間もリーシャは戦い続けている。しかし、相手の動きはリーシャを上回っており、攻撃が当たる気配がない。幸いなことに相手はあまり反撃せずにリーシャとアッシュのことを観察しているだけのようだが、それがいつまで続くか分からない。もしかしたら、もう行動を起こすかもしれない。そうなる前に手を考えなくてはならない。


(くそっ……どうしても、手札が足りない。僕はほとんどの魔術の知識はあるけれど、前世の時のように何でもかんでもできるわけじゃない。人形使いの方に重きを置いていたから、それ以外のことは精々並みよりできる程度。リーシャも、攻撃手段が圧倒的に足りない。切り札の《アイソレーション》も意味を成さない)


 どんな相手でも《アイソレーション》を使えば、大抵は何とかなると思っていた。たとえそれが効かない相手であっても、リーシャの体の強度で負けることはないのだと思っていた。

 しかし、その思惑通りにはいかない。さすがに、このままでは負けるかもしれないとアッシュは薄々感じていた。


 アッシュが考えを巡らせていると、不意に体に痛みが走り、思考が中断された。外部からの痛みではなく、内側の痛みだ。おそらく、魔素を大量に使った後にまた魔素を使用したことで体にガタがきているのだろう。


「まったく、嫌なことは続くみたいだな。これだから人の体は脆いんだよ」


 この状態ではアッシュはロクに戦うことはできない。やはり、何か状況を打開する一手が必要だ。アッシュは必死に頭を回して考える。


 アッシュにできること、リーシャにできること。それらだけでどうにかして勝たなくてはならない。

 黒い霧などという良くないものを使う相手を、このまま放置するのは論外。そのために、足りないものを見つけなくてはならない。


 アッシュはかつては魔法を極めていたが、今のアッシュが同じようなことができるわけではない。あの時は知識もそうだが、体も完成されていた。今のアッシュとは雲泥の差だ。精々できるのは錬金を基本とした魔法の高速発動。転生したアッシュは、錬金方面の魔法に偏っているのだ。肉体の素質が少し偏るのは最初から狙い通りではあるが、偏り具合がアッシュの予想を超えていた。


 だからこそ、アッシュは最強の状態をイメージできているのに、その通りに体が動かず、魔法も使えないもどかしさに悔しさが溢れてくる。別に魔法の鍛錬を怠っていたわけではなかった。しかし、向き不向きの問題で、何でもできた転生前とは違って、得意なものと不得意なもので差が出てしまった。

 その結果、今こうして理想と現実が乖離して何もできなくなってしまっている。


 リーシャが何とか相手をしてくれているが、それもいつまで続くか分からない。アッシュは必死に打開策を考えていると、不意に背後で物音がした。

 まさかもう一人敵がいたのかと思い咄嗟に振り向くと、ナシュマンが体を起こしているところだった。


「ん?アッシュ、か?」


 その瞬間、アッシュはこれだと思った。

 安直で人任せな考えだが、そもそも人形使いなど人任せなのだ。今更もう一人に頼るくらいなら変わりはしない。


「ナシュマン、起きたばっかで悪いけど、手伝って」

「貴様、いくらなんでも急すぎ……と言いたいが、そうも言っていられないようだな」


 ナシュマンは、相手の人形とリーシャが戦っているのを見てすぐに表情を引き締めた。

すぐに立ち上がると、ナシュマンは少しふらついたが、それでも敵へと向かって歩いて行った。


「本気なのか」

「当たり前だろう。貴様もそのつもりだから、戦っているんだろう?」

「戦っている、ね」


 人形を戦わせて自分が何もできていない状況で、果たして戦っていると言えるのか、アッシュは分からなかった。

 しかし、ナシュマンはそんなことを気にする様子はなく、敵へと向かって行った。


「大丈夫なの?」

「大丈夫でなくても、やれるようにすればいい。それだけだ」

「マジか」


 アッシュはナシュマンの言葉に驚くと同時に呆れたが、今は戦力があるのはありがたいことだった。


「素手でやる?それとも武器があった方が良い?」

「あった方が良いな。出来るなら剣を二本」

「贅沢なことを言うね。《ファーラ・イス》」


 アダマンタイトを日本の剣へと錬成し、ナシュマンへと渡すと、彼はすぐに相手とリーシャの戦いの場へと乱入していった。


「まったく、次から次へと。ていうか、あの状態で良く動けるな」


 アッシュはそう感心したが、それはすぐにやめた。それは彼も必死なのだと気付いたからだ。辛くないわけがなく、今やっているように激しく動いて戦うなんて真似が今のナシュマンにそうそうできるわけがない。


「二人にばかり任せてはいられないか」


 どうすればいいのか、今はまだ分かってはいない。だが、分からないままでも、どうにかしなくてはいけないのなら、リーシャやナシュマンのように動いてみるしかない。


 周囲から魔素を取り込んで少しだけ魔素量は回復したが、それでも十分ではない。そんな状況だが、アッシュはうっすらと笑みを浮かべた。

 楽しいわけではない。嬉しいわけでもない。だが、なぜだか、今の苦しい状況が笑えてきたのだ。そして、どうにかして覆さなくては、と心に強く決めた。


「考える前に体を動かしてみるのも、悪くはないかな」


 魔素量は心もとないが、何もしないよりは断然マシだとアッシュは思った。

 前衛で戦っているのは、リーシャとナシュマン。ただ、リーシャは遠距離からの砲撃という手段も残っているので、純粋に近接戦闘のみを行うのはナシュマンだ。

 そのため、アッシュはナシュマンを中心とした戦い方にしようと決めた。そのことをリーシャにも伝えようとしたが、リーシャの動きを見るとアッシュと同じ考えのようで、伝える必要はなさそうだった。


 一つだけ懸念があったのは、ナシュマンがもう一度黒い霧に取り込まれるのではないか、ということだった。

 しかし、どうしてかナシュマンに黒い霧が入って行くようなことはなかった。相手が黒い霧を放出しないのか、それともナシュマンが黒い霧を受け付けなくなっているのかは分からなかったが、好都合だった。


 今の魔素量なら地面から錬成して援護するくらいなら問題なくできると、アッシュは感覚的に理解した。


「《ファーラ・イス》」


 地面に手を付けて唱えると、敵の足元から植物のツタのように何本も伸びて敵を捕まえ、そして動きを固めた。操作している最中は強度を自由に変えられるため柔軟に動かすことができるが、一度操作を手放すと元の地面に戻る。

 ただ、ツタのようにすると細くなるので強度は心もとない。少しくらい強化しても、すぐに破られるだろう。


 しかし、少しでも相手の気が逸れるのならそれで十分だった。


「失せろ!」


 相手の動きが止まった瞬間に、ナシュマンが超高速でアダマンタイトの剣で体をバラバラに切り裂いた。


「リーシャ!」

「分かってる!」


 アッシュが指示を出した時には、リーシャはもう砲撃の準備に入って魔素を一点に集中させていた。

 その砲撃が放たれるまでの一瞬、アッシュはバラバラにされた敵の体から発せられる黒い霧の中心を探し出す。


「これか!《ファーラ・イス》!」


 人形における核、普通なら魔素の集合体だが、今回は黒い霧の集合体。それを捕らえた。

 魔素に反発するというのなら、リーシャの砲撃で吹き飛ばせるはずだ。

 アッシュは核を捕らえるのと同時に、リーシャへ送る魔素量も増やして砲撃の威力を高めていく。自分の魔素が切れるそのギリギリを狙う。


「やれ、リーシャ!」

「了解!」


 アッシュが命令するのと同時に、リーシャは圧縮した魔素を砲撃として放った。それは周囲の被害を無視した暴力的な威力だった。アッシュが核を捕らえるために変形させた地面も、その威力を前にして根こそぎ削り取られていった。


 この攻撃もアッシュが設計したものだったが、実際に本気の威力を見るのはこれが初めてのことで、アッシュ自身もここまでのものとは思っていなかった。そのため、砲撃が止み、土煙が晴れて砲撃が通過した惨状を見たら、不思議と笑いがこみ上げてきた。


 砲撃をくらった相手の人形の体も核も跡形もなく消し飛んでいた。幸いなことに、砲撃は少し上向きに発射されていたようで、学院付近の建物には影響はないように見えた。


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