6 人形使い、観戦する
アッシュが試験会場に着いてから十分ほどで教師たちがきて、戦闘試験が始まった。
教師が来るまでの間、アッシュの連れているリーシャは目立つため、周囲からいろいろと変な目で見られたが、教師がきてからは不躾な視線はあまり送られてこない。この戦闘試験で結果を出すことを家から言われている人も多くいるだろう。どこかにいるであろうユリアも、間違いなくマーシュから受験生の中でトップの結果を出せ、とでも言われていることだろう。
だが、今回はユリアには申し訳ない、とアッシュは思う。人形使いとしての腕はアッシュよりもユリアの方が上だろうが、リーシャは負けないという自信はある。
それに、アッシュでなくとも、ナシュマンという超人がいる以上、トップの成績というのは難しいだろう。ただ、純粋な強さというよりも少し次元の違うイレギュラーなのは否定できない。
戦闘試験は二人一組の一対一で行い、対戦相手は学院側が決めた通りに行う。一度に四組の試合を行って進めていく。
そして、最初の四試合。その中にアッシュの名前はなく、他の呼ばれなかった受験生たちと同じように観覧席へと上がる。アッシュは人がまばらに集まっている集団の端っこに座り、これから試合をする受験生たちを見る。
「この試験で戦う、なんて都合の良い期待をしてはみたけど、現実はそう甘くはないね。お互いに」
アッシュに視界の先では、向かい合うナシュマンとユリアがいた。最初の四試合のうち、組み合わせの一つはナシュマンとユリアだ。
戦うことができなかったアッシュは少し残念そうにするが、同時にユリアに憐れむような視線を向ける。ユリアが実際に戦う所を見たことはなかったが、ハンスよりも強いという話は聞いたことがない。
昨日模擬戦したときのハンスが全力だったとは思えないが、ハンスの実力の高さはうかがい知ることができた。そのハンスでも、ナシュマンと戦って勝てるとは簡単には思えない。
(だけど……相性というのもあるからね。ハンスの人形は近接戦闘特化。ナシュマンとタイプが同じだから、檀淳に強さに影響する。だけど、もしユリアの人形がハンスのとは違ってナシュマンに対して相性のいいものだったら……そうなると、なかなか面白いものになりそうだな)
これから試合をするは人の中で、生身で戦うのナシュマンだけ。そして持っている長い棒を包む布を外すと、そこから大剣が現れた。ナシュマンの体格は一般的な十五歳の少年と変わらないように見えるが、普通はナシュマンの持つ大剣は扱えない。
だが、さすがの超人はその大剣を片手で軽々と持ってみせた。
「わお、予想してたとは言え、実際に見ると凄いな、これは」
一方、ユリアがトランクから出した人形は、ハンスの使っていた人形と比べると細く、小さい。身長は精々人より少し大きい程度。戦闘用としては小さい方だ。明らかに重さを軽減している。
「こっちもまた特徴的な人形だね。一体どんな戦い方をするのやら」
アッシュは人形の中の魔素を探知し、その核の属性を調べる。少し距離が離れていて掴みにくいが、うっすらと分かった。リーシャがエルフだったときに良く使っていた大気中の魔素に酷似していた。
「風属性か。汎用性の高い人形ということになるんだろうけど、一体どんな戦い方をするのやら。せめて、人形が無残に壊れなければいいけど……」
ユリアの人形はハンスのゴウランのような防御力はない。一撃でも食らえばダメになってしまうかもしれない。
「これより戦闘試験を始める」
教師はそれぞれ四組の受験生を確認した。
「それでは、始め!」
八人が同時に動いた。七人は人形を操作し、ナシュマンは人形に突撃する。普通の戦いなら相手の手の内を探るために、一人ぐらいは慎重な行動をすることもあるだろう。しかし、この戦闘試験でより良い結果を出そうとすれば、試合開始と同時に動くしかない。
(まぁ、ナシュマンはそれとは違って、さっさと終わらそうとしているだけに見えるけど……)
他の三組の試合はアッシュにとってはどうでもよく、ナシュマンとユリアの戦いにしか興味はない。
ナシュマンとユリアの実力を見ることができるし、さらには人間と人形の戦いとなれば普通は起こり得ない。人間は人形には適わないという常識では、こんなことは起こり得ない。
いつかナシュマンと戦う時のために、どういう戦い方をするのかアッシュは注意深く見ておくことにした。
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ナシュマンは人形から放たれる風の刃を躱して、人形に接近する。威力は大分抑えられて、精々体に切り傷ができる程度ではあるが、無数に放たれる見えない刃を五感だけで躱しきるのは、普通は不可能だ。しかし、ナシュマンは野生のような直感で迫りくる刃を避けていく。
ナシュマンは一瞬、人形使いであるユリアの方を見るが、すぐに人形に視線を戻す。人形使いを相手にするとき、人形ではなく操っている方を狙うのは定石だが、今この場でそれをやってもナシュマンの戦闘能力を示すことにはならない。
そして、ナシュマンは視界の端にチラチラとアッシュの姿が映るたびに、体が熱くなっていくのを感じた。
(あいつはこの私に随分と失礼なことを言ってくれたからな。精々、私の戦いを目に焼き付けておけ)
風の刃を躱して人形に突っ込んでいくと、突如人形から突風が放たれる。前方から風を受けて動きが鈍ったナシュマンは笑みを浮かべた。
(なるほど、最初の風の刃はこちらの動きを誘導するためのもので、この突風を直撃させる。そして、動きが鈍った瞬間を狙って、本命の刃を放つ、と)
全方位から迫ってくる刃を認識したナシュマンは、笑みを強くし、獲物を狙う獰猛な狩人の目をする。それを見たユリアが恐怖して一歩下がるが、ナシュマンはユリアのことなど眼中にない。
(いい線まではいったが、相手が悪かったな。この程度で私に勝てるのなら、誰も苦労はしない)
ここまで軽く握っていただけだった大剣を強く握り、軽く振り回す。突風を切り裂き、斬撃を飛ばして人形の動きを鈍らせて突風をやませる。そして、全方位から飛んでくる刃の全てを剣で迎撃する。刃を躱すことなく、同時に襲い掛かるその全てを叩き切った。
「うそ……こんなの……」
ユリアがそんなことを言って動揺しているのを見て、ナシュマンはため息を吐いて失望した。相手がアッシュと同じカイバー家の人間だと聞いて少しは期待していたのだが、本人は打たれ弱く、人形の制御も平凡そのもの。ナシュマンがこれまで相手してきた人形使いとは、技量の面で大きな差がある。
「せっかく人形自体の性能は悪くなさそうなのに、使い手が平凡ではその力を最大限引き出すことはできないか」
ナシュマンは目の前の相手への興味を失い、ふとこちらを見ているであろうアッシュの方を見る。そこへ向けるまでの間、何人もの人の顔が視界に入り、そのほとんどがナシュマンへ恐怖の感情を持っていた。
もしかしたら、アッシュも他の者たちと同じように恐怖しているかもしれない、と思いながらも、アッシュは他とは違うという期待もある。
そして、ようやくアッシュの顔を見ると、その顔には恐怖の感情はなく、口元に笑みすら浮かべていた。ナシュマンと話している時、アッシュほど笑みを浮かべていた人間はこれまでいなかったが、ここでもナシュマンに対して笑みを向けているのを見て、ナシュマンはアッシュが期待以上の存在だと思った。
いつか戦う時のことを思うと、今からでもナシュマンはワクワクしていた。だからこそ、少しだけ反応が遅れ、直感で半歩後ろに下がり、斜め上から風の砲弾が通り過ぎていった。
(上、か……)
近くで砲弾から解放された風を受けたナシュマンだが、気にせずに砲弾が飛んできた方を見た。上から放たれたことに驚くことはなく、ただ一つの攻撃として対処したナシュマンだが、実際に目の当たりにすると少なからず驚きがあった。
「こんなことができるんなら、最初からやれ」
誰かに聞こえることがないほどの小さな声でぼそりと言うが、文句を言う割にはナシュマンは少し興奮していた。今までいくつも人形を見てきたナシュマンだが、さすがに空を飛ぶ人形は見たことがなかった。
上空から見下ろされると、比較的小さめだった体が大きくなったように見える。人形の周囲の風が渦巻いていることから、風の魔法で飛んでいるのだろう。
「なるほど、だからこそ、体を軽くしているのか。重すぎると飛べないからな」
「いくらあなたでも、空までは飛べないでしょ。これでそっちから攻撃することはできないはず」
ユリアは自分が優位に立ったと思い、強気な発言をする。
「さぁ、くらいなさい!《ウィンドカノン》!」
その瞬間、上空から風の砲弾が降り注いでくる。ナシュマンに狙いは着けておらず、ナシュマンがどこに動こうとも当たるように全体に向けて放っている。一点に集中してもナシュマンに躱されると思ってそう判断したのだろうが、それでもまだ甘い。
「やり方は悪くないが、汎用性が売りの風魔法がこの程度とは、まったく一度感心したらすぐこれだ。程度が知れるというものだ」
ナシュマンは降り注ぐ砲弾を次々と回避していく。砲弾が地面に衝突するときに解放された風がナシュマンの体に吹き付けるが、その勢いまで利用して砲弾を回避し続ける。
「もう飽きてきたし、そろそろ決めるか」
そう言って、ナシュマンは縦横無尽に躱すのをやめ、躱しながら人形へと近付いて行った。
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ユリアは目の前で起こることが信じられなかった。人間が相手なら、人形を使えばどんな相手でも圧倒できるはずなのに、それができない。むしろ、自分の方が追い込まれているということに、動揺せざるを得なかった。
ナシュマンのことはマーシュから事前に聞いており、それでなお戦闘試験でトップの成績を取って来いと言われていた。最低限、ナシュマンには勝てなくてはならない。
だが、ユリアはナシュマンのことを甘く見ていた。マーシュから聞いていた情報も、誇張しすぎた話で、ユリアを脅かすためのものだと思っていた。一応警戒はしていても、自分の人形を使えば勝てると思っていた。これまで、カイバー家に生まれた者として他の子ども以上に人形使いとしての修業を重ねてきた自負があった。誰にも負けぬ努力と、家の人間に作ってもらったユリアだけの人形、シルフィーがあれば、試験でトップを取ることは簡単だと思っていた。
しかし、現実は甘くなかった。目の前で起きていることが現実だとは思えないほどに、馬鹿げていた。生身の人間が人形と渡り合い、そして追い詰めている。シルフィーの性能はトップクラスであることに間違いはない。シルフィーを扱うことは、何年も休むことすら惜しんで練習してきた。誰よりもシルフィーをうまく扱える自信があった。
それでも、ナシュマンはそれ以上だった。実際にはマーシュが言った通りだったのだが、その言葉を信じられなかったユリアにとっては想定外の事態だ。自分の力不足、浅はかさ、ナシュマンに恐怖してしまった自分、それらのことが恥ずかしく、その思いを振り払うようにがむしゃらにナシュマンに砲弾を放つ。
そのことごとくをこちらの攻撃を利用されて躱されていく。そのことに焦りを覚え始めたユリアは、どうすればいいのか悩んでいると先にナシュマンが動いた。
風の砲弾を躱しながら、シルフィーに近づいてくる。荒々しく強引に進んでくるのに、攻撃はどれもかすりもしない。ギリギリのところで見極め、最小限の動きで躱している。
「この、化け物め」
歯を食いしばってナシュマンを恨めしい目で見るユリアだが、すぐに思い出す。今シルフィーは空を飛んでいる。魔法も使えない生身の人間ではどうすることもできない。出来るとしたら、持っている剣を投げるくらい。
そう思い、ユリアは全体に放っていた砲弾をナシュマンへと集中させる。だが、それでもナシュマンは止まらずず、ついにシルフィーの真下まで到達する。
そして、ナシュマンはシルフィーに剣を投げつけると、ユリアは予想通りの展開に笑みを浮かべる。育良町人でも、思考だけは普通の人間と同じ。出来ることは限られている。
「《ウィンドシールド》!」
投げつけられた剣をシルフィーの魔法で受け止める。だが、思った以上に威力があり、全力で魔素を込めなければ止められない。
「こんのっ!」
魔素を全開で使いシルフィーの魔法を強化する。少しでも気を抜けば貫かれる。しかし、いつまでもその威力を保っていられるわけじゃない。大剣は徐々にその勢いをなくしていき、シルフィーの防壁が解かれる前に弾かれた。
同時に、ギリギリのところで保っていた防壁は解かれ、ユリアは安堵と疲れで息を吐いた。
(よし、これで)
武器を失った今が有利、と思ったユリアだったが、そう簡単にはいかなかった。
シルフィーの防壁が解除されるのを確認したナシュマンは跳び上がり、さらに落ちてきていた自分の大剣を足場にもう一度跳んで、シルフィーのいる高さまで上がってきたのだ。
「そんな!?」
「ここまでだな。少しは面白かったぞ。だが、まだまだだ」
ナシュマンは武器を持たず、ただ右の拳を握りしめた。
「まさか……」
ユリアは嫌な想像をした。なにせ、そんなことができる人間がいるなんて馬鹿げている。だが、思い出した。今自分が相手にしていた、いや、相手をしてもらっていた相手は、そんな馬鹿げている存在だった。
ナシュマンは力を振り絞り、全力でシルフィーを殴り飛ばした。シルフィーは腹が砕け、上半身と下半身が真っ二つになり、全身にひびが入った。拳の勢いが鋭すぎたためにその程度で済んだが、もし全体に衝撃が伝わっていれば、全身がバラバラに砕けてしまっていただろう。
上空から落ちてきた人形を唖然と見つめていたユリアには、試合終了の声は遠く聞こえた。




