4 人形使い、簡単に再会する
元来た道を引き換えしたアッシュは、そのまま試験会場に向かった。大多数の受験者がもう来ているようで、学院には受験生が多くいた。
そして時間になると試験は開始された。筆記試験と言いつつも、アッシュにとって難易度はそう高くはない。ハンスも言っていたが、合格するのは難しくないらしい。他の受験生たちも特に悩むことなく、すらすらと解いている人ばかり。
アッシュは少し対抗心が生まれ、本気でやってみることにした。最初からちゃんとやるつもりではあったが、がぜんやる気が出てきた。
そうして試験は着々と進んでいき、全ての筆記試験が終わる頃にはもう昼になり、だいぶ疲れてしまった。
「昼休憩の後、戦闘試験となる。希望していない者はこれで帰っていい」
教師にそう言われ、受験生たちは各々教室を出て行った。戦闘試験は訓練場で行われるため、昼食の後そこに集まることになる。このタイミングでリーシャを出して、問題ないか確認する必要があった。昼食は別邸の使用人に持たされた軽食がある。昼食を取るには時間は取らない。
アッシュは一度校舎を出て、どこに行こうかと考えると。すると、不意に朝ナシュマンに出会った場所を思い出した。
(あの場所はあまり人が来なさそうだったな……)
組み立てる現場はあまり人には見られたくなかったし、昼食は静かに取りたかった。そう考え、アッシュはその場所へと向かった。
一度来たからか、先ほどよりも早く十分ほどで到着した。アッシュが予想した通り、そこには誰もおらず、日との声も届いてこない静かなところだった。
「ここでならいいか」
アッシュはトランクを開け、中のリーシャを組み立て始めた。何度もしていることなので、作業はスムーズでほんの数分で組み立て終わった。
「コード《起動》」
そう唱えると、リーシャの中の魔素が動き出し、リーシャの意識が覚醒する。リーシャは起き上がると、周囲を確認するように周りを見渡し、そしてアッシュを見る。
「そうか、試験なんだね」
「そう。この後戦闘試験があるから、そこで君を使う」
アッシュはトランクの中からリーシャの服を取り出した。出発前に来ていたかわいらしい服ではなく、アッシュが戦闘用に作った服だ。デザインに関してはアッシュは分からなかったため、学院の制服を参考にした。貴族が斬るような制服なら、一流の人たちがデザインしたものなのだから、参考にはもってこいだった。
ただ、制服と違う点は、強度が桁違いだということ。アダマンタイトほどの硬さを出すのは無理にしても、魔素を吸収させて強度は上げている。しかも、服の所々にアダマンタイトを仕込んでいて、それらを変形させて武器として使うことができる。
「これを着て。戦闘用に作ったから」
「分かった。いつも凄いの作るね。私の体もそうだけど、この服も普通じゃないでしょ」
「まぁ、君の体に普通の服は、少なくとも戦闘においては合わないからね」
「それもそうだね」
そそくさと服を着たリーシャはその場で体で動かして、状態を確認した。アッシュも動きに不具合がないかをじっと見つめる。
その視線に気付くと、リーシャはアッシュに目線を合わせてきた。
「ん?何?」
「……何か、改めて感じることなんだけど、やっぱ変わったなぁって」
「僕が?」
「ううん、私が」
「そりゃそうだと思うけど……」
リーシャは首を横に振るが、アッシュはリーシャが何を言いたいのか分からない。
「アッシュ君はこの体を一から作ったんだから、元の私から変わったのは無意識に分かってるんだろうけど、私が言いたいのは体の事じゃないの」
「ん?もしかして、魂の方?」
「そう。何かね、変なの」
その瞬間、アッシュは勢いよく立ち上がり、リーシャに近寄って、魔素をよく見ようとする。アッシュの突然の行動に驚いたリーシャだが、しばらくしてハッとしてアッシュを体から離そうとした。だが、肩に手をかけて抱きしめた。
「リーシャ?」
「うん、これは感じる、かな」
「えっと、何が?」
「……人形の体になってから、羞恥心がなくなっていってる気がするんだよね」
「なるほど、それで……」
「アッシュにはよく着替えを見られてるけど、何も感じないんだよね」
アッシュはリーシャの言葉を聞いて、なるほどと思った。アッシュはこれまで人形の体だと分かっていたから、何も感じることはなかったが、確かに客観的に見ればリーシャのいまの体はかなりきれいだ。それを見られるということに恥ずかしさを感じても良いはず、とリーシャは考えているのだろう。
「それじゃ、さっきの『これは感じる』って、何を感じたの?」
「温かさ、かな。何かね、抱きしめると心があったまる気がする」
「……そういうことね」
リーシャの言うことがどういう理屈で起きているのか、アッシュは分かった気がした。
「もしかすると、リーシャも人形の体を受け入れ始めてるのかもね」
「どういうこと?」
「リーシャは、死んでから初めて人形の体で目を覚ました時、かなり恥ずかしがってたでしょ」
「そ、それは……人形の体とは思わなかったし……。あれ?」
「ほら、今恥ずかしかったでしょ。つまり、羞恥心はなくなってないってこと」
リーシャの体は感情で色が変わることはないため、頬が染まることはないが、内心では真っ赤になっているだろう。
「エルフとしての肉体じゃなく、人形の体なら恥ずかしがることはない。そう思うから、僕に見られても大丈夫なんじゃない。リーシャも言った通り、その体は僕が作ったんだし」
「なるほど、そういうこと」
アッシュの言うことに納得したのか、リーシャ安心したような表情で何度も頷いていた。それを見てアッシュは安心したが、すぐに苦笑いする。
「それでさ、この状況を早くどうにかして」
「え?あ、そうか」
リーシャはずっとアッシュを抱きしめたままだった。エルフの時の体だったら簡単に解くことができたが、今のリーシャの体は肉体の限界は越えている。
「今の僕の力だと、この抱擁を解けないんだよ」
「そうだよねそうだよね」
文句を言うアッシュを、リーシャは満面の笑みでさらに強く抱きしめる。ただでさえ力づくでは解けなかったのに、さらに強くされるとさすがにアッシュも苦しい。
「ちょ、もう無理。無理だから放して」
「ダメ、もう少し」
「少しってどのくらいだよ……」
アッシュはため息を吐いて少し我慢することにした。少し苦しいが、別に気分的には悪いわけではない。人形の体になっていても、心はリーシャだからか、心の温かさを感じた。
ほんの一分ほどで解放されたアッシュは深呼吸して、おいしい空気を吸った。一方でリーシャは満足そうな表情をしていおり、それがアッシュには少し恨めしく思えた。
(まぁ、リーシャらしいけどさ。それよりも……)
アッシュは不意に横を向いた。その様子に、笑顔だったリーシャは不思議そうな表情をする。
「どうしたの、アッシュ君?」
「リーシャは感じない?」
「え?う~ん……」
人形の体になったことで、エルフの時のような察知能力がなくなっていた。魔素の察知方法はリーシャには教えていたが、まだ慣れていないようだ。
(まぁ、気配が特殊だもんね。そういうのはまだ分からないか)
アッシュは物陰に隠れているその人に声をかける。
「結構簡単にまた会ったね、ナシュマン」
「……会う気はなかったがな」
そう言いながら出てきたナシュマンは、アッシュとリーシャを交互に見て、うっすらと笑みを浮かべた。
その様子が少し不気味だが、アッシュはそれよりもまた会えたことが嬉しかった。だが、リーシャはナシュマンのことを知らない。
「ねぇ、一体誰、この人?」
「あぁ、さっき少し話したんだ。ナシュマン・シクルド」
「シクルドって、この国の?」
エルフだったリーシャにも、さすがにそれくらいは分かるようだ。だが、リーシャにそれ以上言わせないために、アッシュが先に言う。
「王子扱いはあまり好きじゃないみたいだよ」
「俺はそんなことは一言も言ってないぞ」
ナシュマンの言う通り、確かに一度も言っていないが、アッシュはナシュマンがそう思っていることを感じていた。
「違うの?」
「……勝手にしろ」
「ほらね」
得意顔をするアッシュに対して、ナシュマンは不機嫌そうな表情をする。ここまで好き勝手にされたことがないのだろう。もっとも、アッシュはリーシャやハンスに好き放題去れているため、案外似た者同士だ。
そんな二人を見て、リーシャは苦笑いする。
「アッシュ君は少しずれてるよね~」
「そうかな?普通だと思うけど」
「普通の人間には、私の体は作れないでしょ」
「それもそうか。いや、でもそれは技術の方であって、頭の中は」
「そっちも同じ」
「そうですか」
ふとアッシュはナシュマンが手にしている袋を見つけた。おそらく、ナシュマンも昼食を取りにここまで来たのだろう。アッシュは自分も持っていた昼食を持ち、ナシュマンに提案した。
「ねぇ、一緒に食べない?」
「……まぁ、それくらいならいいだろうな」
「お、意外。拒否すると思ってた」
「自分から誘っておいてそう言うのか」
「ははは、そうだね」
アッシュは食事をとるために腰を下ろそうとしたが、そうしたら砂が付いてしまうことに気付いた。さすがに汚れることを前提にしていないので、どうしようかと悩むと、アッシュはアダマンタイトを持ってきていたことを思い出した。
昨日ハンスの時に使ったのと同じ大きさの結晶を二つ取り出して、地面に放り投げた。
「《ファーラ・イス》」
そう唱えると、結晶は形を変え、ちょうどいい高さの椅子が二つできた。
「ほら、そっちを使うといいよ」
アッシュは二つのうちの一つに座ると、向かい側にあるもう一つをナシュマンに進める。しかし、ナシュマンは首を横に振った。
「いや、いい。そんなものは必要ない。直に座ればいいだけだろう」
「せっかく作ったんだから使ってくれた方が良いよ」
「なら、そこの女に使わせればいいだろう。私はいらない」
「あ、そう」
ナシュマンは椅子を無視して地面に座り、昼食を取り始めた。アッシュの方を向くことはなく、ただ黙々と食べている。
(興味なし、か。ハンスは驚いてたから、他の人にも通用すると思ったんだけど……いや、この人が特殊なのか?まぁ、どっちでもいいか)
アッシュは向かいの椅子を隣に移動させ、リーシャに勧めた。
「なら、リーシャが座れば?」
「じゃ、遠慮なく」
「体を休ませることは、その体でも無駄ではないからね」
「あれ、折れず砕けず欠けず、じゃなかった?」
「それを理想にしてるけど、さすがに完全にそれを実現するのは不可能かな」
「あら、残念」
そう言うが、リーシャは全く残念そうではなかった。いまだにアダマンタイトの凄さを実感できていないのだろう。これまで動くことの練習はしてきたが、戦いはあまりしていない。精々アッシュと模擬戦をする程度でしかない。
だが、次第にリーシャは分かっていくだろう。人形の体に慣れ始めているのと同じように、自分の力がどれほどなのかも段々と実感していく。今それをはっきりと理解しているのはアッシュだけ。
(できることなら、その強さに気付いても、リーシャには変わらずにいてほしいね)
アッシュは一瞬想像してしまった嫌な未来を振り払い、持ってきた昼食にかぶりついた。




