1 人形使い、王都に到着する
王都への道のりは、ユリアや使用人たちとのギスギスとした空気以外は、特に問題なく済んだ。王都にある別邸に到着するとハンスがアッシュたちを待っていた。
「やぁ、アッシュ、ユリア、久しぶり。元気にしてた?」
ハンスが良い笑顔でアッシュたちの名を呼ぶが、アッシュを先に読んだ瞬間、周囲から鋭い視線がアッシュに突き刺さった。
(いや、でもそれ僕のせいじゃないよね、たぶん……たぶん?そうかな?あれ、僕のせいかな。もう僕のせいでいいや)
アッシュはもうカイバー家の人々の態度についていろいろと考えても仕方がなかった。ハンス一人だけ違うというのは、カイバー家で肩身が狭くないだろうか、と思うのだが、ここまで態度を変えないのならアッシュが気にすることではないのかもしれない。
それに、当主のマーシュは人形使いとしての力量にしか興味を示さない。良くも悪くも力に対しては公平だ。もともとアッシュに期待はしていないみたいだが、だからこそ、過度に嫌うよりも視界にすら入らないと言ったところだろう。ハンスの態度にとやかく言うこともないだろう。
「お久しぶりね、お兄様」
アッシュがハンスの対応に戸惑っていると、ユリアがハンスの元に駆け寄り笑顔で挨拶していた。その時、一瞬だけアッシュの方を見て見下すような視線をしていた。
(いつもあんなことするけど、よく飽きないな。感情的に行動しすぎじゃないか?)
そう思ってみるが、もう長いこと続いていることなのでどうでもいい。むしろ、そんなことよりこのままハンスに挨拶しない方が問題だ。
「久しぶり、兄さん。元気そうで何よりだよ」
「アッシュも相変わらずだね」
「相変わらずって……」
「まぁ、そのくらい図太くないとやってられないからね」
「褒められていると思うことにするよ」
「一応、褒めてるよ」
ハンスはそう言い、そしてアッシュたちを屋敷に招き入れた。試験が終わり、合否発表がされるまではアッシュとユリアはここで過ごすことになる。学院には寮があるため、合格するにしてもしないにしても結果が出ればこの屋敷からは出て行く。
今は学院は試験の準備で休みとなっていて、故郷に帰るという人もいるが、ハンスはこの別邸でアッシュたちを待っていたのだ。
部屋に案内されて夕食まで自由ができたアッシュは、トランクを開けてリーシャを出そうと思ったが、すぐに思いなおした。
リーシャは今意識がないため、どれだけ窮屈な場所に入れられてもリーシャ本人は何も感じないが、アッシュの心情的に出してあげたいと思った。だが、出したところで隠すことは難しく、説明するのも面倒だ。今の所アッシュが人形を持っていることを知っている人間はいないが、学院に入れば全員の目に触れる。ハンスにはいつか説明しようとは思っているが、それはまた先のこと。リーシャを外に出すのは、入学試験の時だ。ここまで来るのにずっと入っていたのだから、あと一日くらいは我慢しようとアッシュはトランクから手を退かした。
入学試験は筆記試験が基本となっており、希望者は戦闘試験を受けることもできる。大抵の受験生はこれを受けるし、アッシュも受けるつもりだ。そして、今の戦いは人形を使ったものが主流になっていて、大体数の受験生が人形を持ってくることだろう。
今の時代、人形の持ち運びはトランクに入れて行う。戦いになったらトランクから人形を出し、操作する。アッシュの人形は全身をバラバラにしてトランクに入れているが、普通の人形はバラバラにする必要はなく、トランクから出したらすぐに戦える。性能で上回っていても、基本的なところが欠けている。
(筆記試験の時はトランクに入れておいて、戦闘試験前に出して組み立てるとするか)
アッシュは部屋にあるベッドに腰かけて、この後どうするかと悩んだ。夕食まで自由にして良いと言われても、アッシュはこれまでの人生のほとんどを人形作りに使ってきたため、暇な時間の過ごし方がよく分からない。
(そう言えば、暇なときはリーシャがどうにかしてくれていたんだっけ)
五年前、まだリーシャがエルフだったときは、暇になればリーシャが連れ出して色々と遊んでいた。あの時はリーシャに付き合ってやっているという感覚だったが、今になって思えばアッシュの方が助かっていたのかもしれない。改めて思い直して見ると、そういうアッシュにとって都合の良い解釈があった。
そう考えていると、不意に部屋がノックされ、外から声が聞こえてきた。
「アッシュ、入っていいか?」
「兄さん?いいよ」
アッシュはベッドから立ち上がると、ちょうど部屋にハンスが入ってきた。そのハンスはアッシュを見ると、笑みを浮かべた。
「アッシュ、外に出ないか?」
「外って……。明日は試験だよ?部屋で休んでいる方が利口だと思うけど」
「試験って言っても、あの程度でお前が落ちるわけはないよ」
「そんなこと分かるの?」
「分かるさ。お前はずっと独学でやって来ていたけど、頭の良さなら俺やユリアよりも上のはずだからな」
転生した身であるアッシュとしては、精神年齢が年下の相手に負けるわけにはいかないという思いでやっていたのだが、それがハンスには優秀だと映ったのだろう。とは言え、そうであろうとしていたのだから、ハンスに認められてうれしいとは思っていた。
ハンスがどうしても下がる気がしなかったので、アッシュは諦めてハンスの言う通りにすることにした。
「はぁ、それで外に出るってどこに?」
「外って言っても、街じゃない。街に出て何かあったらそれはそれで問題だからな。たとえ対処できても、問題に巻き込まれればお前の入学にも何かあるかもしれないからな」
「そう。なら、外って言うのは?」
「この屋敷の庭はそれなりのスペースになっていてな、そこでちょっとした模擬戦でもどうかと思って」
ハンスの言葉を聞き、アッシュはジトッとした目を向けた。
「ねぇ、明日一応、僕は戦闘試験も受けるんだけど……」
「そんなの分かってる」
当たり前だとでも言っている様子のハンスにアッシュは呆気に取られた。
「じゃあさ、普通するのは肩慣らし程度じゃないの?それが模擬戦って」
「いいじゃないか。少しくらい過激でも、良い訓練になるでしょ」
「怪我でもしたら明日に響くんだけど」
「治癒魔法でどうにかなるでしょ。大丈夫大丈夫。手加減はするし」
「そういう問題かな」
「そういう問題でしょ」
「…………」
「…………」
二人の間に沈黙が流れるが、またしても折れたのはアッシュの方だった。アッシュはどうにも自分に優しくしてくれる人に対しては甘くなってしまう。それを分かっているのか、リーシャもハンスもアッシュに対しては半ば強引に言うことを聞かせてくる。別にそれで極端に悪くなることはないから、今のところはいいのだが。
「で、庭だっけ?さっさと案内してよ。僕、この屋敷はよく分からないんだから」
「あぁ、それは。あ、そこの君。ちょっと待って」
ハンスはちょうど部屋の前を通りかかったメイドを呼び止めた。
「俺は少し持ってくるものがあるから、先に行っといてくれ。案内はこの人に頼む」
「あ、そう。別にいいけど……」
「君はアッシュを庭まで案内してあげて。それが終わったら仕事に戻ってくれていいから」
「かしこまりました」
「じゃ、また後でな」
笑顔でそう言って去っていくハンスの姿に、アッシュは嫌な予感を感じた。
「では、庭の方までご案内いたします」
「お願いします」
アッシュはそう言って部屋から出て、庭までメイドに付いて行った。




