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人形使いは再び極める  作者: 二一京日
幼少編
10/33

10 大賢者、人形使いになる

 リーシャが死んでから、五年が経った。アッシュは十五歳となり、学院への入学試験を受ける年になった。

 このシクルド王国の王立学院は、その大半を貴族が閉める学院で、十五歳の貴族全てに入学試験を受ける資格を得る。ほとんどの貴族はこの試験では落ちない。あくまで、実力で順位を付けるためのものだ。

 アッシュの兄のハンスも去年試験を受け、学院に入った。今年はアッシュとユリアが試験を受けることになる。


 ハンスはこの五年で人形使いとしての腕を磨き、同世代ではトップクラスの実力と言われるまでになっていた。生憎とアッシュは人形使いの指導は受けていないが、ハンスとの仲は上々だった。話すことはいつも他愛ないことだったが、それがお互いにとってはいい息抜きになっていた。


 ユリアも人形使いとしての腕前は相当なものとなっているが、相変わらずアッシュとの仲は悪い。ユリアは徹底的に嫌っており、アッシュからも歩み寄ることはせずに無視しているので、中が良くなるわけがない。ハンスが何度も仲を取り持とうとしたが、その都度失敗している。もう相性が悪いとしか言いようがない。


 マーシュやミサラの態度も相変わらず、あまりアッシュとは関わりを持たない。今回の学院入学試験についても、あまり期待はしていないようだが、一応受けさせてくれるらしい。


 使用人たちも、しばらくはアッシュを嫌うような態度を取っていたが、それも大分疲れたのか、もう無視する程度に収まっている。もっとも、そう変化したとしてもアッシュにとってはあまり変化はない。


 ハンスは今は王都におり、少なくとも学院に在籍している間は戻ってくることはない。それはアッシュもユリアも同じことで、学院に入れば三年は戻ってくることはない。

 アッシュはもしかしたら、学院を出るのと同時にカイバー家からも出て行くことになるかもしれないが、それはまだ先の話だ。


 アッシュは今日、王都へ行く十日を整え、最後の支度をする。着替えやら生活に必要な物は準備が終わり、後は隠れ家に隠してある物だけだ。こればかりは、まだ誰にも見せていないし、学院に入学するまでは誰にも見せるつもりはない。誰かに見せて、それで面倒が起こっては面倒だからだ。


 特に、マーシュやユリアは過激に反応するかもしれない。入学前にそんなことになっては、アッシュは精神的に参ってしまいそうになる。そのため、王都への移動中も、決して誰にも見つからないようにしなくてはならない。もっとも、その算段はもう付いているが。


 隠れ家にたどり着いたアッシュは、その中の一つの人形に近づく。五年前はまだ形しかできておらず、半端物ではあったが、今ではその姿をがらりと変えて、ひとまずの完成となった。

 銀髪に青い瞳を持つ美少女の姿で、かわいらしい服を着て椅子に座っているその人形に、アッシュは声をかける。


「リーシャ、起きてる?」


 すると、その人形を微笑み、答えた。


「うん、起きてるよ」


 エルフのリーシャと全く変わらぬ声で。耳はエルフのように尖っていないが、それ以外の姿と声はリーシャそのままだった。そして、その人形に宿っている意志もまた、リーシャそのものなのだ。


 五年前にリーシャが死んだとき、アッシュは転生魔法を利用して、リーシャの魂を人形に定着させたのだ。要は器を変えたということだが、それだけで簡単にリーシャの意識が目を覚ますことはなかった。


 リーシャの魂を人形に固定させつつ、その魂の意思が人形に直接伝わるようにするには大分苦労した。それができなければ、リーシャの意識は起きてこないのだから。

 ただ、リーシャの人形を作る、そのためだけに五年間を使い、ようやく完成したのはほんの数か月前だ。無事、リーシャは目を覚まし、新たな器である人形の体を使うことになった。

 だが、リーシャの記憶は五年前の死ぬ間際の所で止まっていたため、そこから事情を説明するのには苦労して、状況を理解してもらうのに半月もかかってしまった。

 もしかしたら、今でも心の中ではまだ受け入れがたい部分があるのかもしれないが、表面上は納得している風だった。


 五年で何体かの人形を見てきたが、それらとリーシャは明らかに別物だった。そもそも、リーシャの体はリーシャの意思で動かせるようになっており、アッシュが燃料として魔素を供給するだけでいい。構造はかなり複雑になっているが、魔法使いが常に直接動かす必要がないという面で言えばゴーレムと似たようなものだ。

 もちろん、アッシュの意思でも動かせるようにはなっているが、それは全くと言っていいほど使っていない。精々、最初の歩くのに苦労していた時に補助したくらいだろうか。


 今ではもう日常生活を普通の人間と同じレベルで過ごせるくらいには、人形の体に慣れているようだ。アダマンタイトの重さは相当なものだが、表面を大分薄くして空洞を増やしたことで、エルフの体よりも少し重い程度で収まった。

 とは言え、エルフの時のように木の上を伝って移動するというようなことは難しくなっていた。エルフの時とのできることできないことの違いに困惑していたリーシャだが、その違いに早く対応できるように努力しているようだ。


「リーシャ、明日出発だから、今日のうちに準備しておくよ」

「前に言ってたあれ?本当にしなくちゃダメ?」

「やった方が良いね。最初で最後、かは分からないけど、早々することはないよ。見た目は普通の人と変わらないんだから、王都では外に出歩いても良いし」

「……はいはい、分かったよ。人形は主様の仰せのままに」


 そう言って、リーシャは服を脱いだ。それだけで、リーシャの美しい肢体があらわになった。だが、リーシャが眠っている間にいつも見続けて、しかも自分で作った体だ。そんなものではアッシュは興奮はしなかった。


「じゃ、コード《スリープ》」


 その言葉とともに、リーシャの体の魔素の動きが止まる。そうすることで、リーシャの意識は眠りにつく。人形への魂の定着は隙を見せないレベルで完璧に調整したため、また起こせばリーシャは目を覚ます。


 アッシュはリーシャの体を倒し、両手両足、胴体、頭という風に部位を分け、近くに置いていたトランクに詰め込んだ。そのトランクはアダマンタイトでできているわけではないが、頑丈な素材でできている。

 脱ぎ捨ててあった服も一緒にトランクに詰めて鍵をかける。リーシャがきている服はただの服ではなく、アッシュの魔素を吸収させて強度を上げた特別な品だ。ここで捨てるのは惜しい。


 隠れ家を見渡して、中には先ほどまでリーシャが座っていた椅子だけが残っている。アダマンタイトの人形が座っても壊れないように、かなり頑丈に作っているが、わざわざ持って行く必要はない。今のリーシャの体になる前は必要だったが、今では重さもそこまで重くはない。普通の椅子でも問題はないだろう。


 アッシュは椅子に手を当てて、一言。


「《ファーラ・ジー》」


 椅子の構成を分解し、木材どころか塵にまで変換し、地面に散った。

 そして、隠れ家を出ると、もう一度同じ魔法を発動し、今まで五年以上過ごした空間を潰した。学院を出てからここに戻ってくる可能性はあまり高くないため、どうせならなくしておいた方が未練も残らない。


「さてと、明日に備えて早く休むか」


 そう言い、アッシュは屋敷へと戻って行った。


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