side: シャロムルク
朝日を反射してきらめくステンドグラスが映える真っ白な教会堂は、一定の高さに保たれた石造りの家々が立ち並ぶ中、いっそ奇妙に思えるほどの荘厳な輝きを放っていた。北のタレットから鳴り響く重い鐘の音が、教会へと一直線に歩を進める人々の列を出迎える。この国の住人は皆、鐘の音で目覚め、鐘の音とともに朝礼に集まり、鐘の音に従い各々の仕事場へ移動し、鐘の音により仕事を終え、鐘の音を合図に就寝する。それは毎日1分の狂いもなく繰り返され、そうしてこの10数年間、国の秩序は完璧に保たれてきた。教会付きの自警団で傭兵まがいの仕事をする青年、ミノル・カミレンもそのシステムの一員だ。
その日もミノルは教会へ向かう行列の構成員として一定の速度で道を歩いていた。ふと視線の先に、道端で泣きじゃくる子供を連れおどおどと行列を見回している女性を見つける。大方、列を進んでいるときに子供が転んで一旦道の端に避け、そこから列に入り込めずにいるのだろうが、真っ直ぐに目的地に向かう人々は誰も道を譲ろうとしない。ミノルが手を挙げ彼女に合図しようとした時、目の前の人物が急に立ち止まりミノルはその背中に見事に突っ込んだ。
母親はぺこぺこと頭を下げながらその前に滑り込み事なきを得たようだ。親子に道を譲った大柄な男は一度ミノルを振り返り、小さく片手を挙げた。ミノルも同じように挨拶を返すと、彼はまた元のように歩き出した。
教会堂の前室には北の塔と南の塔への分岐があり、ミノルは北の塔にある自警団の集会所へ行くため礼拝帰りの民衆の列からようやくそこで別れることになる。教会付き自警団は軍を持たない代わりに国を保護する任を担う武装団体であり、国境警備や領地内の魔物討伐から教会の重要人物の護衛といった様々な任務に派遣される傭兵集団のようなものだ。
集会所には既に数人の教会関係者と自警団員がおり何やら話し込んでいる。ミノルは突き当りのカウンターへ向かい、顔なじみの神父に会釈すると、くたびれた風貌の神父は笑顔を浮かべた。
「おはようございます。前回の件、問題ありませんでしたか」
「やあおはようミノルくん。おかげでね。君は地理に詳しいから、ああいう旅先護衛任務にはうってつけだと評判が良いよ。もう疲れは取れたのかい」
「ええ、なので次の仕事を探しに」
「勤勉なこった。助かるよ」
神父はくしゃくしゃの笑顔で応対し、そうだ、と呟いて集会所内を見渡したあと、手元にあった広域地図を広げて見せながらいくらか声を落として話し始めた。
「実は少し大掛かりな仕事があってね。君は知っているだろうが、今シャロムルク教会は少しずつだが外交を展開している。そこでいくつか、国境付近の地域に住み着いた魔物に対する合同討伐任務を持ちかけているんだ。向こうの軍人もいくらか出してもらって、うちからも何名か出そうと思っていてね、君は遠征も得意だし多少の戦闘にも通じているから適任かと思ったんだ」
ミノルは神父が示す地図上の地点を覗き込む。整備されていない丘陵地で、西の隣国の城下町とのちょうど中間地点あたりだ。
「期日はいつです?」
「3日後に現地で合流の予定だ」
「それなら…補給とキャンプのタイミングを考えると、今日出るべきでしょうね。メンバーは?」
「彼が」
神父がミノルの後方を示す。振り向くと、壁に寄りかかり腕組みをしている大柄な男が目に留まった。彼はこちらに気付くとゆっくりと近づいてくる。ミノルはすぐにその人物の見当がついた。
「それからもう一人…」
「呼んだかね!」
次に現れたのはやたらと髪をいじくり回している妙な男だ。その出で立ちはどこかミノルに不安を与えたが、神父は変わらずニコニコしている。
「二人ともとても腕が立つ戦闘要員だ。遠征にはやや不向きだと思っていたが、ミノルくんがいればその点はカバーできるだろう。どうだろう、君たち三人に頼めるかな」
ミノルはまず大柄な人物に向き直った。彼は確か、今朝方困っていた親子に道を譲った人物だ。
「イドル・ユスカルヴィ」と彼は端的に自己紹介し片手を差し出した。
「ミノル・カミレンです。よろしくお願いします。道のことなら多少は自信があります」
「助かる」
大きな手を握り返しても彼は微塵も表情を変えなかったが、その硬い掌は確かにいくつもの戦場を経験しているであろう力強さを感じさせた。
「ラモス・エディンバラ。頼むよ」
「ええ、よろしくお願いします」
一方の彼もまた、ウインクなどを飛ばしてやや軽い印象を受けるが、その腕はしっかりと鍛えられていそうだ。
「決まりだな。旅のスケジュールはミノルくんに任せるよ。さて…これが大司祭様の勅令状だ。誰が持つ?」
「ミノルに」
真っ先に答えたのはイドルと名乗った彼だった。ミノルはいくらか背の高い隣の人物を見上げる。
「任務は遠征だ。一番慣れてる奴がリーダーをした方がいい」
「私も賛成だ!頼むよカミレン隊長」
「…わかりました。僕が令状を持ちます」
「くれぐれも頼んだよ」
神父の言葉に頷き、ミノルは勅令状を受け取ると二人に向き直った。
「各々旅支度をして西の門に集まってください。目指すは西方…隣国、フォルトゥーナ方面です」