side:フォルトゥーナ
開け放たれた窓では、薄い絹のカーテンが揺れ、透ける夕日はテーブルに緋色の光を落とす。
一定の間隔で、休むことなく動かしていた羽ペンを止め、彼女はふと目線を上げた。それと同時に、近付く足音。静かなノックの音に、彼女が入室を促すと、一人の青年がその扉を開いた。
穏やかな顔付きの美丈夫。肩口ほどの、男性にしては長めの紺青の髪は、邪魔にならないよう後ろに流されている。仕立ての良い燕尾服に純白のグローブで、礼儀正しく入室する様は、さながら家令のような立ち居振舞いだった。
青年は、彼女に向かって一通の手紙を差し出す。
「お疲れ様です、当主」
「…ええ」
ねぎらいの言葉とともに差し出されたそれを一瞥し、彼女はため息混じりに羽ペンを置くと、手紙を受け取り、見慣れた封蝋を確認する。
夕焼けの色が、青年の胸ポケットの懐中時計に反射して、キラリと輝いた。彼女は眩しげに淡い碧眼を細め、ナイフを取り出して手紙の封を切る。
静かな室内に、カサカサと紙の擦れる音がやけに響いた。
ふわり、と顔にかかった純白の髪を耳にかけ、彼女は素早く文面に目を走らせる。
「ハイドランジア。貴方、しばらく他の雑務を頼める?」
「はい、問題ありません。ただ、例の辺境伯主催の夜会はいかがいたしますか?」
「当然、不参加よ。いい口実ができたじゃない?」
彼女はそう言って不敵に笑うと、ひらひらと読み終わった手紙を振る。途端に、その紙面はあっという間に灰となり、カーテンを揺らすそよ風に溶けていった。
彼女はそれを見届けると、高い位置でひとつにまとめ上げていた白髪をほどき、頭を振る。ばさり、と広がった長い髪が、夕日の色を映して風になびいた。
「さ、つまらない仕事の時間は終わりよ、ハイド。街に出ましょ。ラーチェを呼んでくるわ」
「はい、姉さん」
二人は、先程の他人行儀な態度を一変させて、互いに笑顔を交わす。
彼女は、大きく伸びをしながら、ダンスのステップを踏むようにターンすると、嬉々として執務室を駆け出して行く。そんな姉に、ハイドと呼ばれた青年は、やわらかな微苦笑を浮かべて後に続いた。