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恋愛系短編集

おしるこからはじまる恋もあるかも?

作者: 涼風岬

 御師流高校入学式から二週間が経った。一人の女子高生が通学路を歩いている。彼女の名前は音無すずである。高校一年生の十五歳だ。大人しく内気な性格な女性である。彼女はメガネをかけている。趣味は一人で妄想することだ。


 彼女の後ろを男子高校生が歩いている。彼の名は井家綿スギルで十五歳の高校生一年生だ。顔立ちが良く運動神経が良い。中学時代は女生徒の憧れのの的だった。サッカー部に入部予定である。


 彼女は何かに躓いて転んでしまう。


「大丈夫ですか?」


 彼は彼女の手を握り起こしてあげる。しばらくすると彼女は手を振りほどき、逃げるようにその場を去って行く。これが二人の初めての接触である。


「冷たいな」


 彼は彼女を追って行く。彼は、初めて彼女がクラスメートだという事実に気づく。一番後ろの校庭側の彼女の机の前に立つ。


「これ」


 彼は、ホットのおしるこ缶飲料を机の上に置く。それを見て、彼女は顔を上げその人物を見る。すぐに彼女は俯く。彼女は彼を認識している


――なぜ、おしるこ?


 彼女は頭が混乱している。この理解することが出来ないでいる。


――どうしよう?


 ちっらと周囲を彼女は確認してみる。彼女達に視線が集まっていることに気が付く。


――早くこの場を収めないと。注目が集まり恥ずかしいわ。一体、この人は何がしたいの?

 

 彼女が視線を少し上げると、彼のお腹が辺りが見える。


――どいてくれないかしら? 早くぅ。


 頭の中で、彼女は秒数をカウントする。六十秒が経った。彼女が確認すると、まだ彼は立っている。


――もうっ、冷静になれ私。彼とは会話したことないのにぃ。さっき、初めて声を掛けられたっ。


 異性に手を握られるなんて、彼女にとって経験をしたことのない事である。それで、彼女は手を放して逃げ出してしまったのである。


――絶対に原因は今朝の事よね。だとすると……。


 彼女は結論を導き出そうとしている。


――そうだわ。私、お礼を言うのを忘れてしまったわ。それが気に入らなかったのね。顔立ちの良い自分が、手を差し伸べて助けてやった。それなのに礼すら言わず、私は立ち去ってしまった。俺様のことを無視して、逃げていくなんて何様だということなのね。きっと、そうに違いないわっ。


「先程はありがとうございましたっ」


 彼女は、声を振り絞ったつもりであるが小さい。


「何か言いました? ちょっと、聞き取れなかったんだけど」


――えぇっ! 私の精一杯だったのに。でも、このおしるこ件は何の意味があるのだろう? あの時、彼はまじまじと私の顔をみていたわ。そうだっ! おしるこの様に和風な顔立ちをした私への当て付けなんだわっ!


 彼女は膝の上に置いた手を握り締める。


――イケメンの考えることは難解だわっ。直接言うと、自身の評判を落としてしまう。だから、物に例えて表現したんだわ。たしかに顔立ちは良いわ。でも、人の顔を物で例えるなんて、人として最低よっ! 許されることではないっ!


 勇気を振り絞って、彼女は彼を見る。彼は驚いた表情をしている。彼女は手招きで自分に近づくよう促す。そして、彼女は彼の耳元を手で覆う。


「貴方は最低の人間ですっ」


すると、彼は足早に席に戻って行く。



 昼食時、彼は校舎の周りをで歩いている。うわの空の彼は何かと衝突した。彼は気にせず前進している。すると、彼は肩を掴まれる。


「おい! 待てよ」


「なんですかっ! 散歩中なんだけど?」


 機嫌の悪い彼が振り返る。すると、明らかに素行の悪そうな生徒が、体育館の壁に寄りかかっている一人の生徒を取り囲んでいる。その中の代表格の一人が、彼に詰め寄る。


「お前、一組の井家綿だよな?」


 彼は頷く。


「俺は同じ中学の鈴木だよ。一年の時は同じクラスだっただろ」


「さぁ、知らないな。興味のない人間は覚えない主義でね」


「オマエ、なめてるのか。顔が、ちょっとばかし良いからって調子に乗るんじゃねぇぞ!」


「オマエって、呼ばれるの好きじゃないかな。悪いけど訂正してもらえないかな?」


「オマエに、オマエっていって、何が悪いんだよ」


「止めてくれないんですか?」


「俺はな、オマエのことが、ずっと気に入らなかったんだ! 思い知らせようとしたが、オマエの告げ口親衛隊のせいで我慢してたんだ、それも、卒業とともに解散したらしいじゃないか?」


 中学の頃、彼には井家綿スギルを見守る会という名の親衛隊が結成されていた。彼女たちは二人一組の交代制で、常に彼の行動を監視した。それは、彼が家に帰宅するまで徹底して行われていた。


 そして、彼に危険が迫ればメールが一斉に送信されていた。報告を受けた先生が、彼の元へ駆けつけるのである。近付こうとする女生徒を排除する目的が主である。


 鉄の掟があり、絶対に彼には告白をしてはならなかった。それを破れば、除名の上に卒業後も無視されるのである。


 実際のところ、彼に三年間で告白した者は一人も居ない。他校の生徒含めてである。


「今、君は会話の中で四回言ったよ。取り消さないのかい?」


「うっさいぞ、オマエ」


「これで五回目だよ」


「数えてるとか気持ち悪いんだよ、オマエ」


「どうやら、取り消す気はないようだね」


 すると、鈴木が彼に殴りかる。すると、井家綿は彼の手首を掴み捻りあげる。


「僕は傷心で、非常に機嫌が悪いんだよ。フラれたんだ。加減が出来ないんだよ。最後通告だよ。撤回して謝罪してくれるかな?」


「痛っ! そんなこと知るかよ。怪我させて良いのか? 下手すれば停学だぞ?」


「ねぇ、そこのオカッパ眼鏡の君。僕が彼らに絡まれたと証言してくれるかい?」


 その生徒は頷く。


「君たちの方が分が悪いと思うけどな。素行も悪そうだしね、さぁ、どうする?」


 さらに彼は腕を捻る。


「わかった。撤回する。すまなかった。離してくれ」


「最初から、そうしてくれれば良かったんですよ」


 そして、彼は鈴木の腕を離す。あまりの彼の変貌ぶりに、鈴木の仲間は尻込みしている。そして、彼らは逃げて行く。取り囲まれていた生徒が井家綿に近付く。


「助けて頂いて有り難うございました。一年三組の越銀リョウと言います。クラスは三年間とも別でしたが、同じ中学でした」


 中学時代、腰銀は眩しすぎる彼に憧れを抱いていた。もちろん、会話を交した事など一度もない。今そんな彼と、初めて話しているのである。彼は、この機会を逃したくないと思っている。どうにかして、お近づきに彼となりたいのだ。


「結果的にそうなっただけさ。お礼なんて結構さ、腰銀君」


 今、彼は幸せの絶頂にいる。あの井家綿に名前を呼ばれたからだ。そして、彼は賭に出ることにする。


「あの大変お聞きにくいのですけど、井家綿さん。フラれたと言うのは本当でしょうか? すみません、聞こえてしまって」


「聞いてしまったんだね。そうなんだ」


「あの……」


「なんだい?」


 彼は意を決する。彼は、井家綿になら一発殴られても良いと思っている。それは彼との思い出になるとすらだ。


「もし宜しければ、お話頂けないかと思ったりしています。いや、すみません」


 彼は覚悟して目を閉じる。彼からの反応がないので、眼鏡君は目を開ける。すると、彼は空を見上げながら考えて込んでいる様子である。


「そうだね。この何とも言えない気持ちを、どうにかしたいと考えていたんだよ。聞いてもらえるかい?」


「もちろんです、ぜひ」


 彼の説明によると、朝の登校時に前を歩いていた女生徒が、転んだので助けてあげようとした。手を握り締め起こしてあげたそうだ。


 その時、彼は衝撃を受けたそうだ。彼女に、一目惚れしてしまった。しかし、その彼女は直ぐに立ち去ってしまったそうだ。


 その時に握りしめた彼女の手が、あまりにも冷たかった。彼女に手を温めてもらおうと、彼は近くの自動販売機でホット飲料を購入した。この際、彼女を見失わないよう急いでいたそうだ。お茶を買うつもりだったが、お汁粉のボタンを誤って押してしまった。


 彼女を追っていったら、同じクラスだった。それで、机の上に汁粉缶を置いた。彼は彼女に感謝されると思っていたのだが、人格を否定するようなことを言われたらしい。


 彼が話を聞いてみての感想は、なんだこれである。告白もしてないのに、フラれる事なんてあるのだろうかと思っている。


 自分でも認めざるを得ないブサイク寄りの彼には、イケメンの思考回路を到底理解出来ないことは承知している。しかし、なぜか人格否定までされたというのである。


 彼は冷静にどうすれば良いのかを分析する。下手なことを言って、憧れの人を傷つけたくはないと彼は思い悩んでいる。と言うよりも、ここで彼との関係を終わりにしたくないという方が正直強い。

 

 と同時に、彼は井家綿の恋を成就させたいと切に願っている。


「井家綿さん、フレンチトーストという雑誌知ってますか?」


「名前は聞いたことあるかな」


「恋愛雑誌なんですよ。私は小六から定期購読してまして、恋愛に関しての知識には自信があるんです」


「そうなんだね」


「そこでです。私に、その彼女との恋愛成就のお手伝いをさせて頂けないでしょうか?」


「フラれてしまったよ?」


「実はですね、まだフラれていないんです」


「えぇっ! 何を言ってるんだい!?」


「深呼吸して冷静になって下さい。告白はしましたか?」


「そういえば言ってないかな」


「ですよね。友人の間では、私は恋愛マスターと呼ばれています。お願いします。ぜひ、手伝わせて下さい」


 彼は深く頭を下げる。井家綿は、なぜ彼が親身になってくれるのかを理解できないでいる。しかし、彼に出会わなければ、気づかなかったのは事実である。彼は微かな機会に賭けてみたいと思う。


 これまで彼は交際経験がない。腰銀に言われて気づかされたが、告白すらした事がないのである。熱心な彼に相談相手になってもらうのも、彼は悪いことではないと思う。


「じゃ、お願いしてみようかな」


「絶対、実らせてみせます」


 こうして、二人の不思議な関係が始まる。

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