自分ばかりが意識する
わたしは何の疑問も持っていなかったのだ。
「オレとここに泊まる気か?」
そんな九十九の疑問に対して……。
「へ? 違うの?」
思わずそう返していた。
九十九は確かに異性だけど、わたしの護衛である。
確かに少し前、怖い思いをしたけれど、あれは彼の意思によるものではなく、「発情期」のせいだった。
いつもの彼は、わたしに対してそんな印象が全くないのだ。
だから、その危険性が完全になくなった今。彼は、何の心配もなく傍にいてくれると思っていたのだけど?
「お前な~」
九十九は、自分の顔を押さえている。
「オレは男で、お前は女だぞ?」
そんな今更なことを確認された。
性別の違いなど、彼が「発情期」になるずっと前から、嫌ってほど感じているのに。
「それは確認しなくても分かってるよ。でも、これだけ広いのだから、部屋も一つじゃないでしょう?」
そう言いながら、わたしは建物の内部を見る。
流石に、一つの部屋しかなければ、問題もあるし、わたし自身の抵抗はあるけれど、見た所、2LDKっぽい。
無駄に広い部屋が多い魔界の住居にしては狭い方だとは思うけど、お風呂もお手洗いも別々にちゃんとある。
奥の部屋に広いベッドが一つ。
それはこの場所の性質上、仕方がないだろう。
でも、わたしぐらいなら手足を伸ばして眠れそうなほど大きい長椅子があるから寝る所は問題ないと思う。
だから、わたしはこの建物に何の不満もなかった。
「いやいや、確かに部屋はあるけど」
「何が問題?」
寝室っぽい部屋は鍵もかかるようだし、そもそもこの護衛相手に鍵など無意味なことはもう知っている。
彼は、移動魔法を使って鍵がかかった部屋にも侵入できるのだ。
それなら、逆に目が届くところにいてくれた方が、安心だろう。
いきなり何の前触れもなく部屋に乱入されるのは、本当に心臓に悪かった。
「お前に問題がないのなら、オレは従うだけだ」
九十九は、そんなお決まりの台詞を言う。
結局、彼はこんな男なのだ。
いろいろ不満があっても、それらを全て呑み込んで、お仕事に徹してくれる。
だから、わたしも迷わない。
「信じているから何の問題もないよ」
わたしがそう言うと、彼は何故か頭を抱えた。
なんだろう?
信頼って重いモノなのかな?
でも、考えてみて欲しい。
本当に彼以上に、安全な男はいないと思うのだ。
護衛の腕は勿論、信頼している。
だが、それ以上に、「発情期」という特殊な状況に陥っていても、「主人に手を出したくない」と言ってくれるような異性は恐らく、彼ぐらいだろう。
これまでの話を聞いてきた限り、そう思う。
いや、どれだけ彼から異性として「対象外」と思われているのだろうか? という疑問は勿論、ある。
だが、逆にここまで明確に線を引き、拒絶してくれるような相手なら、今後も、わたしをそう言った対象として見ることはないのだろう。
これだけ、安心できる存在はいない!
「お前、よくオレのことをそこまで信じられるな」
呆れたように言う九十九。
「あれだけ誓ってくれた直後だよ? 逆に、信用しなくてどうするのさ?」
彼は自分の全てを捧げると言ってくれたのだ。
その言葉の重さが分からないほど、わたしも考え無しではない。
「そう言う問題じゃなくてだな」
「『発情期』にならない限り、主人に手を出すなんてことはないでしょう?」
そして、彼は二度と「発情期」にはならない。
だから、もう大丈夫だ。
「ああ、そう言う……。いや、うん。いや? それで良いのか?」
なんだか、自問自答をしているようだ。
護衛である彼にとってはいろいろ悩み所らしい。
体面的な話もあるのだろうね。
「まあ、お前が良いんだったら良いか。視界に入る場所にいてくれた方が、安心だからな」
そう言って、長い葛藤の末、ようやく納得してくれたのだった。
****
久し振りに、九十九の手料理を、それも熱々のものが食べられた。
かなり満足である。
やはり、台所のある生活は良い。
それも、九十九とセットなら、最強で最高だよね。
「でも、なんで雑炊系?」
土鍋で作ってくれたから、見た目だけでも十分美味しそうで嬉しい。
そして、食べても美味しいのだ。
流石、料理人青年。
期待を良い意味で裏切らない。
「少し、痩せただろ? 胃が弱っていると消化に悪いからな」
そんなにわたしは胃弱に見えるのだろうか?
あまり、お腹を壊した覚えって少ないのだけど。
「痩せたかどうかは分かんない」
「計るか?」
九十九が両手を差し出す。
毎回、思うけどその計り方はどうなのだろうか?
「……結構です」
軽くなっているかもしれないけど、流石に今は抵抗がある。
重さについて、ではない。
そんなの今更だ。
だけど、その、九十九から抱き上げられるというのが、その、嫌でもいろいろと意識してしまうと言うか……。
九十九は本当に! 全く! これっぽっちも! 意識していないのに、わたしだけが意識していると言うのは、かなり悔しい気がする。
「風呂の準備するから、先に入れ」
「いや、わたしは後で良いよ。一番風呂ってなんか苦手なんだよね~」
自分がお湯を汚すみたいで、落ち着かないのだ。
1人なら気にならないけれど、後に入る人がいる時は、妙に気になってしまう。
「お前、護衛が先に入れと?」
「あら? 護衛が主人の言葉に従えないと?」
「ぐっ!!」
わたしがそう返すと、九十九が言葉に詰まった。
「そんなわけでお先にどうぞ?」
「……分かったよ」
もう少しごねるかと思ったけど、思ったより素直に九十九は従ってくれた。
さて、どうしよう?
わたしは、今、とても困っていた。
勿論、それは顔にも出さないし、体内魔気も外に出ないように頑張って抑えている。
外にいる時はそうでもなかったのだけど、自分で思っていた以上に、九十九と同じ部屋にいることに緊張してしまうのだ。
緊張……?
いや、違うな。
これは警戒だ。
やっぱり、心のどこかで落ち着かない気持ちが残っている。
あの声が耳を擽ったのだ。
あの瞳がわたしを映して、あの手がわたしに触れたのだ。
それを意識するなと?
無理無理無理!
少し前までは記憶が勝手に再生されて、思い出していただけだったのに、今は実物が目の前にある。
これで、あの時のことを考えるなと?
厄介なことに、嫌だったわけじゃないのだ。
驚いたし、怖かったのは間違いない。
でも、そこに、嫌悪感はなかった。
止めて欲しかったし、止めてくれてホッとしたのも本当だけど。
それでも、僅かでも与えられた感情があったのだから。
この感情は、ソウに対して抱いたものとはよく似ているけど全然違う。
でも、この感情が何か? そして、どちらに対して気持ちが強いか? と問われても、はっきりしたものは口にできない。
わたしは、こんなにいい加減な女だったのだろうか?
何も、急いで結論を出さなくても良いのだろうけど、このはっきりしない状態って、なんとなく、落ち着かないのだ。
自分の気持ちなのに本当によく分からない。
少女漫画の主人公たちはそう言った感情をどうやって自覚していたっけ?
確か、つい最近、読んだ漫画では、胸の高鳴りとかそんな感じだったと思う。
でも、それってほとんど基準にならないのだ。
わたしは、九十九やソウ以外の男性に対しても、ちょっとしたことでドキドキしてしまうことがあるから。
下手すれば、同性である水尾先輩や真央先輩でもドキリとしてしまうぐらいだ。
つまり、もしかしなくても、気が多いとかそんな感じ?
『「考えるな、感じろ」って言うだろ?』
そんな誰かさんの無責任な言葉が頭の中でぐるぐると回っている。
「それって、そう言う意味じゃないと思うのですよ?」
あの時と同じような言葉を、わたしは一人で、呟くしかなかったのだった。
この話で、56章は終わりです。
次話から第57章「自分の手に余るもの」です。
そして、次話でなんと! 1000話です。
自分が一番信じられません。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




