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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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信じ切った目

「今のは、なんだ?」


 九十九が下に落ちた組紐を拾い上げて、ひっぱったり、摘まんだりしている。


「なんだろう? 浄化じゃなくて、解除? いや、解呪?」


 自分でも、よく分からない。


 深く考えずに、彼の手首から組紐を離すことしか考えなかったから。


「解呪って、法力だぞ?」

「法力でも、人間が使うものだよ?」


 法力は、神さまの力の行使とか言われているけど、結局のところ、ソレを使っているのは人間だ。


 本当に神さまの力そのものなら、こんな生温いものではない。

 わたしは自分の左手首を撫でながらそう思う。


 この世界で法力を使える最高位の大神官(にんげん)であっても、できることは「目印」を隠すだけしかできないのだ。


「だから、九十九でも解呪は出来たと思うよ?」

「オレは常識を捨てることができん」

「人のことを非常識の塊みたいに」


 自分としては、そこまで常識から外れているとは思っていないのだけど。


 でも、人生の大半を人間界で生活していたのだから、この世界の一般常識とは違うことも分かる。


「魔界に対して固定概念が一般的な魔界人ほど凝り固まってはいない。それだけで、随分、違う」

「常識に囚われない柔軟さってやつだね?」


 まあ、その基となることを覚えていないためだろう。

 その点においては良かったかもしれない。


 おかげで魔法の真似事ができるようにはなったのだから。


漫画(にんげんかい)の影響はでかいよな」

「今、『漫画』と書いて『人間界』と読まれた気がするのだけど……」


 そして、「漫画」の影響があることは否定しないが、ゲームを忘れてもらってはいけない。


 わたしの愛すべきキャラクターたちは、漫画より圧倒的にゲームの方が多いのだ。


 でも、漫画は読めても、電気というものが使えないこの世界では、ゲームは期待できないだろう。


 本当に残念である。


****


「それで、どこか希望があるか?」


 あの広場から出て、わたしは九十九と歩いていた。


 彼と並んで歩くのは、随分、久しぶりな感じがして少しだけ落ち着かない気がするのは何故だろうか?


「希望って?」

「あの宿以外ならどこでも良いってわけじゃねえだろ?」

「いや、割とどこでも良いよ」


 なんだったら、わたしは野宿でも問題ないのだ。


 尤も、九十九はコンテナハウスを持っているから、本当の意味では野宿にはならないのだろうけど。


 でも、その答えでは九十九はお気に召さなかったらしい。


「まあ、オレも詳しくはないが」


 この「ゆめの郷」の宿に詳しいと言うのはなんか嫌だね。


「ふむ」


 九十九は足を止めて、ぐるりと回りを見渡す。


 そして……。


「あっちだな」


 そう言って、わたしの手を掴んだ。


「ふえ?」


 いきなり掴まれて驚く間もなく、景色が変わる。

 どうやら、移動魔法を九十九は使ったらしい。


 できれば、手を掴む前に何か言って欲しかった。


 九十九から手を掴まれることは初めてではないけど、心の準備がなかったためか、驚いてしまったではないか。


「ここならどうだ?」


 そう言われて目の前の宿を見る。


 今まで泊まっていた大きな宿と違って、一階建ての同じような形の小さな家が数軒並んでいる。


 まるで、セントポーリア城下のようだと思った。


「これも、宿?」


 どう見ても普通の家っぽい。


「宿らしいな。同じ敷地内に幾つも建物が並んでいるタイプだ」


 そう言うと、九十九が先に進んでいく。


 こんな所で置いて行かれてもいろいろ困るので、後を付いて行くと、敷地の入り口に事務所みたいな建物があった。


「受付は、機械式か」


 そう言いながら、どこか慣れた手つきで、機械に向かって指を動かしていく。


 その間、わたしは何もすることがないので、なんとなく周囲に目をやる。


 敷地内の建物は全部で8軒。

 いずれも、真っ暗だった。


 もしかして、誰も、いないのかな?


 この宿が、「ゆめの郷(トラオメルベ)」のどの位置にあるかは分からないけれど、あまり流行っている様子はない。


「受付、完了……っと。奥の建物にしたぞ」


 手続きが終わったのか、九十九が顔を上げた。


「ああ、ありがとう」


 いろいろと手間をかけさせて申し訳なく思う。


 これからもこんな風に、わたしは九十九に我が儘を言ってしまうのだろう。

 彼の優しさに付け込んで、暴君の如く、我を押し通してしまうと思っている。


 だけど、今更、彼を手放せる気はなかった。


 九十九は、わたしに全てを捧げてくれると誓ってくれたが、別に彼の全てはいらないのだ。


 少しだけで良い。

 わたしは多くを望まない。


 全ては手に入らないと知っているから。


****


「それで、どこか希望があるか?」


 あの結界に守られていた広場から出て、オレは栞と歩いていた。


 彼女と並んで歩くのは、随分、久しぶりな感じがして、少しだけ落ち着かない。


 だけど、こんなところで彼女一人を歩かせることなんてできないし、すぐ傍で気配を感じることは、何よりも幸せだった。


「希望って?」


 不思議そうに上目遣いをする栞。


「あの宿以外ならどこでも良いってわけじゃねえだろ?」

「いや、割とどこでも良いよ」


 おい、こら?

 なんでそれすら希望を言ってくれない?


 それより、こんな所で男側の意見を採用しようとするな。

 欲望に満ち溢れた宿泊施設に案内されても文句は言えねえぞ。


 前向きに解釈すれば、それだけ、信用されているということか?


「まあ、オレも詳しくはないが」


 ここの常連であるトルクスタン王子に確認しておけばよかったか?


 いや、あの方は、あの高級宿を勧めた人だ。

 あまり宛にしてはいけない。


「ふむ」


 足を止めて周囲を見回す。


 どうせ考えたり、調べたりしても分からないのだから、自分の勘を信じた方が良いかもしれない。


 ここからは見えないが、北の方角に、人の気配が少ない場所があった。

 結界は強くなさそうだが、悪い感じがしない。


「あっちだな」


 そう言って、栞の手を掴む。


 そのあまりの柔らかさに、一瞬だけ、目的を忘れそうになったが、なんとか移動魔法を使った。


「ここならどうだ?」


 一階建ての同じような形の小さな家が数軒並んでいた。

 長屋ではなく、ログハウスに見える。


 あまり広くはなさそうだが、宿泊する分には問題ないだろう。

 少なくとも、野宿をさせるよりはずっと良い。


「これも、宿?」

「宿らしいな。同じ敷地内に幾つも建物が並んでいるタイプだ」


 敷地の入り口に並んでいる家とは違う建物があり、そこへ向かう。

 人はいなかった。


「受付は、機械式か」


 機械式はあまり好きではないが、その辺りは我慢しよう。


 幸い、この大陸では珍しくないタイプだ。

 こんな場所で、主人を待たせるのも良くはないから、さっさと受付するか。


「受付、完了……っと。奥の建物にしたぞ」

「ああ、ありがとう」


 キョロキョロと物珍しそうにしていた栞だったが、オレの言葉に反応して顔を上げ、礼を言う。


 周囲は薄暗く、人の気配を感じない。


 本当にどこにでもあるような宿泊するだけの建物で、あまり人気(にんき)がないのも頷ける。

 施設の全ては機械化され、様々なサービスも通販ボックス等に頼っているようだ。


 せっかく、「ゆめの郷」に来ても、これでは味気なく思うことだろう。


 同じ金額を出すなら、サービスの良い、心温まる施設の方が好ましい。

 温もりを求めるなら、尚のことだった。


「淋しい、ところだね?」

「嫌なら、別の場所にするぞ」

「いや、大丈夫だよ」


 年頃の娘としては、確かにもっと施設の充実している落ち着くところの方が良いかもと思ったが、彼女はそこまで気にならないようだ。


「お前は、通販ボックスの使い方は分かるよな?」


 見た目に反して、各大陸言語をある程度覚えている彼女だ。


 今更、自動販売機に似たシステムを使えないとは思っていない。


「何故に?」


 だが、何故か不思議そうな顔をする。


「いや、着替えとか、いるだろう?」

「え? 九十九がいれば、大丈夫でしょう?」

「はい?」


 今、なんて、言った?


「へ? 九十九がいれば、わたしの所持品、ほとんど召喚できるから大丈夫でしょう?」

「ちょっと待て?」


 この女、何を言ってる?


「まさか、お前……」


 あまり考えたくもないことに行き当たった。


 いや、考えまいとしていたことに、辿り着いた。


「オレとここに泊まる気か?」

「へ? 違うの?」


 そう言う彼女の瞳はいつものように曇りはなく、心底、信じ切った目をしていて、オレは、ここに来たことを後悔していたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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