そこにあることが不快
「開けても、良い?」
あまりにもいろいろあったから、まさか、今日、九十九から誕生日プレゼントをもらえるとは思っていなかった。
逸る気持ちを押さえて、わたしは彼を見上げる。
「おお」
そっけない返事だったが了承された。
わたしは、橙色のリボンを丁寧に解いていく。
包み紙を開ける手ももどかしいが、ビリビリに破りたくはない。
そして、現れた箱の蓋をとった。
そこにあったのは、3つの丸い琥珀のような珠が並んだ、黒と銀のリング状の装飾品だった。
「これ……」
明らかに普通ではない珠が並んでいる。
「お護りみたいなものだ。法力は込められてないけどな」
確かに、法珠ではないけど、普通の魔石とも違うことぐらいはわたしにも分かった。
「どう見ても、これ、魔力珠に見えるのだけど……」
つい最近、質は違うけど、同じ物を見た気がする。
「魔力珠だからな」
魔石でもこれだけの大きさなら、それなりの価格だ。
純粋な魔力だけで作られた魔力珠は、精製できる人間が限られていることもあって、もっと高くなるらしい。
それが、3つ。
「それも、3つも付いてるよ?」
「苦労したからな」
その言葉の意味は分かりやすい。
手に入れることに苦労したのではなく……。
「苦労って……。やっぱり、これ、九十九の、魔力珠?」
「おお」
やはり、本人作らしい。
でも、魔力珠の精製ってかなり大変だと聞く。
わたしも何度か挑戦したが、歪な形にすらなってくれない。
いや、わたしの場合、錬石に魔力を込めるのだって難しいのだけど。
しかし、明らかに装飾品の形をしていた。
わたしが身に着けるような物に、魔力珠。
これって、どういう意味?
ソウは魔力珠を加工もせずにそのままわたしにくれた。
それは記念とか思い出に近いモノで。
だけど、九十九はわざわざ装飾品に加工をしてくれたのだ。
確かに誕生日の特別な贈り物ってことなのだろうけど、相手によっては誤解されかねないものとなる。
「通信珠に込めた魔力の気配よりも、魔力珠の方が掴みやすいからな」
うん。
他意はないらしい。
どこまでも合理的な護衛の判断でしかなかった。
「なるほど、ところで、これ、どう使うの?」
細いリング状になっているけど、指輪にしては長い。
「貸してみろ」
「ほ?」
九十九が手を差し出した。
「付けてやるから」
どうやら、簡単に使えるものではないらしい。
「そうだね。お願いしようかな」
そう言って、わたしは手渡すと、九十九が移動する。
何故に背後に回るのか?
そして、髪の毛を掬われる気配がして、ようやく気付く。
これって、ヘアアクセサリーだったのか。
いや、見た目だけじゃ分からないよ?
「どんな髪型にする?」
髪を梳きながら、背後に回った美容師が尋ねる。
「任せる。可愛いのなら何でも良い」
九十九なら、わたしよりもちゃんとしてくれることはもう知っているから、大丈夫だ。
化粧まで巧いし。
わたし、いろいろ負けてるよね?
「ほれ」
そう言って、九十九は手鏡を渡してくれた。
鏡に映ったわたしはサイドが編み込まれて、ポニーテールとなっている。
そして、上に、先ほどの装飾品が輝いているのが見えた。
なるほど、これは髪留めだったらしい。
「九十九は器用だね~」
自分ではやらない髪型だ。
普通にポニーテールで終わってしまう。
その方が楽だし。
いや、編み込みって大変なんだよ?
「可愛い?」
くるりとその場で回転してみた。
髪の毛も一緒にふわりと浮き上がる。
「誰がしてやったと思ってるんだ? 当然だろ?」
九十九が胸を張る。
「九十九は、いろいろ残念だよね」
そこは素直に褒めてくれても良いじゃないか。
それでは、わたしを褒めるではなく、自分を讃えている。
「はいはい、可愛い、可愛い」
さらには、なんともおざなりなこの扱い。
「うぬう」
わたしは彼の主人だよね?
最近、いろいろな意味で自信がなくなっているのに。
「あ~、でも、髪に付けるとわたしが見えなくなるな~」
せっかく貰ったのに、鏡を見なければ見ることができないのではちょっと勿体ない気がするね。
「リングになっているから、ぶら下げるかな?」
ぶら下げるには大きすぎる、いや、重いかな?
「ヘアカフスをぶら下げるな。見ることが目的じゃねえんだから、そこは良いんだよ」
「カフス? リングじゃないのか」
九十九はよく知っていると思う。
でも、カフスって、イメージ的には袖口に付けるものだった気がするけど、あれとは違うのかな?
「でも、まあ、これ自体が『印付け』みたいなもんだからね」
魔力珠を渡すって言うのは、そう言うことなのだろう。
人間に魔力を通すことはかなり難しい。
だけど、これなら、その問題も解決してしまう。
「嫌か?」
「別に……」
嫌とは思わない。
「ただ、九十九の気配がずっと頭にあるから、ちょっと落ち着かないかな?」
なんか常にこの頭に手を置かれているようなそんな気分になる。
このポニーテールみたいに、頭頂部に近いところは止めた方が良いかな?
「嫌なら外せ」
九十九はあっさりとそう言った。
苦労して造ったと思われる魔力珠でも、彼にとっては本当にただの道具でしかないらしい。
「まあ、慣れるよ。先ほどよりはずっと楽だし」
わたしと九十九は、ほんの少し前までは気まずかった。
いや、そこにはそれなりの理由はあるのだけど。
その時に九十九の気配をずっと感じ続けるのは、多分、無理だったと思う。
でも、今なら大丈夫。
素直にそう思った。
「でも、これ、いつかはわたしの体内魔気で染まっちゃうのかな?」
そう考えると、ちょっと残念に思える。
せっかく、九十九が創ってくれたのに、その気配が消えてしまうなんて……。
「ヘアカフスの方はともかく、魔力珠は染まらん。大神官猊下の法珠だって、御守りの鎖部分はともかく、法珠自体は染まってないだろ?」
「言われてみればそうだね」
わたしは自分の左手首を見た。
そこには紅い法珠が付いた御守りがある。
恭哉兄ちゃんの気配が今も変わらずにあった。
「ところで、ずっと気になっているのだけど、九十九の手首に付いているそれはなんなの?」
わたしは自分の手首を撫でながら確認する。
その紅い帯にも見える布は、組紐にしか見えない。
「あ?」
「その紅い、組紐っぽいやつ」
わたしは指で差す。
九十九の手首で、ずっとひらひらしていて、ちょっとだけ綺麗だと思った。
なんか、似たような物を、サッカーの応援とかで見たことがある気がする。
「ああ、来島から結ばれたやつか。どうやっても取れねえんだよ、これ」
なんですと?
「赤い糸?」
思わず、そう確認していた。
「嫌だな。こんな体力を奪っていく運命の糸は……」
「体力、奪われてるの?」
ちょっと待って?
それって、大丈夫なの?
「じわじわと放出されている感じはする」
いやいやいや。
それは、かなり良くないものではないか?
「大丈夫?」
「まあ、これぐらいなら」
慌てるわけでもない辺り、本当に微量なのだろう。
しかし、彼らはわたしが邪魔しなければ、どうしていたのか?
あのまま、戦い続けた?
それとも、ちゃんと見極めて、退いてくれた?
でも、なんとなく退くことはなかったかもしれないなとも思う。
ソウの目的が死ぬことにあって、九十九の目的が、わたしに近付くミラージュの人間の排除なら、相容れることはないから。
「組紐についての知識はないな~。完全に神官の領域だから」
九十九の身は心配だけど、わたしには組紐の解き方の知識がなかった。
まあ、大神官としても、わたしには教えられなかっただろう。
恭哉兄ちゃんは、ワカへのお仕置きを、組紐で行っていた。
わたしが仏心を出して、お仕置き中に助けかねない可能性はあるのだ。
「しかし、組紐をここまで使えるとは、ホントに茶色止まりだったのかな?」
本人が傍にいないのに今も張り付いている辺り、結構な法力だと思う。
勿体ない。
ソウは、ある意味、生まれる国を間違えたのではないだろうか?
だけど、あの国で生まれたから、わたしと会った可能性が高いなら、なんとも言えなくなるのだけど。
「お前、来島が神官職だったって知ってたのか?」
「知ったのは最近だよ」
それに正しくは、ソウはもう神位のある神職ではない。
「でも、茶色、下神官で還俗したとは聞いている」
還俗した時点で、「神官」とは言えないのだ。
まあ、再び神官の道に戻る再出家、のような「再神導」と呼ばれることはできるらしいけど。
「組紐は、オレでも使える法具だぞ?」
「でも、ここまで効果が高くはないでしょう?」
組紐は早い話、法力を込めた特殊な紐だ。
用途は様々だけど、法力を扱える神官以外では長時間の強力効果は見込めない。
「浄化魔法は?」
呪いみたいなものだから、いけるのではないだろうか?
「法力相手に浄化は無理だ」
うぬう。
分かっていたけれど、やはり無理なのか。
でも、なんとなくいけそうな気がするんだよね。
九十九の手首を見つめた。
ゆらゆらと揺れている紅い組紐。
僅かとは言え、生命力を奪うようなものが、彼の手首にあることが不快だった。
「解けろ」
たった一言、口にしてみた。
するりと、九十九の手首から、紅い組紐がずれ、ゆっくりと、地に向かって落ちたのだった。
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