その前提が違っていたとしたら?
どんなにいろいろなことがあって、目まぐるしくも忙しい日が続いても、オレは、この日だけは忘れることはないだろう。
高田栞は3年前の今日、人間界にてオレと再会した。
つまり、18回目の誕生日を迎えたのだ。
「開けても、良い?」
オレの渡した小箱を受け取り、上目遣いで確認する。
「おお」
オレが返答すると、栞は橙色のリボンを解いていく。
包み紙を丁寧に開け、箱の蓋をとった。
中身を見て、一時停止……どころか完全に動きが停止している。
気に食わなかったか?
「これ」
栞が箱の中身を見せながら確認する。
「お護りみたいなものだ。法力は込められてないけどな」
「どう見ても、これ、魔力珠に見えるのだけど……」
「魔力珠だからな」
彼女に渡したのは、魔力珠が付いた髪留めだった。
前々から思っていたのだが、髪の毛が肩より下の長さになると、まとめてやりたくなる。
いや、別に彼女のうなじが見たいとかそんな邪な感情ではない。
そう言った感情を自覚する前から、その魔力珠の精製は始めていたのだ。
「それも、3つも付いてるよ?」
「苦労したからな」
オレは錬石に魔力を込めることができても、魔力を固める作業は苦手だと言うことがよく分かった。
それでも、今回は、最低、3つは必ず創りたかったのだ。
なんとか間にあって良かったと思う。
「苦労って。やっぱり、これ、九十九の、魔力珠?」
「おお」
普通に考えても、主人へ渡す物に、いや、違うな。
髪留めとは言え、好きな女が身に着ける物に、他の人間の気配がする物をわざわざ渡すはずがない。
「通信珠に込めた魔力の気配よりも、魔力珠の方が掴みやすいからな」
何しろ自分の魔力の塊だ。
道具に付加するよりは、ずっとその気配を感じることができるだろう。
「なるほど」
栞は少し考えて……。
「ところで、これ、どう使うの?」
そんな基本的なことを聞いてきた。
どうやら見ただけでは、使い方が分からないらしい。
どれだけ、装飾品に興味がないんだ?
「貸してみろ」
オレは手を差し出す。
「ほ?」
「付けてやるから」
「そうだね。お願いしようかな」
そう言って、栞は、オレに魔力珠が付いたヘアカフスを渡した。
栞の髪の毛に触れるのは、あの時以来だ。
だが、あの時よりも艶が良くないな。
栄養が足りてないか?
「どんな髪型にする?」
「任せる。可愛いのなら何でも良い」
うっかり、何でも可愛いと言いかけるところだった。
ハーフアップにしても良いが、せっかくだ。
渡したヘアカフスを目立たせたい。
うん。
うなじがしっかり見えるポニーテールだな。
サイドから編み込んでも良いかもしれん。
「ほれ」
手鏡を渡す。
「九十九は器用だね~」
そう言って、栞は嬉しそうに笑った。
「可愛い?」
くるりとその場で回転する。
ふわりと広がるようなスカートではない点が惜しいが、髪の毛の状態は分かりやすい。
「誰がしてやったと思ってるんだ? 当然だろ?」
「九十九は、いろいろ残念だよね」
そこで素直に「可愛い」と言えるかよ。
いろいろだだ漏れるに決まってるじゃないか。
「はいはい、可愛い、可愛い」
「うぬう」
膨れっ面になるなよ。
それはそれで可愛いぞ?
ああ、駄目だ。
何をしても、どんな顔をしても、彼女が可愛くて仕方ない。
自覚してしまった今、世界が変わってしまったかのようだ。
もともと栞を中心としていた世界だったのに、それが、輝きを増したかのように、キラキラして見える。
いろいろヤバい。
世界が色づくと言うより、栞しか色づいてないのだ。
周囲の他の色はぼんやりとしているのに、彼女だけが妙にくっきりはっきりしている。
「あ~、でも、髪に付けるとわたしが見えなくなるな~。リングになっているから、ぶら下げるかな?」
「ヘアカフスをぶら下げるな。見ることが目的じゃねえんだから、そこは良いんだよ」
「カフス? リングじゃないのか。でも、まあ、これ自体が『印付け』みたいなもんだからね」
そこまで考えていなかったが、確かにやっていることは、「印付け」だな。
所有物の証とまではいかないまでも、周囲に牽制する意図はある。
「嫌か?」
「別に。ただ、九十九の気配がずっと頭にあるから、ちょっと落ち着かないかな?」
なるほど。
確かにそれは居心地が悪いかもしれん。
「嫌なら外せ」
「まあ、慣れるよ。先ほどよりはずっと楽だし」
先ほど?
何のことだ?
「でも、これ、いつかはわたしの体内魔気で染まっちゃうのかな?」
「ヘアカフスの方はともかく、魔力珠は染まらん。大神官猊下の法珠だって、御守りの鎖部分はともかく、法珠自体は染まってないだろ?」
「言われてみればそうだね」
栞は自分の左手首を見た。
そこには紅い法珠の御守りが今も輝いている。
「ところで、ずっと気になっているのだけど、九十九の手首に付いているそれはなんなの?」
「あ?」
「その紅い、組紐っぽいやつ」
栞が指さしたのは、紅い組紐だった。
あの時、来島から一本だけ結ばれたものだ。
ヤツはオレに魔力では勝てないことが分かっていから、意表を突いて法力を使ったのだ。
「ああ、来島から結ばれたやつか。どうやっても取れねえんだよ、これ」
「赤い糸?」
「嫌だな。こんな体力を奪っていく運命の糸は」
「体力、奪われてるの?」
「じわじわと放出されている感じはする」
それは、来島がこの場から消えても残っていた。
つまり、あの男はまだ生きているのだろう。
それがどんな状況で、どんな状態かは分からないのだが。
「大丈夫?」
「まあ、これぐらいなら」
体力を消耗している感はあるが、それでも、これぐらいで死ぬほどではない。
「組紐についての知識はないな~。完全に神官の領域だから」
そこまで知っていても困る。
栞には神子にも、ましてや、聖女と呼ばれる存在にもなって欲しくない。
大神官様もそれを望まないからこそ、彼女に教える知識は最低限なのだ。
それらは「聖女の卵」として必要な物ではなく、彼女自身に自衛として必要な知識ばかりだった。
「しかし、組紐をここまで使えるとは、ホントに茶色止まりだったのかな?」
「お前、来島が神官職だったって知ってたのか?」
「知ったのは最近だよ。でも、茶色、下神官で還俗したとは聞いている」
下神官で止めたのか。
どうせなら、そのすぐ上、正神官を目指せばよかったものを……。
「組紐は、オレでも使える法具だぞ?」
「でも、ここまで効果が高くはないでしょう?」
言われてみればそうだ。
オレが使える組紐は、自身で法力が込められないため、それに込められた法力を使い切れば、二度と使えない。
つまり、勿体ないことに、ほぼ使い捨てとなっていた。
だから、持ち主の手から離れても、さらには、その場にいなくても、持続させるほどのものではない。
「浄化魔法は?」
「法力相手に浄化は無理だ」
法力は神の力に近い。
それを、人間の手で、なんとかしようと言うのが間違いなのだ。
「…………」
だが、栞はオレの手首を見つめる
いや、正しくは、手首に張り付いて揺れている紅い組紐を。
それが、少し、不快だった。
アイツのことを考えている気がして……。
だが、それはすぐに間違いだったと気付く。
「解けろ」
たった一言だった。
その一言で、栞は、法力で縛られた組紐を、外してしまったのだ。
「今のは、なんだ?」
オレは自由になった手首を見て、呆然とするしかなかった。
「なんだろう? 浄化じゃなくて、解除? いや、解呪?」
首を捻っている辺り、明確に何の魔法を使ったのかは本人も分かっていないらしい。
「解呪って、法力だぞ?」
「法力でも、人間が使うものだよ?」
不思議そうに問い返す黒髪の女。
だが、オレは、その考え方に身震いするしかなかった。
魔界人は、法力と魔法を明確に分けて考えている。
魔法は大気魔気や体内魔気を利用した力。
そして、法力は神を信仰することによって得られる力。
それは、物心ついた時から徹底的に教え込まれていることで、どちらも才能がなければ扱えないものとされていた。
だが、その前提が違っていたとしたら?
力の源は確かに違うことは間違いない。
魔法が使えても法力が使えない人間は多いし、その逆に法力を使えても、魔法が苦手な人間はいる。
だけど、言われてみれば、それらを使うのは神ではなく、人間なのだ。
そして、大神官は過去に法力と魔法を組み合わせた封印を、彼女に施していたではないか。
つまり、法力も魔法も、使い方によっては、もしかしたら……?
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