本当にダメだと思っていた
もともと、分身体は偶然の産物だと思っている。
本来なら、現れるはずもないものが、記憶が何度も封印されたことによる歪みから生じたのだろう。
意識的に生み出すよりは、また何かの弾みで姿を現す気はしている。
だから、確認すべきは別のことだった。
「他のは使えそうか?」
どちらかと言えば、重要なのはこっちだ。
あのやり方で、普通の魔法のような現象を起こせるかどうか。
「そっちなら、多分」
そう言いながら、彼女は水を掬うような手の形にして……。
「光れ」
と、一言だけ口にする。
すると、小さな光がふわりと手のひらの上に浮かび上がった。
間違いなく魔法だ。
「これは、光魔法か?」
オレは栞の手のひらを覗き込む。
小さいが確かな光がそこにあった。
「なんで、急にできるようになった? それに、今のは詠唱?」
どう考えても、オレの知る詠唱とは異なる。
まるで、何かに命令するかのような言葉だった。
「多分、イメージの問題じゃないかな、と」
「イメージ?」
自分でもよく分かっていないようで、ぼんやりとした言葉を口にする。
「わたしは無詠唱で魔法にイメージは巧くできないし、九十九たちが言うような詠唱でもその魔法のイメージが巧く掴めていなかったんだよ」
想像力が追い付いていないというやつか。
生まれてから息をするように魔法を使ってきたオレたちにはよく分からない感覚。
契約して、その通りに口にすれば、魔法は生み出せるものだと教え込まれているのだから。
「じゃあ、他にもできそうか?」
栞の言葉を信じるのなら、イメージを掴みやすくなったはずだ。
他にも様々な魔法を使うことができるようになる可能性が高い。
「やってみようか?」
意味ありげにやりと笑う栞。
何故だろう?
その笑顔に何か不吉なものを感じたのは……。
「燃えろぉ!!」
そう言いながら、栞は何かを殴りつけるかのように拳を振るうと、その拳が炎に包まれ、振り終わりと同時に消えた。
「お前、それ……」
どこかで見たことがある、何かに重なって眩暈がした。
オレは詳しくなく、映像で見たことがある程度だが、人間界で見たゲームに出てくる技の一つに似ていた。
だが、あれは、魔法ではなかったはずだ。
非常識もここまでくれば、立派に魔法になるんだな。
「なるほど。漫画やゲームを参考にすれば、もっと魔法のイメージが掴みやすいかもしれない」
そう納得している栞。
その立ち姿まで何かに重なって見える。
「ちょっと待て? そして、今のを、『火魔法』と言って良いのか?」
少なくとも、オレが知る魔法のどれにも該当しない効果だ。
しかもどう見ても、近接魔法。
殴りつけることで効果が出そうな当たり、肉弾戦でしか使えない。
オレならともかく、彼女にはむいていない魔法だ。
「いや、多分、普通に『燃えろ』と言うだけでも、『火魔法』は発動してくれるとは思うよ。でも、威力や効果はその都度、変わるかもね」
けろりとした顔で、とんでもないことを言う栞。
威力や効果がその都度変わる魔法は珍しくないが、イメージをそこまで変えて、その形を保てる自信がある部分が恐ろしい。
なんで、この女は今まで魔法が使えなかったんだ?
どう見ても、才能の塊だ。
それも、もしかしたら、あの魔法国家の王女殿下たち以上である可能性すら出てきた。
「オレは今日ほど、お前を非常識だと思ったことはない」
単純に人間界育ちだから、そんな言葉で片付けられるなら、人間界へ行ったヤツらは皆、こんな魔法が使えるようになってしまう。
単純に、思い込みが激しい、いや、本当に自分の意思が強いのだ。
「失敬な。わたしはわたしの常識を生きているだけだよ」
「背後に若宮が取り憑いてねえか?」
「酷いことを言うね」
そう言うが、栞は笑ってくれた。
「まあ、魔法が使えるようになったのは、一応、進歩と言えるのか? しかし、イメージ。そして、日本語かぁ」
「日本語で育ったせいかな?」
「それもあると思う」
ずっと日本語で育ってきたのだ。
一番、馴染みのある言語だろう。
だが、それだけの問題ではない。
「だけど、結局の所、さっき言ったイメージ。これが、全てだな」
「想像力ってやつだね?」
いろいろ原因を追究したところで、そこに行きつく。
彼女にとっては重苦しい型に嵌められた言葉より、慣れた言葉。
そして、その方が自由に想像し、創造できるということだ。
「そう言うことだな。慣れれば、普通の詠唱でもいけると思うが、水尾さんや真央さんがどう思うかな?」
「魔法とは認められないってこと?」
「逆だ。しっかり魔法になっているなら、詠唱は些細なもんだと言いそうなんだよ」
魔法になるなら、わざわざ言い直す必要性はない。
あの魔法国家の王女殿下たちは合理的な部分もある。
だから、今のままでいけと言うだろう。
面白いし、何より新たな魔法の可能性が生まれるのだから。
「なるほど。魔法となっているのだから、わざわざ普通の詠唱に切り替える必要性はなくなるってことだね」
「まあな」
だが、耳慣れない人間にとっては忌避感を覚える可能性もある。
悩ましい所だ。
「しかし、ある種、すげえことするな」
「そうなの?」
「普通に使っている言葉を魔法として使えるやつは、かなり少ないと思うぞ」
普通の言葉で魔法が使えてしまうのなら、長々と契約詠唱を唱える必要もない。
しかも、単語は短いのに、確実な成果が出ている。
魔法としては、高速詠唱以上の価値があるだろう。
「魔法力の消費量はどうだ? 見た目に変化はないが、中身はお前じゃないと分からんからな」
感じる魔力にもほとんど影響はない。
恐らくは、そこまで魔法力を消費していないとは思う。
どんな省エネ魔法だ?
「さっき、鏡に使ったほどは減ってない気がする。それに、多分、『風魔法』も、『吹き飛べ』って言った方が、使いやすかった」
ちょっと待て?
「あれは『風魔法』だったのか?」
今まで、栞が使っていたものとは明らかに違った。
これまでの「風魔法」は、基本的に竜巻のような現象を起こしていたのに、先ほど、オレが吹っ飛ばされた魔法は、同じように下から発生はしたのだが、巻き起こるではなく、破裂するような勢いだったのだ。
「いや、イメージは昔観た特撮の爆発。周囲を吹っ飛ばすから、九十九も吹っ飛ぶかな~って」
「アレを食らった身としては、複合魔法に似ていると思った」
風魔法と、爆発魔法、の二種類。
「複合魔法?」
「組み合わせたものだな。お前が使う『治癒魔法』もそうだろう? 栞が使うのは、治癒魔法と風魔法を組み合わせて、対象者を吹っ飛ばす治癒魔法になっているやつ」
もともとが想像力豊かなのだろうが、いくら何でも、効果が大きすぎる。
「そう聞くと、風成分、いらなくない?」
何を今さら。
「風魔法と組み合わせているから、離れた所にも届くし、魔法力はあるから、複数の治癒も可能となっている。その辺り、オレよりずっと使える魔法だ。問題は……、吹っ飛ばし成分だな」
そこが一番の問題だが……、ちゃんと治癒はされているので、大丈夫だろう。
目的は果たされている。
吹っ飛ぶけど。
「しかし、一度、吹っ飛ばしのイメージが付いた魔法を、落ち着かせるのは難しいかも」
「その辺りは、何度も練習してイメージを掴め。魔法ってのはそんなもんだ」
そうすることで、新たな魔法を見せてくれる気がした。
それが、オレにも、使えるようになる魔法だと嬉しいとは思うが、難しいだろう。
栞のような考え方は持てない。
さて、必要な確認は終わった。
だから、気持ちを切り替えようか。
「……と、もう一つ」
オレにとって、最大の目的がある。
「な、何?」
何故か、警戒される。
「これ」
そう言いながら小さな箱を差し出した。
小箱には、分かりやすく橙色のリボンが付けてある。
「今回も、ちゃんと渡せそうで良かった」
今回は、本当にダメだと思っていた。
少なくとも、当日中に渡せるとは思っていなかった。
「誕生日、おめでとう、栞」
それも笑顔で。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




