居心地の良い魔力
「その前に、いくつか確認しておかないといけないことがあるんだが、良いか?」
宿を探す前に、これだけは確認しておかないといけないことがあった。
「何?」
「お前、いつの間にか魔法が使えるようになったのか?」
栞が、オレと来島の間に割って入った時、その際、使われたのは間違いなく魔法だったと思う。
だが、これまで、彼女の意思で魔法を使われることはほとんどなかった。
しかも、今回使われたのはオレが知らないものだったのだ。
嫌でも気になってしまう。
「アレは魔法に入るの?」
きょとんとした顔で聞き返される。
当人もよく分かっていないらしい。
「入るな。あの詠唱は、ともかく、目晦ましの光も、オレを吹っ飛ばしたのも間違いなく魔法だ」
聞き逃してしまいそうなほど短い詠唱だった。
だが、その効果と威力を考えればそう結論付けるしかない。
「へ~」
「いや、『へ~』って……」
だが、いろいろ考えたオレの言葉に対して、彼女の反応は実にあっさりしたものだった。
「アレを魔法と呼んで良いのか。わたしには分からないんだよ」
では、何故、あんな魔法を使おうと思ったのか?
「来島が何かしたのか?」
心当たりはそれぐらいしかない。
これは別に嫉妬とかそんな感情からきた言葉ではないのだ!
「いや? 全然? ただ、自問自答中に変な存在を生み出しただけ」
「あ? なんだ、そりゃ」
彼女の言っている意味が分からないことは珍しくないが、今回は特によく分からなかった。
「えっと、鏡の中にいるわたしを引きずり出したと言うか? そっくりさんを召喚したと言うか?」
「…………は?」
今、無視できない言葉が混ざっていたぞ?
「なんか、わたしそっくりの存在を創り上げた?」
その言葉で、オレはあることを確信した。
「お前、『分身体』を意識的に造れるのか?」
あの存在を意識的に作り出せると言うのなら、それはとんでもない話だ。
「ライズ?」
だが、彼女は首を傾げた。
「あの存在って、『ライズ』って言うの?」
その質問で、彼女がその名を知ることがなかったことを思い出す。
どうやら、本当にあの存在とは記憶の共有をしていないらしい。
「い、いや、アイツが名前を付けろって言うから……」
なんだろう?
別にオレは何も悪いことはしていないはずなのに、この落ち着かないような気持ちになるのは……。
「アイツって、あの存在、九十九と会ったの?」
心なしか、その口調はちょっと強い気がした。
「そして、名付けた、と」
そこで彼女は考え込む。
「でも、『ライズ』って、九十九、ソフトボールを知らないよね?」
その言葉で、「分身体」にも同じことを言われたことを思い出す。
「同じこと言いやがった」
だから、そう口にしていた。
微妙に違う存在で、思考も共有していないはずなのに、導き出される結論が同じというのは、やはりどこかで繋がっているということだろうか?
「へ?」
当然ながら、彼女はその意味が分からず、短く問い返す。
「なんでもねえよ。単にあの存在は、お前の身体の記憶とか言うから、『メモライズ』から取っただけだ」
「『メモライズ』? 記憶なら、『メモリー』でも良かったんじゃないの?」
またも似たようなことを言う。
どこまで再現するつもりだ?
「『メモリー』より、『ライズ』の方が可愛くて、他にも意味があるだろ?」
だから、オレも似たような言葉を返した。
「可愛い。それは大事だね」
そう言って、彼女はあの「分身体」と同じように笑うから……。
「『栞』も、『ラシアレス』も、可愛い名前だと思うぞ?」
つい、そんなことを口にしてみた。
「ふわっ!?」
分かりやすく、彼女の顔が朱に染まる。
オレの言葉でも、ここまでの表情の変化があることは素直に嬉しかった。
「千歳さんと国王陛下がそれぞれ考えたんだろうな」
それは事実だろう。
特に、「魔名」は、神官より「命名の儀」をされて、初めて付けられるものだ。
そこにあえて、「セントポーリア」の言葉を入れたということは、セントポーリア国王陛下と千歳さんの隠された覚悟が見えた気がする。
「どうした?」
オレの顔を彼女がじっと見ていることに気付く。
「なんでもない。だけど、『栞』はちょっと慣れない」
居心地が悪いのだろう。
「慣れろ」
だが、今更、戻す気はない。
「お前だって、ずっとオレのことを呼び捨てているだろ? お互い様だ」
「それは……、そうなのかもしれないけど……」
どこか煮え切らない。
それなら、後腐れが無いように、お互いが納得できるよう、誘導してやろう。
「それとも、兄貴のように、『栞ちゃん』の方が良いか?」
「勘弁してください!!」
うん。
これは、オレもいろいろ辛い。
18歳の女に向かって言うのは、相当な苦行だと思う。
オレがもっと年上なら、違和感もないだろうが。
「大神官様のように『栞さん』の方が良いか?」
「悪くはないけど、ちょっと違和感」
オレはこちらも嫌いではないが、ちょっとよそよそしい感じにはなる。
「『ラシアレス』ってわけにはいかないだろ?」
本来なら、これが正しい。
「反応できる気がしない」
だが、やはり彼女は嫌がった。
「まあ、他のヤツにも教えたくはないからな」
必然的に、他者に「魔名」が露見する可能性にも繋がる。
それに、この名は、昔、「シオリ」が教えてくれたものだ。
そして、恐らく、兄貴すら知らない。
それを他のヤツに簡単に教えてやる気にはなれなかった。
「だから、『栞』で良いだろう?」
普通に考えれば、これまでのように、「高田」のままでも問題ないのだ。
オレも呼び慣れているし、他の人間だって、彼女のことをそう呼ぶ人間だって少なくはない。
だが、オレはもう、彼女のただの友人に戻りたくはない。
これは我が儘で自分勝手な想いではあるが、十数年も寝かせてきた想いでもある。
だから、彼女から同じように想われることはなくても、せめて、一番、近い存在ではありたいだけだ。
そんなオレの気持ちに気付くはずもないが、それでも彼女は納得してくれたようだ。
そのことに、オレは密かに安堵した。
「話を戻すぞ?」
だが、本題を忘れてはいけない。
「はい?」
「お前の魔法の話」
「ああ、そうだった」
忘れてやがった、この女。
「そのお前によく似た存在、『分身体』は、今でも出せそうか?」
それは割と重要なことだと思う。
それに、オレはまだあの存在に確認したいこともあるのだ。
「どうだろう? 少なくとも鏡が欲しいかも?」
「鏡?」
何故、鏡?
「自分の姿を見ないと、出せる気がしない」
「なるほど……」
確かに、オレも自分の「分身体」を何もない所から作れと言われたら難しいかもしれない。
いや、多少、補正した存在になる可能性もあるだろう。
それに、この言葉から、あの「分身体」が幻影とも違うことがよく分かる。
「いけるか?」
オレは、鏡を召喚して、そう言った。
「やってみる」
そう答えて、鏡の前に立つ。
そして、暫く集中していたようだが……。
「ごめん、無理みたい」
ちょっと眉を下げて笑った。
だが、オレはそれを見て、身震いをしていた。
確かに形にはならなかった。
だが、あの大量の魔力を、全部、この鏡に閉じ込めやがった。
魔力の付加とも違う現象だが、専門家ではないオレには分からないことが起きたのは間違いない。
「そうか……」
何事もなかったかのように鏡を収容しようとして、あることに気付いた。
「栞の魔力の気配が強くなったな、コレ」
魔力を閉じ込める……。
これは、「印付け」とは違う。
だが、目の前の鏡面にはよく馴染んだ居心地の良い魔力が込められている。
「あれ? もしかして、収容できなくなった?」
「いや、オレの魔力の気配も残っているから、多分、いける」
だが、これにオレの魔力を通すと押し出してしまうかもしれない。
せっかくの彼女の魔力が籠った鏡だ。
どうせなら、少しでも長く多く、この魔力を残したままにしたい。
そう考えてしまったオレは、既に立派な変態の一人になっちまったのかもな……と思ったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




