常識が邪魔をする
「話を戻すぞ?」
九十九がそう言った。
「はい?」
「お前の魔法の話」
「ああ、そうだった」
名前のインパクトに思考が持っていかれたが、元はそんな話だった。
「そのお前によく似た存在、『分身体』は、今でも出せそうか?」
「どうだろう? 少なくとも鏡が欲しいかも?」
「鏡?」
九十九が不思議そうな顔をする。
「自分の姿を見ないと、出せる気がしない」
何もない所で自分の姿を思い描けるほど、わたしは自分を良く知らないのだ。
「なるほど」
九十九は目の前で、鏡を召喚した。
「いけるか?」
「やってみる」
イメージは、鏡の中のわたしを引きずり出す感じ。
あの時と同じように、鏡に向かってわたしの魔力が吸い取られていくが、何も起きなかった。
でも、気のせいか、鏡像が笑った気がする。
「ごめん、無理みたい」
見られていたせいか、緊張したのもあるかもしれない。
「そうか」
九十九は少し残念そうにそう言って、その鏡を収容しようとしたが、何故か動きが止まる。
「栞の魔力の気配が強くなったな、コレ……」
「あれ? もしかして、収容できなくなった?」
鏡が、わたしの魔力を吸い取ることで、うっかり「印付け」されてしまったようだ。
「いや、オレの魔力の気配も残っているから、多分、いける」
そう言いながら、いつもより時間をかけて、収納した。
「他のは使えそうか?」
「そっちなら、多分」
そう言って、わたしは両手を掬い上げるような形にして。
「光れ」
と、一言だけ口にした。
すると、蛍のような光が手のひらの上に浮かび上がる。
「これは、光魔法か?」
九十九がその手のひらを覗き込む。
でも、多分、わたしが「光魔法」と口にしても、この光は出てこないだろう。
特に「ライト」という単語は、別のイメージがあまりにも強すぎるから。
「なんで、急にできるようになった? それに、今のは詠唱?」
九十九がその光を見ながら考え込む。
「多分、イメージの問題じゃないかな……と」
「イメージ?」
「わたしは無詠唱で魔法にイメージは巧くできないし、九十九たちが言うような詠唱でもその魔法のイメージが巧く掴めていなかったんだよ」
日本語で口にしてみて、それがはっきり分かった。
だから、「ファイアー」や「アイス」よりも、「燃えろ」、「凍れ」の方が、恐らく分かりやすくイメージできるだろう。
「じゃあ、他にもできそうか?」
「やってみようか?」
わたしは、手のひらの光を消し、その場に立った。
「燃えろぉ!!」
そう言いながら、拳を振るうと、自分の拳が炎に包まれ、振り終わりと同時に消えた。
「お前、それ」
九十九が何かを言いたそうにしているが、わたしにとって、この言葉のイメージがこれだったのだから仕方ない。
「なるほど。漫画やゲームを参考にすれば、もっと魔法のイメージが掴みやすいかもしれない」
わたしはそう納得した。
確かに、映像情報が頭にある方が、イメージも固定化しやすい気がする。
「ちょっと待て? そして、今のを、『火魔法』と言って良いのか?」
九十九がどこか慌てたようにそう言った。
「いや、多分、普通に『燃えろ』と言うだけでも、『火魔法』は発動してくれるとは思うよ。でも、威力や効果はその都度、変わるかもね」
でも、多分、火の玉が跳ねる気がする。
日本でも有名な配管工が主人公のゲームのイメージが強い。
「オレは今日ほど、お前を非常識だと思ったことはない」
「失敬な。わたしはわたしの常識を生きているだけだよ」
「背後に若宮が取り憑いてねえか?」
「酷いことを言うね」
わたしはそう笑った。
「まあ、魔法が使えるようになったのは、一応、進歩と言えるのか? しかし、イメージ。そして、日本語かぁ」
「日本語で育ったせいかな?」
慣れない言葉より、しっくり来たのは間違いない。
憧れの魔法とは少し違うけど、明確に、頭の中で描くことができるのは、やはり日本語だった。
「それもあると思う。だけど、結局の所、さっき言ったイメージ。これが、全てだな」
「想像力ってやつだね?」
ずっとそう教わっていたのに、何故かイメージができなかった。
だけど、日本語なら、明確に映像が思い浮かぶ。
「そう言うことだな。慣れれば、普通の詠唱でもいけると思うが、水尾さんや真央さんがどう思うかな?」
「魔法とは認められないってこと?」
確かに、「魔気の護り乱れ撃ち」は水尾先輩は、魔法として認めないと言っていた。
「逆だ。しっかり魔法になっているなら、詠唱は些細なもんだと言いそうなんだよ」
「なるほど。魔法となっているのだから、わざわざ普通の詠唱に切り替える必要性はなくなるってことだね」
そして、普通の詠唱で上手く使える気はしない。
「まあな。しかし、ある種、すげえことするな」
「そうなの?」
「普通に使っている言葉を魔法として使えるやつは、かなり少ないと思うぞ」
それが魔界人の常識ってことなのだろう。
決められた詠唱を口にしなければ、魔法は使えない。
産まれた時から、そう教えられて育ったのだ。
簡単に拭うことができれば、苦労はない。
そして、イメージにはいつだってその「固定観念」が邪魔をする。
「魔法力の消費量はどうだ? 見た目に変化はないが、中身はお前じゃないと分からんからな」
九十九が確認する。
「さっき、鏡に使ったほどは減ってない気がする。それに、多分、『風魔法』も、『吹き飛べ』って言った方が、使いやすかった」
それに、いつもやる「魔気の護り乱れ撃ち」に比べれば、ずっと楽だ。
「あれは『風魔法』だったのか?」
九十九が驚愕する。
「いや、イメージは昔観た特撮の爆発。周囲を吹っ飛ばすから、九十九も吹っ飛ぶかな~って」
わたしは、あの時、あの場所から、九十九だけを動かしたかった。
だけど、いつもの「風魔法」では、その近くにいたソウも巻き込んで巻き上げたことだろう。
そして、九十九ほどの風魔法耐性を、あのソウが持っているとは思えなかった。
そう思ったから、九十九だけを吹っ飛ばすイメージにしたのだ。
「アレを食らった身としては、複合魔法に似ていると思った」
「複合魔法?」
「組み合わせたものだな。お前が使う『治癒魔法』もそうだろう? 栞が使うのは、治癒魔法と風魔法を組み合わせて、対象者を吹っ飛ばす治癒魔法になっているやつ」
「そう聞くと、風成分、いらなくない?」
吹っ飛ばし攻撃が標準装備の治癒魔法って、誰が喜ぶのか?
「風魔法と組み合わせているから、離れた所にも届くし、魔法力はあるから、複数の治癒も可能となっている。その辺り、オレよりずっと使える魔法だ。問題は、吹っ飛ばし成分だな」
そこが、一番の問題ではなかろうか?
「しかし、一度、吹っ飛ばしのイメージが付いた魔法を、落ち着かせるのは難しいかも」
言われてみれば、風魔法と組み合わせなければ、わたしは治癒魔法のイメージも難しかったりする。
最初に成功させた時のイメージが、吹っ飛ばして治癒させる、だったからかもしれない。
そう考えると、治癒魔法のはずが、体組織破壊系魔法となる人たちも、最初に破壊してしまったから、なのだろうか?
「その辺りは、何度も練習してイメージを掴め。魔法ってのはそんなもんだ」
九十九が嬉しそうに笑った。
彼はずっと、わたしの魔法を見て、さらには食らってきた人だ。
それが、少しでも、制御できるようになったから嬉しいのかもしれない。
同時に、それだけ苦労をさせてきたってことでもある。
そんな彼だから、わたしが魔法を制御できるようになったことを、まるで我がことのように喜んでくれるのかもしれない。
「……と、もう一つ」
それまで笑っていた九十九が、真顔になった。
「な、何?」
その変化に妙な緊張感を覚えて、どもってしまう。
「これ……」
そう言って、九十九は小さな箱を差し出す。
その箱には可愛らしいリボンが付いていた。
まるで、何かのプレゼントのような箱。
その意味が分からなくて、首を傾げたくなる。
これは一体?
「今回も、ちゃんと渡せそうで良かった」
少しだけ照れたように、その表情を和らげながら……。
「誕生日、おめでとう、栞」
九十九はそう言って笑ったのだった。
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