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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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可愛いは大事

 九十九の腕からようやく解放された後も、わたしたちはこの場所から離れなかった。


 いろいろあって疲れたと言うのもあるけど、これまでのことをちゃんと整理したかったのだ。


 そして、それは九十九も同じだったらしい。

 だから、わたしたちは互いに何も話さずに、ただ、横に並んで座っていた。


 あの宿には帰りたくないから、丁度良いかな?


「ここは……、普通だな」

「へ?」


 九十九がポツリと口にした。


「この場所だ。この『トラオメルベ』はどこに行っても、妙に感情を揺さぶられると言うか、ずっと変な感覚があったけど、ここは、妙に落ち着く」


 九十九が大きく息を吐いた。


「感情を揺さぶられる?」

「まあ、ここは『ゆめの郷』だからな。いろいろな感情が渦巻いて、ソレに当てられていたのだろうけど……」

「えっと? ごめん、もっと分かりやすく」


 わたしが純粋な魔界人ではないせいか。


 彼の感覚がよく分からない。


「この場所はどこに行っても、気分が落ち着かなくなる気がしていた。多分、それは、他の人間たちの体内魔気の干渉によるもので、まあ、魔力感応症が他人の感情に影響していると思えばいい」


 1人の機嫌が悪くなると、そのイライラが、周囲の人たちに伝染するようなもの、かな?


「でも、なんでそんなことが?」

「よく分からんが、感情が揺さぶられる方が、いろいろと都合が良いってことじゃねえのか?」


 都合が良い?

 誰にとって?


「最近の、わたしの変な感覚もそのせい?」

「仮にも王族のお前にどこまで影響を与えるかは分からんが……。ああ、今にして思えば、水尾さんや真央さんも少し、変だった気がするな」


 あの2人も?

 それなら……。


「雄也さんは?」

「兄貴? ああ、あの兄貴は多少、揺れても外に見せないからな~」

「九十九も、落ち着かなかった?」

「こんな場所で落ち着けるような人間に見えるか? トルクスタン王子じゃあるまいし」


 それは、ちょっと答えにくい。


 でも……。


「わたしが、あの宿に帰りたくないのも、そのせい?」

「帰りたくないのか?」

「うん。なんか、あの部屋、嫌」


 それは、九十九からされたことのせいだと思っていた。

 自分の使っている部屋が、あの部屋に似ているから嫌なのだと。


 だけど、わたしは確かにこの「ゆめの郷」に来た時から、ずっと落ち着かない気分だったのだ。


「高級宿だからな。もしかしたら、普通よりももっと大きくていろいろな負の感情が宿っているかもしれん」

「宿だけに?」

「…………そんな話はしてないよな?」


 九十九はそう言うが、思わず言わずにはいられなかったのだから仕方ない。


「じゃあ、どうする?」

「どうする……って……」

「お前が戻りたくないなら、今夜は帰さない」


 そこに他意はないのだろうけど、なんか、恥ずかしい台詞を真顔で吐かれた気がする。


「帰さないって、ここで過ごすの?」


 別にそれはそれで問題もない。


 いつもの野宿だ。

 そして、九十九は簡易宿泊施設も持ち歩いている。


「別の場所に泊まれば良いだろ?」

「…………はい?」


 彼は真顔でさらに言う。


「幸い、宿泊施設は掃いて捨てるほどある」

「…………はい!?」

「オレも、落ち着きたい。あの場所は、オレも嫌だ」


 うぬぅ。

 そう言われたら、拒否しにくい。


「でも、お金……」

「オレが出すに決まってるだろ」

「いや、そうじゃなくて。ただでさえあの高級宿に払っているのに、二重で別の場所に泊まる、なんて……」


 ちょっと浪費が過ぎるのではないだろうか?


「別の所に泊まるのは嫌じゃないのか?」

「? あの場所よりは多分、マシでしょう? ただ、お金がかかるんじゃないの?」

「…………そうだな」


 九十九が変な顔をした。


「別の所に泊まるのは良いんだな?」

「うん」


 わたしがそう返答すると、九十九は考え込んだ。


 やはり、無駄遣いは嫌なのかな?

 主夫だしね。


「でも、お金がないなら、別にここでも良いよ?」

「いやいやいやいや! そんなことはさせられん! 分かった。お前の意思に従う」


 わたしの意思って……。

 泊っている場所に戻りたくないって我が儘を言っているだけなのに。


「その前に、いくつか確認しておかないといけないことがあるんだが、良いか?」

「何?」

「お前、いつの間に魔法が使えるようになったんだ?」

「アレは魔法に入るの?」


 多分、彼らの間に介入した時の話だと思う。


 九十九は一瞬、考えたが……。


「入るな。あの詠唱は、ともかく、目晦ましの光も、オレを吹っ飛ばしたのも間違いなく魔法だ」


 そう結論付けた。


「へ~」

「いや、『へ~』って……」

「アレを魔法と呼んで良いのか。わたしには分からないんだよ」


 わたしは()()()()()()()だ。


 こうなれば良いな……、と。


「来島が何かしたのか?」


 何故、ここでその名前が再び出てきたのか分からない。


「いや? 全然? ただ、自問自答中に変な存在を生み出しただけ」

「あ? なんだ、そりゃ」

「えっと、鏡の中にいるわたしを引きずり出したと言うか? そっくりさんを召喚したと言うか?」

「…………は?」

「なんか、わたしそっくりの存在を創り上げた?」


 思えば、アレがきっかけだったと思う。


 あの存在のおかげで、魔力で何かを作る感覚と言うのが、もっと分かりやすくなった気がしたのだ。


「お前、『分身体(ライズ)』を意識的に造れるのか?」

「ライズ?」


 九十九からの出てきた言葉は耳慣れない単語だった。


「あの存在って、『ライズ』って言うの?」


 わたしが問い返すと、彼は何故か口を押さえた。


「い、いや、アイツが名前を付けろって言うから……」

「アイツって、あの存在、九十九と会ったの?」


 なんとなく、そう言っていた気もするけど……。


「そして、名付けた、と。でも、『ライズ』って、九十九、ソフトボールを知らないよね?」


 わたしの中で、「ライズ」と言えば、「ライズボール」である。

 ソフトボール特有の浮き上がる変化球のことだ。


 あれは、相手がそれを投げると知らなければ、バントするのも一苦労だった覚えがある投法である。


「同じこと言いやがった」

「へ?」

「なんでもねえよ。単にあの存在は、お前の身体の記憶とか言うから、『メモライズ』から取っただけだ」

「『メモライズ』? 記憶なら、『メモリー』でも良かったんじゃないの?」

「『メモリー』より、『ライズ』の方が可愛くて、他にも意味があるだろ?」

「可愛い。それは大事だね」


 ……と言うか、そんな理由の命名って少し、羨ましい気がする。


 でも、なんだろう?

 わたしと同じ顔の人間が、どこか得意げな顔をしている気がした。


「『栞』も、『ラシアレス』も、可愛い名前だと思うぞ?」

「ふわっ!?」


 なんという不意打ち!?


「千歳さんと国王陛下がそれぞれ考えたんだろうな」


 特に意味はなかったのか、九十九は平然とそのまま言葉を続けた。


 ちょっと待って?

 九十九って、こんな人だった?


 いや、もともとこんな人だったか。


 基本、彼は「天然たらし」だとワカや高瀬も言っていた。


 だけど、「可愛い」?

 そんな単語を使うような人だったっけ?


 あれ?

 わたしが意識しすぎ?


「どうした?」

「なんでもない。だけど、『栞』はちょっと慣れない」


 一度だけで良いって言ったのに、気付けば、先ほどから彼はずっとわたしをそう呼んでいる。


 まるで、それが自然なことだとでも言うように。


「慣れろ」


 一言だけ、そっけなく九十九はそう言った。


「お前だって、ずっとオレのことを呼び捨てているだろ? お互い様だ」

「それは、そうなのかもしれないけど……」

「それとも、兄貴のように、『栞ちゃん』の方が良いか?」

「勘弁してください!!」


 いくらなんでも九十九からソレはない!!


「大神官猊下のように『栞さん』の方が良いか?」

「悪くはないけど、ちょっと違和感」


 丁寧過ぎて、距離を感じる。


「『ラシアレス』ってわけにはいかないだろ?」

「反応できる気がしない」


 大体、「魔名(まな)」についてはさっき知ったばかりなのだ。


 確かにそれが魔名(ほんみょう)かもしれないけど、この13年間ほど「栞」として生きてきて、今更、自分の名前とは思えない。


「まあ、他のヤツにも教えたくはないからな。だから、『栞』で良いだろう?」


 そう言われると、それしかない気もしてきた。


 仕方ない。

 なんとか慣れるしかないよね?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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