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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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耐えられる自信はないから

 九十九から抱き締められながら、わたしの頭の中はぐるぐるとしていた。


 相手が九十九だから、あの時のことを思い出すかと思ったけど、やっぱり、全然違う!


 あの時は、怖さが強かったのに、今の彼は全然、怖くない!!


「栞」

「な、何!?」


 ぐるぐるしている頭に、低音ボイスで名前呼びはかなり卑怯だと思います。


 明らかな致死量で、倒れそうになる。


「少しだけで良い。黙ってオレの言葉を聞け」

「ふえ?」


 ぼんやりとした頭に、九十九の低い声が届く。


 彼は、暫く喋るなと言ったので、少し我慢しよう。


「前にも言ったが、この両手は既にお前に捧げた物だ」


 ああ、以前、そんなことを言われた。

 だから、好きなように使えと。


 あれは「発情期」前のことだったっけ。


 でも、この腕を知っているのは、もうわたしだけじゃない。

 それを思うと、少しだけ、悔しかった。


 そうなるってちゃんと分かっていたのに。


「いや、両手だけじゃない。オレの心も身体も魂までも、主人(あるじ)であるお前に全て捧げてやる」

「ふおっ!?」


 まさか、そんなことを九十九から言われるなんて、思ってもいなかった。


 思わぬ方向からの言葉だったが、それはとてつもなく重いもののように感じた。


 今、心も、身体も、魂もって言った?

 それが、どれだけの意味を持っているか、あなたには分かっている?


 恐らく、この言葉は、ただの「好き」とか「愛している」より、ずっと重い。


 それを、彼は「主人(あるじ)」であるわたしに向けているのだ。


 わたしは、それに対してどう答えるべき?


 九十九が、混乱しているわたしの黒髪を撫で、さらに耳元に顔を近づけてくる。

 吐息が耳を擽って、酷く、恥ずかしい。


 既にもっと恥ずかしいことは何度もされているというのに。


 なんで、こんなことをされているのかは分からないし、先ほどの言葉もぐるぐると頭の中で響いて鳴りやまない。


 だけど、さらに九十九は甘く低く、そして、微かにこう続ける。


「『()()()()()()()()()()()()()()』は、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()』を最期の時まで守り抜くとここに誓う」


 ――――!?


「何度も救われたオレの命。お前の好きなように使え」


 そう言って、彼はわたしをさらに抱き締めた。


 わたしは、動けない。

 頭も身体も何も思うように動かせなくなってしまった。


 そんな状態になったまま、どれくらい時間が過ぎただろうか?


 九十九の言葉によって、完全に停止していたらしいわたしの思考(あたま)が、ようやく起動を始めたようだ。


「つ、九十九?」


 もう、話しても良いだろうか?


「なんだ?」

「今……の、言っても良かったの?」


 本当に聞き間違えたかと思った。

 それだけ、いろいろと衝撃的だったのだ。


 先ほどの九十九の言葉の中に、一体、どれだけ驚くべき部分があったのだろう?


「今のって、ああ、オレの『魔名(なまえ)』のことか?」


 やっぱり、先ほど聞こえたのは、九十九の名前だったようだ。


 初めて聞く、九十九の「ファーストネーム」、「セカンドネーム」、「サードネーム」……の全て。


 つまり、彼の本名である「魔名(まな)」と呼ばれるものだ。


「うん」


 わたしは頷く。


「それ……って、こんな所で、わたしに言っても良かったの?」


 昔、初めて「魔名」の話をした時に、確か、九十九の「魔名(なまえ)」は、好きな人にしか告げないと聞いた覚えがある。


「お前以外に誰に向かって言えと?」


 だが、動揺するわたしを気にせず、九十九は平然と言いきった。


 いやいやいやいや?

 ちょっと待ってくださいな?


「い、いや、九十九の、『魔名(まな)』って生涯の伴侶にしか告げないとか、言ってなかったっけ?」


 少しだけ声が震えた。


 その言葉と、先ほど彼が言った言葉の意味を考えると、それは……。


()()()()()()()()()()だ」


 ぬ?


 あれ?

 なんか、違った?


「オレはもともと、自分から告げるのは、ただ1人と決めていただけで、具体的に誰、としていたわけではない。ただ1人って言っていたから、兄貴が勝手に誤解したんだ。訂正も面倒だから、そのままにしている」

「そうだったのか」


 なんだ。

 別に好きな人にしか言わないってわけじゃなくて……。


 い、いや?

 別に残念な気はしていないよ?


「じゃ、じゃあさ」


 そして、実は、もう1つ、気になった部分もあった。


「その、ラシアレス……って?」


 いや、なんとなくはもう分かっている。


 流れとか雰囲気とか?

 そう言ったもので大体、理解はできたのだ。


 この状況で、別の女性の名を呼ぶとかはあり得ないだろう。


 それに何より、国の名前である「セントポーリア」が、サードネームの人間がそんなにごろごろしているはずがない。


「お前の『魔名』だ」


 あまりにも予想通りすぎて眩暈がする。


「なんで、わたしの『魔名』を、九十九が知ってるの?」

「昔、聞いたからな」


 そりゃ、彼とは幼馴染だから、昔のわたしが言っていた可能性はあった。


 そう言えば、昔、人間界にいた時に夢で視たじゃないか。

 九十九によく似た子と、わたしと思われる誰かが、「名前」について話す夢。


 あれはやっぱり、「過去視」だったってことになる。


 それに……。


「そっか。だから……」


 情報国家の国王陛下は、初めて会った時に、わたしを「ラシアレス」と呼んだ。


 そのことを「聖女の卵」とバレているためかと、不思議に思っていたのだけど、今、その疑問も解けた。


 あれは「聖女」への探りではなく、「セントポーリア国王陛下の娘」への探りだったのだ。


 だけど、7人いる「救世の神子」と呼ばれる存在の1人。


 風の神子「ラシアレス=ハリナ=シルヴァーレン」様と同じ名前なのは、セントポーリア国王陛下の意図だろうか?


「自分の魔名を、関係ないオレの口から聞くのは、嫌だったか?」

「そうじゃないよ」


 少なくとも、昔のわたし()それだけ、彼のことを信用していたということだろう。


 だから、「セントポーリア」の入った魔名を、彼に伝えていたのだと思う。


 そのことが、自分の不利になると知っていて。


「ただ、ビックリしただけ」


 本当に驚いたのだ。


 自分の魔名を九十九が知っていたことも驚きはした。

 九十九の魔名を伝えられたことも、ある意味、びっくり仰天だった。


 だけど、その全ての衝撃は、後に続いた九十九の誓いによって既に完全なまでに粉砕されていた。


「『最期の時』までなんて、言わないでよ」


 わたしはそう呟いていた。


「『我が命尽きるまで』の方が良かったか?」

「そう言う意味じゃない!!」


 そのことに彼が気付いていないはずがない。


「わたしは、半分、人間だから、あなたほど寿命は長くないんだよ?」


 確かに父親は魔界人だ。

 しかも中心国の王さまだ。


 それは、「魔名」からも分かってしまう。


 「魔名」のサードネームは家名のようなものだ。

 そして、ある程度自由に決められる。


 だけど、国名を名乗ることができるのは、その時点で国王の三親等内の人間だけだと大神官さまは言っていた。


 つまり、母は隠していたつもりでも、セントポーリア国王陛下にはきっちりバレていたってことだ。


 あの王さま……。

 無害そうな顔をしているのに、本当に強かだと思う。


 わたしに、その「魔名」が命名されているのが、本当のことならば……、だけど。


 だけど、流れる血のその半分は、本来この世界にいるはずがない「高田千歳(にんげん)」の血でもある。


 これも誤魔化すことはできない。


「分かっている」


 九十九は、さらに両腕に力を込める。


「それでも、オレは、今、お前に誓いたかった」


 胸にまで響く低い声。


 真面目で不器用なこの青年は、一度、口にした誓いを撤回などしないだろう。

 これは、彼の贖罪であり、わたしに対しての情でもある。


 それならば、わたしも私情を押し込めて、応えるべきかもしれない。


「九十九、離して」

「え……?」


 どこか戸惑うような短い声。


「これじゃあ、あなたの顔を見ることができない」


 わたしがそう言うと、彼は少しだけ腕を緩ませた。


 ゆとりができたために、確かに顔は見えるようになったけど、離してくれないのは何故だろう?


「先ほどの誓いは本気?」

「当然だ」


 考えは曲がらない。


 真っすぐで誤魔化しを許さない強い瞳。


「分かった。それなら……」


 わたしは、こう言うしかない。


「わたしを庇って命を無駄にすることだけは絶対にしないでね」


 そんなことをされたら、耐えられる自信はないから。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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