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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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彼女のためならば

「あの時は、本当に怖かった」


 彼女はそれをどんな表情で口にしたのだろうか?


 それを確認することが怖くて、情けないことにオレは、顔を上げられなかった。


 なんて、ザマだ。

 自分がやったことの結果すら見ることもできないなんて……。


「九十九が、別人みたいに見えて……、本当に……、怖かった」


 震えながらも、誤魔化しもせず、その時の心境を口にする。


 怖くなかったはずがない。

 彼女は、あの時、あの瞬間まで、身勝手な男の恐ろしさを知らなかったのだ。


「ごめん」


 だが、今のオレには情けなくも謝罪以外の方法が見つからない。


 いろいろ魔法が増えて、知識も蓄えた気でいたのに、オレはこんなにも小さくてみっともない男だったのだ。


「九十九……」


 彼女の声が小さく、でも、はっきりと耳に届く。


「顔を上げて?」


 それは穏やかだけど、拒否を許さない声。


 いや、もともと、オレは彼女に逆らうことなど昔からできなかった。


 顔を上げると、彼女の黒い瞳が見える。

 いつもは好きなその瞳が、今は、途轍もなく恐ろしいものに思えた。


 だが、目を逸らすことなどできない。


 背後には「蒼月(ティアラタス)」の淡い光がオレたちを照らしている。


 それは、まるで断罪の光のようだ。

 

「言っておくけど、わたしはあなたに罰を与える気はないから」


 予想外にも、彼女はそんなことを口にした。


 だが、それは、オレにとって、絶望の淵に落とされたかのような衝撃を与える。


 つまり、彼女はオレを決して、許しはしないと言うことか?


「本当にわたしに対して悪いと思うなら、罰を受けることで自分だけが楽になろうなんて考えないで」


 さらに言葉を続けられた。


 罰を受けることは、オレだけが楽になる……、と?


 分からない。

 どうして、彼女はそんなことを言うのか?


「だけど……」


 このままでは、苦しいのだ。

 ずっと、はっきりしない状態が続くことに、オレが耐えられる気がしなかった。


 それでなくても、ずっとまともに彼女と話ができなくて……、ようやく、オレを見てくれたというのに……。


 この考え方が自分勝手なことは分かっている。


 だが、また、オレを置いてどこか別の場所へ行ってしまう彼女の後ろ姿を見たくなかったのだ。


「本当に心底、反省しているなら、今後の働きで償ってくれた方がわたしはずっと嬉しい」

「……え……?」


 (こん)……、()……?


 今、この女はなんと言ったのだ?


 だが、さらに、信じられないことは続く。

 仄かに笑みを浮かべる口元を隠しながら、彼女はこう言ったのだ。


「あなたは、わたしの専属護衛でしょう?」


 ―――― ありえない!


 自分の都合が良い耳を疑う。

 どれだけ、平和な頭をしていれば、そんな結論に達するのだ?


「オレは、お前の護衛でいて良いのか?」

「わたし、『護衛を外す』とも『辞めてくれ』とも一言も言った覚えはないよ?」


 確かに言われていない。


 だが……。


「護衛を辞めても生きていけるって……」


 あの時、確かにそう言われたのだ。


 そして、それが当然のこと。


 護るべき対象を危険に晒すどころか、危害を加えるような相手を護衛として認めるヤツなんかいない。


 それがどんなに暢気な思考でも。


「あなたは、わたしの護衛を辞めても生きてけると思うよ」


 彼女は無情にも言いきった。


 だが、それでも……。


「でも、わたしにはちょっと無理かな」


 オレに対して、救いの手を伸ばそうとしてしまう。


「わたしは、あなたと雄也さんなしで、この世界を生きていける気がしない」


 彼女の言葉は、()()()()()()があったものの、オレをさらに惑わそうとする。


「だから、こちらから『辞めないで』って、改めてお願いしたいと思っている」


 何故、そんな結論が出たのか分からない。


 兄貴はともかく、オレを含める理由はなんだ?


 それに、彼女は先ほど、()()()()()()()()()()()()()のだ。


 それは確かにオレが知っている詠唱ではなかった。

 だが、あれは……間違いなく、魔法だ。


 自分の身体を巡る魔力を使って、想像し、創造した奇跡。


 以前にも増して、魔力も強大になり、その上、魔法を自在に操れるようになったのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「だから、これからもずっとわたしを護ってくれる?」


 だが、それでも、こんなオレに対して、彼女は傍にいてくれと言う。

 その上、護ってくれと願う。


 それはなんて、残酷(甘い誘惑)なのだろうか?


 これ以上、顔が見ることができない。

 真っすぐにオレに手を伸ばす彼女はあまりにも眩し過ぎて……。


「オレを、簡単に許すな」


 そう言うしかなかった。


「簡単じゃないよ。かなり迷ったんだから」


 彼女は頬を膨らませながら、オレの言葉を否定する。


 どうして、素直に罰をくれないのだ?


 オレのしたことは……。


「お前、自分が何をされかけたのか、本当に分かってるのか?」

「勿論、分かっているよ!」


 まるでかき消すかのように、彼女はオレの言葉に反駁する。


 そして……。


「アレは! こ……、子作りの強要でしょう?」


 顔を真っ赤にしながらも、()()()()()()()()()を口にした。


「…………は?」


 それは、あまりにも予想外の言葉。


 オレはずっと、「発情期」は、女に縁がなかった男の欲望を満たすためのものだと聞いてきた。


 それは、忌むべきものだと。

 そして、男の最も汚い部分だと。


 だからこそ、そうなる前に対処して、その症状を押さえなければならない、と言われてきたのだ。


 だが……?


「あれ? 何か違ったっけ……?」


 彼女はそう言いながら、首を捻った。


 だが、あの時、大神官はなんと言ったか?


 オレが「発情期」に対して問いかけた時……。


『こんな形でしか成り立たない種族など、滅んでしまっても良いと私は思いますけどね』


 確かにそう言ったのだ。


 それはつまり、「発情期」は欲望を満たすためのモノではなく、ただの種族維持本能ということで……。


 そのまま、オレは地面に崩れ落ちる。


 どこで、オレは方向を間違えた?


 それならば、「ゆめ」を使うことに対しても、そこまで深く考える必要はなかったのに。


 たった一人の「好きな人間」にだけ、激しく反応したから、自分が酷く醜い存在にしか見えなくなって、迷走したのだ。


「そうだな。確かに『発情期』は、お前の言う通りだった」


 そんなことを自分の「好きな人間」から告げられるとか……。


 あまりにもアホらしくて、自分が情けなくなる。


「九十九……?」

「それを、勝手に捻じ曲げて受け止めていただけ……だな」


 ()()()()()()()()()にすれば、この渇望にも気付かずに済んだから。


「何を……?」

「いや……」


 だけど、気付いた以上、オレは、前を向くしかない。


 こんなオレでも、傍にいてくれと言ってくれるような彼女だから、それに恥じない生き方をするしかないのだ。


 オレは顔を上げる。


「高田、本当にオレで良いのか?」

「『九十九()良いか?』……じゃなくて、わたしは『九十九()良い』のだけど?」


 自覚した後では、彼女の全ての言葉が殺し文句にしか聞こえない。

 的確に、オレの急所を狙う残酷な女だ。


 こんな言葉の数々に、よく今まで耐えてきたものだな。


「本当に甘い主人(あるじ)だよな、お前はいつも……」


 その広い懐で許容し、でも、ある一定の距離以上は近付かせない。


「その分、あなたがしっかりしてくれるでしょう?」

「おお、どこまでも甘いお前のために、誰よりも強くなるよ」


 それは、新たな誓い。


 これまで以上にもっと、力を付けてやる。


「それは心強いね」


 そう言って、彼女がいつものように笑うから、オレも笑うしかなかった。


 彼女の全てを護りぬく。


 ()()()()が一匹も、近付けないように。


 彼女のためならば、オレは()()()()()()()()()

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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