【第56章― 全ては手に入らない ―】満天の星の下で
この話から56章です。
よろしくお願いします。
わたしが気付いた時、世界は真っ暗だった。
闇に閉ざされた世界。
そんなファンタジーのような言葉が頭を過って、思わずゾッとした。
「九十九!?」
わたしは叫んで飛び起きた……つもりだった。
でも、妙に動きにくい。
まるで、行動が何かによって阻害されているかのようだった。
「なんだ?」
すぐ近くで、呼びかけに応える声がする。
でも、気配があるのに、姿は見えない。
それに、何故か彼の声が、くぐもって聞こえるような?
「どこ?」
「どこって……、すぐそこに……」
九十九が何かを言いかけて……。
「いつまで、こんなの被ってるんだ?」
そんな苦笑交じりの言葉と共に、いろいろなものが上に向かって引き揚げられたような感覚があった。
どうやら、顔に大きな幕のような布を被った状態だったらしい。
いろいろ恥ずかしい。
そして、満天の星空が、開けたわたしの視界に入った。
「うわあ~っ!!」
思わず、感嘆の声が出る。
人間界と違って、この世界では星空が見えると思われがちだが、意外とそれを見る機会はない。
基本的に、夜は人間界と同じように建物の中にいるし、野宿をしている時だって、こんなに空が見えるほど開けた場所にはいないのだ。
「どうした? ガキみたいな声を上げて」
「だって、星! すっごい、綺麗だよ!」
わたしは、空に向かって両手を広げた。
「……星?」
不思議そうにそう言いながら、九十九も同じように空を見上げる。
「は~、こりゃ、マジですげえ」
そして、同じように感嘆の声が出たことに、少し嬉しく思える。
「人間界はどこかな~?」
母が生まれ、わたしが育った遠い惑星。
この広い宇宙のどこかに存在していることは間違いないらしいけど、わたしには分からなかった。
「地球は、今の季節、この時間なら『蒼月』の方向だな。だが、ここからは小さくて見えないぞ」
「護衛って天体の知識もいるの?」
ちょっと意外だった。
九十九って、あまり星に興味があるように見えないし。
軽い話題提供のつもりで、なんとなく言ってみただけだけど、思ったよりしっかりした答えが返ってくると思わなかったのだ。
「季節の星、時間、場所で方角の確認をするのは、人間界も、魔界も同じだ」
「いや、魔界人なら方角なんかあまり気にしないかと思って……」
「本当に、お前は魔界をなんだと思ってる?」
「なんか、久し振りに聞いたね、その台詞」
旅行をすることもほとんどないし、天文学とかを教えてくれるような学校もないのに、知識があるって凄いと思う。
魔界という世界を知れば知るほど、彼ら兄弟の努力を思い知らされていく気がするのは何故だろう?
そして、主人であるわたしは、彼らの努力に見合うだけの何かはあるのだろうか?
「ところで、わたし……、どれくらい寝てた?」
ここまで星空が広がっているなら、結構な時間帯だと思うけど……。
「測ってねえから分からんが、3時間ぐらいか?」
「さっ!?」
思わぬ言葉にぎょっとした。
お昼寝……、いや夜の仮眠にしては、ちょっと長すぎやしませんか?
「起こしてくれても良かったのに……」
「なんで?」
「いや、流石に寝すぎでしょう?」
「それだけ、疲れてたんだろ」
いやいや、わたしはここに来る前にもしっかり寝てきているから。
下手すると、最近、昼夜逆転気味だから。
そう言いたかったけれど、妙にすっきりした気分になっていることに気付く。
いっぱい泣いたからだろうか?
意識すれば、目は痛いし、鼻も妙に落ち着かないし、喉はガラガラ、イガイガしていることが分かる。
これって、治癒魔法で治るものかな?
「泣くって体力使うね」
「そりゃ、あれだけ叫べばな」
「うぐっ!」
18歳にもなって、小さな子供みたい泣き叫ぶとか……。
かなり、みっともないところを九十九に見せてしまった。
それも、もうこれ以上ないってぐらい。
……でも、そんなの今更か。
九十九には、ずっとわたしの情けない所、みっともない所を見せてきたことを思い出す。
「お前があんな風に泣き叫んだ姿……。初めて見た」
九十九がぽつりと呟いた。
輝く星空の下ではあるが、ここは街灯の光もなく、あまり明るいとは言えない場所だ。
離れた場所にある店の光は届いているけど、それでも影が分かるぐらいで、その表情は、はっきりと分からない。
「多分、わたしも初めてだよ。あそこまで、泣き叫んだのは……」
記憶している限りは、これまで、どんなに辛かったり悲しかったりして、涙を流したとしても、あそこまで大きな声に出すことはほとんどなかった。
占術師が亡くなった時、楓夜兄ちゃんの前でも大泣きしているけど、アレは感情が溢れて止まらなかったもので、今回のものとは少し違う気がした。
どちらかと言えば、あの泣き方は、人間界で九十九から初めて父親のことを聞かされた時と似ている。
だから、今回のとは明らかに別種だ。
人間界を旅立つ前、九十九に泣きついた時や、ウィルクス王子殿下と真央先輩の事情を知った後で九十九に泣きついた時は、声に出して泣き叫ぶようなことはしなかった。
……って、わたし、九十九に泣きついてばかりじゃないか?
いや、彼は護衛だ。
いつも、わたしの心まで、しっかりと護ってくれているのだ。
だから、遠慮なく大泣きすることを許してくれる。
そんな理由でもなければ、彼にとってもいい迷惑だろう。
「来島のこと、好きなのか?」
九十九が不意に問いかける。
それは、ここ数日、自分自身でも何回も考えたことで……。
「分からない」
そう結論付けたことでもあった。
「分からないってお前……」
呆れたように九十九は言うが……。
「少なくとも、恋愛的な意味では違うと思っている」
それだけははっきりしている。
仮にもキスまでした相手に対して、そんな風に思ってしまう自分はどうなのだろうかと思わなくもない。
だけど、じゃあ、あの人とそれ以上のことをしたかったか? と聞かれたら……、やっぱり無言で首を振ってしまう。
実際、わたし自身がそれ以上を求めもしなかった。
それに気付いたから、あの人も、軽い脅しや悪戯程度の範囲で止めてくれたのだろう。
「あれだけ泣いたのに?」
九十九は尚も、確認する。
「同じ状況なら、わたし、九十九のことでも泣くと思うよ?」
「そ、そうなのか?」
「うん」
九十九は何故か意外そうな顔をした。
でも、別にそこまで不思議なことではないと思う。
「また会える」と「もう二度と会えない」では、その意味は全く違うのだから。
いや、同じ状況なら傍にいた時間が長い分、九十九と別れる時の方が辛い気がする。
ずっと傍にいた彼がいなくなる……。
そのことを少し想像しただけでも、喪失感以上のものをもたらす気がした。
まるで、自分の半身をもがれたような? ……って、それはちょっと大袈裟な表現かな?
ただ、もし、そんな状況だったら、わたしは今回みたいに恥も外聞もなく、思い切って泣き叫ぶことができる場所なんてあるのだろうか?
彼の傍だから、彼がそれを許してくれるから、何も考えずに泣くことができるというのなら、やっぱり、今回と同じように泣くことなんかできないだろう。
「どうした?」
わたしがじっと見つめていることに気付いた九十九が、同じようにわたしを見た。
この瞳はどうしても落ち着かない。
「いや、変なことを聞くね……と思って」
それは嘘ではない。
ただ、大きな本音を隠しただけ。
「護衛だからな」
「そうだね」
そう言えば、前にも聞かれた気がする。
あの時はライトのことについて……だったかな?
そうなると、兄の雄也さんからも、もう一度聞かれるかもしれない。
この兄弟は本当に仕事熱心だ。
「悪いけど、もう一つ……聞いても良いか?」
「何を?」
「答えたくないなら答えなくて良い」
「?」
なんだろう?
そんな答えにくいような質問をされても困るけど。
そして、そんな質問をする意味も分からない。
「お前、本当に来島としなかったのか?」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




